第10話 最弱庶民はカレーを食べる。そして少女は
テントに戻った。
木箱をあけて食材を見る。
「パンに水に小麦粉に干し肉。
注文していない野菜や香辛料に…………ポーションまであるな」
小ビンが並んだスペースを見やる。中にはそれぞれ、違う種類の香辛料。
ビンを開けて香りをかいだ。
「これは……!」
鮮烈なる香り。
「おししょう、様。
夕食は、私に作らせていただければ……」
ひつじ《素顔》になったケルロスが、おずおずと申し出る。
「今日はオレが作りたい。
どうしても何かしたいなら、指定する食材を切ってくれ」
「共同作業…………ですね♥」
ケルロスは胸の前で指をもじらせ、目をそらす。
かわいい。
ケルロスが食材を刻む。
オレは鍋にバターを入れる。
違う器に小麦粉を入れて、小麦粉を水で溶かしてかき混ぜる。
小麦粉を混ぜ終わった。
バターの香ばしさに腹を鳴らしながら、鍋に香辛料を入れる。
メインとなる絶対の香辛料に、メインを補佐する香辛料。
整ってきたら水を入れ、徹底してかき混ぜる。
食材も入れてかき混ぜる。
香りが立ち込めてきた。
「ケルルぅ……」
素顔のケルロスも腹を鳴らして、ヨダレを垂らす。
「できた」
オレはそいつを、皿に移した。
カレーだ。
ライスはないけど完全なカレー。
木箱の中に入っていた、硬めのパンを浸して食べる。
「はあっ、はふっ、はふっ。
おいひい、です。
しゅごく、いっぱい、おいひい、でひゅっ」
ケルロスは、あつあつしながら食べていた。
「まさかこの異世界で、カレーを食べれるなんてなぁ」
しかし確かにゲームでも、カレーは普通に存在していた。
だったらここで作れることも、そんなにおかしいことではない。
満腹だ。
そんなこんなで夜になる。
ケルロスと、狭いテントの中で寝る。
若干問題ある気はしたが、さっさと寝てしまうことにした。
ここで意識しすぎると、逆に本番してしまう。
(ケルロスが、立場的に拒否できないことを考えるといけないよね)
動きもあって疲れていたせいか、意外とすんなり眠りにつけた。
◆
玉ねぎの効果は抜群だった。
ファングウルフは死にまくっていた。
より正確に言うと、弱ったところぽよん――RRにおけるスライム的な生き物。森の掃除屋――に捕食されていた。
「この勢いで減らせるんなら、『薬草の森』を取り戻せる日も近そうだな」
苦戦せずに先に進んだ。
薬草は、主に水辺に生えている。
そして森の中央には、大きな泉がある。
泉からは水があふれて、大きな川もできている。
薬草は川沿いでも取れるのだが、オレは泉に向かっていた。
(川は、落ちると危ないもんな)
泉についた。
キラキラ輝く綺麗な水面に、緑の薬草。
「ケルぅ~~~~~~~~~~~~」
カゴを背負ったケルロスが、目を輝かせて走る。
「お宝の山ケル。お宝の山ケル。お宝の山ケルぅ~~~~~~~~~~」
ケルロスは、カゴを地面へと置いた。
生えまくっている薬草をぶっちぶっちとむしりまくって、置いたカゴに入れていく。
というかホント、量がすごい。
『薬効のある草が生えている』というよりも、『やたら生えている幅広で丸っこいこの雑草、実は薬効があるんですよ』と言われたほうがしっくりとくるほど、生えに生えまくっている。
ケルロスは薬草を握りしめ、うれし涙を散らしまくった。
「仕送りたくさん送れるケルぅ!
おとさんとおかさんに、楽をさせてあげられるケルぅ!
おとーとを、魔法学園に入れられるケルぅ!
いもーとに、おさがりじゃない服を着せてあげられるケルぅ!!」
握っていた薬草をカゴに入れると、オレに向かって駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!
おししょう様のおかげですケル!
おししょう様のおかげで、私もみんなも、いっぱい、たくさん、幸せになれるですケルぅ~~~!!」
オレに抱き着き押し倒し、ほっぺをぺろぺろ舐めてくる。
お尻についてるウルフ尻尾も、パタパタパタっと左右に振られる。
「おししょう様あぁ~~~~~~~~~~。
大好き大好き大好きいぃ~~~~~~~~~~」
ケルロスはオレの胸板に、顔をすりすりこすらせる。
再び顔を舐めてくる。
お尻の尻尾は、無双乱舞状態だ。
ケルロスの頭をよしよしと撫でてなだめる。
「そろそろ帰るぞ?」
ケルロスは、カゴを見つめる。
カゴには薬草が、およそ9割入っていた。
「もう少し、取ってからでもいいケルか……?」
「いいぞ」
ケルロスは、カゴに向かってとててと走る。
しかしふと、何かを思い出したかのように立ち止まった。
ウルフの被り物を取って、振り返り際に言ってくる。
「本当に――大好きですっ!」
一生忘れられないような、満面の笑顔。
そんなケルロスの背後に、邪悪な人影。
「ケルロス!!」
叫んだけれど遅かった。
邪悪なる人影は、ケルロスに凶爪を振り下ろす。
鮮血が飛び散った。
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