第9話 最弱庶民、弟子に手本を見せる

 ごとごとごと。

 馬車にゆられて森に向かった。

 ベルロスとロスロスはいない。

 ケルロスひとりなら何かあっても守れるが、三人になると難しいからだ。

 森の様子を見てファングウルフの数を減らして、安全圏になったら呼ぼうとは思っている。


「ここをひとつの、拠点にしとくか」


 森の前でテントを張った。


「これでよし……と」

「がががが、がんばってくださいね!

 薬草が取れるようになったら、どこのお店よりも高く買い取る準備もありますので!!」


 商人の子が、オレにエールを送ってくれた。


「がんばるよ」


 それだけ言って、見送った。

 馬車は静かに、帰って行った。


  ◆

 

 森に入った。


「きききき、緊張するケルぅ……」

「安心しろ。何があってもオレが守る」

「おししょう様ぁ……」


 オレが頭をポンと叩くと、ケルロスは、うるんだ瞳でオレを見上げた。


 道を進む。

 白銀の毛並みを持った美しい狼――ファングウルフに襲われた。

 数は六体。


「いきなり六体ケルぅ……?!」

「対集団での戦いを教える。黙って見ていろ」


 オレは静かに前に出た。


『『ガウガウガウ!』』


 二体が威嚇してきた。

 オレが構わず前に進むと、三体が飛びかかってくる。


 右のウルフに強く踏み込み、袈裟斬りを放つ。

 弱点クリティカルで即死。

 逆袈裟で、左手のウルフの腹部を切り上げ。

 これも当然、弱点でクリティカル。

 二体の死体を盾にして、三体目の攻撃はやり過ごす。


『ガルゥ』

 

 何もない空間に着地して、オレを睨んで唸りをかける。


『ガウッ!』


 号令をかけた。

 先ほど威嚇していた二体が、ダンと地を蹴り走り出す。

 前方の一体。後方の二体。

 

 問。

 RRで前後を囲まれた時は、どうするべきか?


 1。

 逃げる。

 

 2。

 少ないほうを倒す。


 3。

 多いほうに行く。


 答。

 近いほうに突っ込む。


 今回は、二体のほうが近かった。

 なので二体に突っ込んだ。

 

 右のウルフを狙う。

 右のウルフは、驚き止まった。

 なので右のウルフを見ながら、左のウルフを袈裟斬った。

 相手を見ない攻撃だけど、廃人なので感覚でわかる。


 弱点クリティカルで即死。

 返す刀で、右のウルフにクリティカル。

 弱点クリティカルで即死。


『きゃうきゃうきゃうん!』


 戦闘に参加していない一体が逃げた。

 残る一体は、向かってくる構え。

 

「一対一なら、特に危ないこともないな」


 弱点クリティカルで倒す。


「ふぅ」


 オレは残心を取って、敵がいないのを感じ取ってから言った。


「わかったか?」

「おししょうが、すごくて早いことしかわからなかったケルぅ……」


 ケルロスは瞳をうるませて、ぷるぷると震えた。

 狼というより、子犬みたいだ。


 簡単な解説を入れる。


「三体同時に来られていても、三対一とは限らない。

 こちらが突っ込む――あるいは引くことで、一対一の時間ができる。

 その一瞬で敵を倒して『次』にかかれば、百対一でも『タイマンを百回』と同じ意味になる」


 この方法は、プレイヤーからこう呼ばれていた。


「『刹那のタイマン』システムだ」


 この繰り返しで、複数敵をザクザクと倒す。

 それが気持ちいいゲームでもあった。


「こういう集団戦を覚える意味でも、ファング先生はちょうどいい教材なんだ」

「おししょう様がすごすぎて、逆に自信がなくなったケルぅ……」


 ケルロスは、しょんぼりと落ち込んだ。

 お尻の尻尾も、へんにょり垂れる。


「それでもケルにできる限りを、一生懸命がんばるケル!!」

「いい答えだ」


 オレはうなずき、森の奥を指差した。


「それじゃあお前は、あいつらをやれ」


『『『ガルルルルル…………』』』


 ファングウルフの群れがいた。

 数は十三。

 普通のファングウルフが十体と、ファングエリートが三体。

 ファングウルフの前衛五体が、こちらに向かって走ってくる。


「さっき逃げた一体が、仲間を呼んできたんだろうな」

「がんばるケル!」


 ケルロスは、片手斧を二本構える。


「コレを使うのを忘れるな」


 オレはケルロスの腰についていた、木斧を手に取る。

 ファングウルフに投擲した。


 額に刺さる。

 弱点クリティカルで即死。

 三番目以降は、それを見て怯んだ。

 しかし一番先頭のファングウルフは、後続の様子がわからない。

 だから単独で突っ込んで、オレに斬られる。


「わかったケルぅ!」


 ケルロスが、オレに続いて走り出す。

 オレよりもずっと高いステータスで走りだし、オレよりも高い攻撃力で手斧を投げる。

 オレだと重くて装備ができない、金属の手斧。


 金属の手斧はクリティカルでもないのに、ファングウルフを即死させた。

 ケルロスが、片手斧二刀流で二体のファングウルフに斬撃を放つ。

 クリティカルが出た。

 弱点ではなかった。

 それでも二体は即死した。


 五体は倒した

 残りは八体。

 ファングエリートも、三体残ったままである。

 エリートに戦いを見せるため、五体は捨て石になったとも言える。


 エリートを含む八体が、一斉に駆け寄ってくる。

 四体の列が、二つ重なってきている感じだ。

 いわゆるひとつの波状攻撃。


「がぅーーーーー!!!」


 ケルロスは、狼の悲鳴をあげた。

 どこか可愛らしいのは、本人が可愛いので仕方ない。


 手持ちの斧を、二本とも投げる。

 前列の二体を一撃で倒す。

 腰の斧を抜きながら、『近い二体』に突っ込んだ。


 二刀流の攻撃。

 一体は倒せたが、もう一体には避わされた。

 回避したのは、ファングエリート。


「ケルっ?!」


 戸惑う間もない。

 カウンターのタックルを食らう。

 ケルロスは吹き飛んだ。

 後列が飛びかかる。


「ケルぅ……!」


 ケルロスの瞳に、怯えが浮かぶ。

 RRは、弱点クリティカルが強い。最弱庶民のオレであろうと、活用すれば格上に勝てるほど強い。

 逆に言うと、『弱点クリティカルを食らった場合、上級職でも雑魚モンスターで即死する』

 クリティカルにさえ気をつければ問題のないシステムだ。

 ゲームならみんな、何度か死んで対処する。

 しかしこの世界では、『最初の一回でおしまい』になる。


(この世界では、ファングウルフが強敵認定されるのもわかるのもわかるな)


 なんてのんきに考えていると、ケルロスに飛びかかろうとしていたファングウルフの眉間に木斧が刺さった。

 オレが投げたやつである。

 オレはファングエリートがケルロスの斬撃を回避した瞬間に、投擲を始めていた。


 回避→カウンターでタックル→ほかのファングによる追撃。


 という行動は読めていた。

 だからファングエリートがケルロスの攻撃を回避した瞬間に、木斧を投げていたわけだ。

 最弱庶民で戦おうと思ったら、このぐらいの先読みは必要になる。

(投擲の場合、読みが外れても牽制になるしな)

 なので多少大胆な『読み』も、積極的におこなっていく。


「おししょう、ありがとうケルぅ!」

「気にするな!」


 これで敵の数は四体。


「油断はするなよ!」


 それだけ言って、戦闘を再開した。


  ◆


 勝った。

 エリートを含む十三体のファングウルフが、死体となって横たわる。


「ファングウルフは、素材が大した金にならない上に、討伐料も安いんだっけか?」

「そうなんだケルぅ……」

「やれやれ」


 オレはファングウルフの死体に、茶色い粉を振りかけた。


「何をかけているケル?」

「玉ねぎを、乾燥させて砕いた粉だ」

「ケルぅ?」

「ファングウルフは、仲間の死体も食べるだろ?

 玉ねぎの粉末をかけて、玉ねぎ中毒にしておくんだよ」

「玉ねぎに、そんな効果があったとは知らなかったケルゥ……!」

「『弱ればラッキー』ぐらいの、軽い毒だけどな」

「おししょう様は、流石ケルぅ♪」


 ケルロスはにこにこと笑みを浮かべた。

 お尻についてるウルフ尻尾が、ぱたぱたとゆれる。


 この玉ねぎは、予想以上の効果を発揮するのだが――。

 それは次の日のことである。

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