第8話 最弱庶民、馬車を借りる

「こんなところでつまづくとはな……」


 街の中。

 オレは深いため息をついた。


 この世界には、ゲームにはない問題があった。

 水と食料である。


 RRでは、水の必要がなかった。

 フードゲージは存在してたが、現地で生肉をこんがり焼けば、それで終わる程度であった。

 水は要らなかったのである。


 しかしこの世界では、そんな簡単にはいかなかった。

 ゲームではいつの間にかあった『肉を焼くための機材や燃料』からして、重い荷物だ。

 普通の剣すら重く感じるオレであっては、持ち運びすらままならない。


 空間魔法?

 アイテムボックス?

『主人公』の特権ですね……。


 というわけで、前準備から始まった。

 色々と買ったり馬車の手配をしたりするため、ケルロスたちと待ち合わせである。

 街の広場の噴水近くで、ケルロスを待つ。


(そろそろかな……)


 なんて思っていると、噴水近くの男たちがざわめき始めた。


『なんだアレ』

『すげぇ美少女』

『声をかけるか……』


 彼らの視線の先を見る。

 美少女だった。

 

 清楚でかわいい服を着た、長く美しい黒髪の美少女。

 ヒラヒラとしたスカートに控えめなニーソックス。胸元のリボンも愛らしい。

 しかし少女には、男の視線におびえている様子があった。


(見られることを嫌がる子を見つめるのは、よくないよな)


 と思ったので目を逸らす。

 その上で目を閉じる。

 うっかりすると、見つめてしまいそうになるからだ。

 正直それほどの美少女であるし、好みのド真ん中であった。


『あんな子と歩ける男が、羨ましいぜ』


 それはまったく同感だ。

 なんて思っていると――。


「おししょう、様……」


 ケルロスの声がした。


 ケルロスはいなかった。

 先ほどの美少女が、目の前に立っているだけだ。

『あれ?』と思ってあたりを見回す。

 美少女が声を出す。


「お待たせ……。

 させて。

 しまいました、か……?


 オレは彼女を注視した。

 特に目鼻立ちを見た。

 ケルロスの整った顔と、目の前の美少女の顔を重ねる。

 思わず叫んだ。


「ケルロスッ?!」

「は、はい。

 おししょう様の、ケルロス……です」

「ほとんど別人に見えるんだが……」

「それは、その……」


 ケルロスは語り出す。


 ケルロスは、小さな村の女の子だった。

 戦いなどは怖くて嫌い。

 花を育てたり、料理を作ったりするほうが好き。


 しかしとある日。

 村がモンスターに襲われる。

 ケルロス自身も襲われる。

 あわや絶命。

 その時だった。

 たまたま居合わせていた冒険者が、華麗にやっつけてくれた。


 憧れた。

 自分も冒険者になろうと思った。

 しかし憧れには、恐怖がつきまとった。

 冒険者を思い出すと、モンスターに襲われて死にかけた時のことも思い出す。


 憧れる。

 だけど怖い。

 そこであの時の冒険者と同じ、被りものを被った。

 勇気が湧いた。

 戦えるようになった。


「というわけ……です。

 被り物を取ってしまうと……。

 どうしても……勇気が…………」


 確かに、そういう設定もあった。

 しかしキャラ設定に『狼の皮を被ったヒツジ。皮を取るとヒツジになる』と書いてあるだけで、正式なイベントはなかった。


「そういうことなら、被ってきてもよかったのに」

「ベルロスと、ロスロスが、ふたりで会うんだから、おめかししていけ……って」

「ふたりは来ないのか?」

「私も、そう、尋ねたんですが……」


『アタシは明日、おなかが痛くなる予定じゃんよ!』

『ロスは……。お友達とのお約束があるロス』


 ということらしかった。

 ケルロスは、恥ずかしそうにもじもじとしながら言った。


「ふたりとも、『おししょう様に気に入られるチャンスだから』って……」

(そんなことしなくても、オレはもうケルロスを気に入っているけどな)


(被り物のせいで)自信過剰なところはあったが、現実を突きつけられたら素直に認める。

 往来で土下座してでも責任を果たそうとするほどに、責任感が強い。

 これほどまっすぐな子を、嫌いになれる道理があろうか?


 あるはずがない。

 目線はうっかり豊満なバストにいってしまうが、それとはまったく関係なしに、オレはケルロスを気に入っている。

 胸は本当に関係ない。

 関係ない……と、言いたい。

 せっかくなので、そんな気持ちを声に出す。


「オレはもう、お前のことを気に入っているぞ?」


 シュボンッ!!

 ケルロスは赤くなる。

 マッチで火をつけたかのように赤くなり、頭から湯気が出てくる。


「はぅわわわ、あわ、はわっ、わわわわっ……」


 そういう顔をされてしまうと、なんだかこっちも照れてしまう。

 

「……早く行くぞ」


 顔が熱くなるのを感じながら、商店街に出向いた。


  ◆


「高い……」


 オレは愕然とした。

 ファングウルフの森では、10日ほど狩りをしたいと思っていた。

 10日分の水が必要。

 10日分の食料が必要。

 現地調達できればよいが、初回の狩りで皮算用も危ない。


 しかし高い。

 一番安い馬車(馬と御者を含めたレンタル代)でも、100万ジルドする。


「ファングウルフの森は、『特別運行』になりますからねぇ。

 馬車が襲われた時のリスクも含めて、このお値段です」

「壊れた時に弁償代を払うってわけにはいかないのか?」

「馬車ならそれもよいですが、御者は死んだらそれっきりです」


 正論すぎる。

 小声でケルロスに尋ねた。


(出せないか?)


 今はポーションが、一本三万ジルドする。

 大量に作って値崩れさせるのが目的ではあるが、それを差し引いてもお釣りがくるほど十分だろう。


(稼いだお金のほとんどは、村にお仕送りをしていて……。

 貯金は……ありますが、100万は、流石に……)

(そうか……)


(それでも私、作ります!

 おししょう様のおためでしたら、借金してでも作ります!!)

 

 ケルロスは、両手を握って言ってきた。

 豊満なバストが、自然な形で中央に寄る。

 

(お金の代わりに、エロいことされるやつじゃん)


 オレは想像してしまった。

 上は裸で下はスカートな風体のケルロスが性奴隷として売られ、汚い男にパンパンされる姿を想像してしまった。

 素直でかわいいケルロスは、バックで突かれながらも、汚いバナナを口に含まされる。

 その目には、涙が――――。


 させたくない。


「ほかの方法を考えるよ」


 と言ったその時だ。


「剣士様!!」


 やわらかな触感に抱き着かれた。

 ポニーテールの少女であった。


「探してました! もう本当に、探してました!!」


 つい先日に森で助けた、商人の子だ。

 

「私の名前はマキューです! メルクリウス商会のマキューです!

 あまりにドキドキしすぎてしまい、名前を聞かず教えず、ずっと後悔しておりました!!

 剣士様のお名前も教えてください!!」


「オレはスグルだ」

「スグル様……!」


 マキューは宝物をしまうかのようにつぶやくと、オレにひしっと抱きついた。

 

「おししょう様、その人は……?」

「森で魔物に襲われていたのを助けた。それだけの関係だ」


「そうです! それだけの関係でした!

 しかし今日、運命の再開を果たしました!

 これをきっかけに、新しい物語が始まるんです……!」


 ケルロスは、不安げに涙ぐむ。

 オレの空いている腕にくっつく。


「私は……おししょう様に。

 武術を、お習い、しています……」

 

 するとマキューは、ニヤりと笑って言ってきた。


「私は――馬車を貸せますよ?」


 魅力的な提案だった。

 荷物を簡単に運べるし、ケルロスに借金をさせなくてもいい。

 だけどなぁ……。


「好意を利用するようなことは、できる限りしたくない」


 それしか手段がないなら別だ。

 しかし今は、それほどの状況でもない。

 森と街を往復し、稼いでいけばよい話でもある。

 効率は著しく落ちるものの、逆に言うとそれだけだ。

 

「それだけではないですよ?」


 マキューは、にっこりと笑う。


「西の森に行きたいということは、薬草集めのおつもりですよね?

 であれば薬草の一部をいただくことで、こちらにも利益が出ます。

 スグル様の実力は、いっぱい把握してますから♪」

 

 隙のない子だ。

 ケルロスなんか涙目で、負けウルフの顔をしている。

 しかし隙のないことが、大きな隙になっている。


「つまりビジネスとしても、オレに馬車を貸せる――ということか?」

「その通りです」


 マキューは、隙のない顔でにっこりと笑う。


「それならビジネスとして、馬車を借りたいと思う」

「はうっ?!」


 マキューが固まる。

 言い訳がましくトントンと、胸の前で指を突っつき合わせる。


「これは確かにビジネスですが、多少は好意も入っていてです……。

 異性として意識するきっかけになっていただければなぁ……という気持ちも、正直あるですでして……」

「ビジネス以外の気持ちがあるなら、悪いけど遠慮しておく」


 これならあくまでビジネスだ。

 薬草という名の利益を取って返すのだから、何の問題もない。

 

(これで冷めればいいんだけどな)


 なんて思ったりもした。

 好意に乗った貸しを作ると、返せなかったら『あんなにしてあげたのに!!』と怒られることもある。

 それが怖い。

 が――。


「頭の回るところも素敵ですです……!」


 え?


「商人やっているとですねぇ、何でも利用しようって人は多いんですです。

 そこに好意は、利用しない発言ですです。

 ときめかないほうが、おかしいって思わないです?」


 逆に好かれてしまったようだ。


「オレはそんな高潔なわけじゃなくって、借りを返せなかった時が怖いだけで……」


「借りたものはしっかり返す!

 返せないなら最初から借りない!!

 商人的には、とってもポイント高いですです!!!」


 やたらめったら、論理的に惚れてくる子だ。

 しかしまぁ、ここまで言うなら仕方ない。

 オレは馬車を借り受けた。

 

  ◆

  

 森の前。

 オレがテントを張ると、マキューがビシリと敬礼してきた。


「それではここで!

 私たちは、一回街に戻ります!

 次にくるのは、一週間後です!」


 オレの手を握り、熱っぽい瞳で言ってくる。


「ここに戻ってくるたびに、マキューを思い出してくださいですです……♡」

「ビジネス上の感謝はするよ」

「今はそれで十分です♪」


 マキューは、にっこりと笑った。

 馬車に乗って去っていく。


(いい子だな)


 不覚だがトキめいた。


「私は強さの方向で、お役に立ってみせますケル!」


 ウルフを被っているケルロスが、(><)な顔でそう言った。

 一度素顔を見せたせいか、ほんのわずかに素が出ていた。

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