第7話 最弱庶民、泣きたい

 訓練場。

 ケルロスが、二刀流の木斧を振った。


「ケルッ、ケルッ、ケルッ、」


 巻き藁に三連撃。

 一撃目はクリティカル。

 二、三発目はグッドの流れ。


「ケルルゥ!!!」


 回転して蹴り。

 それはしっかりクリティカル。

 完璧なる一撃は、丈夫なはずの巻き藁を吹き飛ばす。


 オレは素直に拍手した。


「そこそこの確率で、クリティカルを出せるようになったな」

「そこそこ止まりなのが、悔しいけるぅ……」

「連続でクリティカルを出すのは、初心者には難しいからな」


 ボールを投げる時だって、一投一投集中して投げるのと、連続してポンポンと投げるのでは精度が変わる。

 クリティカルも同様だ。

 二撃目以降は難しくなる。


「それでも初撃は完璧なんだ。実戦で訓練といきたいな」

「どんな魔物でやるケルか? やっぱり弱い、ぽよんける? それとも暴れウサギける?」


 ケルロスは、RRのスライム的存在と、動きは早いがすぐ逃げるウサギを例に出した。

 オレは言う。


「ファングウルフだ」


「いきなり強いの出されたケルうぅーーーーーーーーーーー!!!」

「訓練で戦うような相手じゃないぜベル!」

「ケルお姉ちゃんが、死んじゃうロス……」


「ぽよんは動きが遅すぎて、巻き藁と大差ない。

 暴れウサギは逃げるから、効率が悪い。

 そこそこ早くてこちらに飛びかかってくるファング先生が、練習には最適なんだ」


 だからこそ、100億回死んだ雑魚に至った。


「だけどアタシは、おししょう様みたいに連撃を決めれないけるぅ……」

「…………」


 オレは無言で、無事だったほうの巻き藁に近づいた。


 タンと地を蹴り素早く交差。巻き藁殴ってクリティカル。

 振り向き際に袈裟斬りを放つ。

 これも当然クリティカル。

 右と左の胴を払って、逆袈裟を放つ。

 五回連続クリティカル。


 剣を両手で握り締め、敵を真っ二つにする斬り下ろし。

 休む間もなく斬り上げる。

 そして最後に横薙ぎ一閃。

 真剣であれば、相手を両断にする一撃。


 熟練のプレイヤーでも難しい、クリティカルの八連撃。

 安定して出せるクラスになると、他のプレイヤーからは『神』、『天上人』、『ロマンシング廃人』などと言われる。


「「「ケルベロスウゥ…………!!!!」」」


 三人が感嘆した。

 オレに群がりオレを称える。


「流石はおししょうだケルぅ!」

「ひたすらカッコいいぜベルぅ!」

「私もいつかは、やりたいロスぅ……!」


 確かに八連クリティカルは、よっぽどの天才か、一万時間は練習した廃人じゃないと安定して出すことはできない――と言われていた。

 オレなんて、三万時間かかった。

『一万時間で安定して出せる』と聞いてがんばっていたら、三万時間かかったのだ。


 それだけ苦労して身に着けた技術。

 褒めてもらえるのはうれしい。


 しかし今の本題は、そちらではない。

 オレは巻き藁を指差した。

 巻き藁は、ほんのり傷つき曲がっている。


 続いてオレは、ケルロスが蹴り飛ばした巻き藁を指差した。

 巻き藁はズタボロの上、完全なる『く』の字に曲がっている。


「三万時間使って身に着けたオレの八連クリティカルより、ケルロスの四連撃(クリティカルは二回)のほうが、威力はずっと上なんだよ」


 ケルロスのジョブは『ベルセルク』

 魔法の力を捨てた代わりに超級職にも匹敵する近接の力を手に入れた、かなり強い上級職だ。

 ステータスはこうである。


 ◆名前 ケルロス

 ジョブ ベルセルク

 レベル15 

 HP 250/250

 MP 0/0

 筋力 150

 耐久 100

 速さ 130

 魔力 0


 妹分のベルロス(中級職)や一般兵(下級職)と比較すると、強さが際立つ。

 

 ◆名前 ベルロス

 ジョブ わんわんウォリアー(ベルセルクのひとつ下。中級職)

 レベル10

 HP 120/120

 MP 0/0

 筋力 80

 耐久 50

 速さ 60

 魔力 0


 ◆一般兵

 ジョブ 下級兵士

 レベル5

 HP 80/80

 MP 0/0

 筋力 40

 耐久 30

 速さ 20

 魔力 0


 ちなみにオレな。


 ◆名前 スグル

 ジョブ 最弱庶民

 レベル30

 HP 5/5

 MP 0/0

 筋力 1

 耐久 1

 速さ 1

 魔力 0


 ベルセルクは、魔法の力を捨てた代わりに近接を手に入れた。

 最弱庶民は、魔法の力を捨てているのに近接の力も捨てている。


 そのくせレベルは30だ。

 イジメ?


 ジョブには、成長率も設定されている。

 訓練やドーピングアイテムであがることもあるため、絶対ではない。

 しかし格差を示す上では、わかりやすいので記す。


 レベルごとの成長ポイント

 EX 20

 SS 15

 S 10-11

 A 8-9 

 B 6-7 

 C 4-5 

 D 2-3 

 E 1

 F 0.3

 ― 0


 ◆ベルセルク(上級職)

 HP S

 MP ―

 筋力 S

 耐久 B

 速さ A

 魔力 ―


 ◆最弱庶民(オレ)

 HP ―

 MP ―

 筋力 ―

 耐久 ―

 速さ ―

 魔力 ―


 泣きたい。


 ちなみにEXは、主人公の特権である。

 主人公のみ、筋力、MP、魔力などの一部がEXだ。

 そういう力があるから『主人公』に選ばれたのか、『主人公』に選ばれたからそういう力があるのかは不明。

 オレが『主人公』のために脇役を目指す気持ちも、わかってもらえると思う。


 気を取り直して続ける。


「とにかく最初は、『初撃でクリティカルを出せる』なら、それでいいんだ」


 クリティカルを出せば、相手には『硬直』が生まれる。

『硬直』が生まれれば、弱点を突くことも容易い。

 クリティカルで『硬直』を作り、二撃目で弱点を打つ。

 これを一〇〇回中九〇回はできるようにするのが、最初に目指すポイントだ。


「つまりアタシは、初撃では出せているから、ごーかくケル……?」

「そうなるな」


 ケルロスは頬を染め、頬に手を当て身をよじる。


「おししょう様に褒められると、いっぱい、とっても、うれしいケルぅ……」


 オレはケルロスの頭を撫でた。

 ケルロスのお尻のウルフ尻尾が、ぱたぱたと振られる。

 かわいい。

 とてもかわいい。


(こんなかわいい子に慕われながら、指導役として生きるのもいい人生だよなぁ……)


 もしも平和な時代なら、そうしていた可能性も高い。

 しかして今は、世界に危機があると言う。

 何をすればいいのかは伏せられて、『最善をしろ』とだけ言われた。

 だからオレは留まることなく、『最善』をするつもりだ。


 だから森へ行く。

 ファングウルフから、薬草の森を取り戻す!!

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