第3話 最弱庶民、ギルドの教官を一撃で倒す。
「ありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございました!」
頭を下げまくる商人の女の子に手を振って、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドはいかにもといった、木造りの建物だった。
ゲームよりも寂びているのか、若干汚い。
掲示板を見る。
「世界地図は、ゲームとあまり変わらない……か」
討伐依頼や採取依頼の確認もする。
「ファングウルフ討伐や薬草の採取が、Bランクの依頼?!」
これはない。
ファングウルフは、RRで一番狩られたモンスター。
攻撃力は少々高い。
しかし動きが単調だ。
慣れれば回避も迎撃も、びっくりするほど容易くできる。
耐久も低い。
ショートソードでクリティカルを出せば、一撃で死ぬ。
クリティカルシステムを覚えるための、ちょうどいい練習台とも言える。
プレイヤーからは『ファング先生』と呼ばれ、攻略wikiには『まずはファング道場に!』と書かれていた。
『100億回死んだ雑魚』という異名も、ここから来ている。
世界累計5000万を超えるRRプレイヤーが、ファング先生で『練習』をした。
(群れで行動することが多いから、ひとり旅だと危険ではあるが……)
それにしてもBはない。
薬草採取にしたってそうだ。
「薬草採取とか、パーティを組んだ冒険者が、初めてするような依頼だぞ?」
頭が痛くなってきた。
「基本はほとんどおんなじなのに、細かい常識が違いすぎる」
受付嬢に、話を聞いたほうがよさそうだ。
「すいません」
「なんでしょうか?」
「ファングウルフの討伐が、Bランクって言うのは……」
「ファングウルフは牙が鋭く、群れで行動をします。熟練の冒険者でも不覚を取ることがあり、Bランクとなっております」
「それじゃあ討伐報酬も、それなりにもらえたりするのかな?」
オレは牙を差し出した。
受付嬢が、目を丸くする。
「これほどの牙を、どこで?!」
「馬車が襲われていたから、助けた時のお礼にもらった」
「あなた様のお名前とジョブを聞いても、よろしいでしょうか?」
「名前はスグル。ジョブは『最弱庶民』だ」
「最弱庶民?!」
大声を出された。
居合わせていた冒険者たちが、オレを見る。
受付嬢が、「あっ」という顔で口を押さえる。
「申し訳ございません……。今のは、本当に、申し訳ございません……。
無断でジョブを公開してしまうなど、受付嬢にあるまじき失態で……」
受付嬢さんは、自身のひたいをカウンターにこすりつけた。
「別にいいですよ。
繰り返すことがないようにしていただければ、それで問題ありません」
オレは許すことにした。
「ですが……」
いまだ責任を感じる受付嬢さんに、できる限り爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「うっかりミスを強く責めると、オレがうっかりしてしまった時に大変なことになりますから」
「おやさしいんですね……」
受付嬢さんのほっぺたが、ほんのりと赤くなった。
「それで……その。
申し訳ないことをしてしまった直後に申しあげるのは、大変心苦しいのですが……。
『襲われていた馬車の持ち主』の名前等、お伺いすることは可能でしょうか?」
「聞いてなかったな……」
「それですと、事実確認の調査にお時間を取らせていただくか……」
「か?」
「本当にファングウルフを討伐できるほどの実力者なのかどうか。測らせていただくことになります」
「早いほうで頼む」
「でしたら、実力を測らせていただきます」
◆
訓練場。
時に闘技場としても使われるすり鉢状の空間で、オレは三人の冒険者と対峙する。
ウルフ系モンスターの皮を被った、巨乳美女の三人だ。
ビキニめいた黒ブラジャーに、短い黒スカート、ニーソックス。
それらの黒装備と白い肌のコントラストのまぶしさが、絶対的にすばらしい。
オレはつぶやく。
「漆黒のケルベロスか……」
「ご存知でしたらお早いですね!
教官クラスのお三方を、相手取っていただきます」
「お前はファングウルフを三体相手にしたと言うケル!」
「だからウチらも、三人でかかるじゃんベル!」
「こわければ、一対一を三回でも構わないロス」
「三対一はいいんだが……」
それ以上のことに驚く。
(漆黒のケルベロスが、教官クラス?)
漆黒のケルベロス。
RRのお笑いトリオ。
元気娘のケルロスと、ギャルっぽいベルロス。そしてクールなロスロスだ。
中でもリーダーのケルロスは、『ベルセルク』という恵まれた上級職から恐ろしいほどの弱さを引き出してくる。
序盤でカマセになって以降、定期的に現れる。
そこでコメディを披露しては退場していく、憎めない系の集団だ。
冒険者ランクは『かろうじてE』
本人は、『ランクでは測れない力もあるんだケルぅ!!』と言い張っていた。
その程度には弱い。
(それが教官クラスって……)
この世界は、いったいどうなっているんだろう?
「好きな武器を選ぶケル!」
リーダーのケルロスが、木製武器の陳列棚を示す。
オレは迷わず剣を選んだ。
「ケハぁーーーハッハッ!」
ケルロスは笑った。
取り巻きのベルロスとロスロスも続く。
「ここで剣を選ぶたぁ、とんだ素人じゃんベル!」
「ファングウルフの討伐も、きな臭くなってきたロス」
ケルベルロースは、それぞれの武器を手に取った。
ケルロスが、木で作られた両手斧。身長ほどもある一品。
ベルロスとロスロスが木槌であった。
「一流冒険者の武器と言えば、ハンマーか両手斧だケル!!」
「剣を使ってるやつなんて、よっぽどの素人じゃんベル!!」
「すごい天才の可能性も、まったくないとは言わないロスけど……」
(こいつらは何を言っているんだ???)
ハンマーと両手斧は、RRの地雷武器。
漆黒のケルベロスが、お笑いトリオと呼ばれる由縁でもある。
ハンターと両手斧の特徴は、その重量だ。
重量が生み出す攻撃力で、相手を強引に打ち倒す。
しかしそのコンセプト、クリティカルシステムとの相性が悪い。
カレーとカルピスぐらい悪い。
RRはクリティカルを出せば、攻撃力が跳ね上がる。
クリティカルと弱点が重なれば、数百倍に至ることもある。
当初は『理不尽』と言うプレイヤーも多かった。
しかし『小さな子供でもお金玉を打てば、横綱を倒せるじゃないか』という天才の一言によって、すべてのプレイヤーが納得した。
そのプレイヤーの偉言を称え、『お金玉システム』と呼ばれることもある。
閑話休題。
とにかくRRは、『最高のタイミングで弱点を狙う』が、最強だった。
だからそこそこリーチがあって、小回りも利く剣が強い。
両手斧やハンマーが強い場面と言えば、相手が動かない時だ。
相手を眠らせてから叩く『眠り狩り』や、壁や扉を強引に破壊して進みたい時はそれなりに使える。
逆に言うと、それ以外では使えない。
『両手斧をバカにするなよ。土木用のアイテムなのに、武器としても使えるんだぞ?』なんて言われていた。
(だけどオレが知らない両手斧の使い方があるのかもしれない)
(ゲームではカマセでも、この世界では先輩なんだ。油断なく当たろう)
木剣を構える。
「よろしくお願いします!」
「ケルうぅーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ケルロスが突っ込んでくる。
両手斧を大きく振り上げながら、遥か手前で大ジャンプ。
(どう見ても、無防備すぎる大振りなんだが?!)
単調すぎて逆に戸惑う。
(オレは油断したくないんだ!!
油断させるようなことやらないでくれ!!!)
悲鳴の気分で木剣を振るった。
弱点クリティカル!!
「ケルぅーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
ケルロスは、両手斧と一緒に吹き飛んだ。
クリティカルを決めたので、体が軽く硬直もない。
迫ってきていたベルロスに、縦の斬撃を放つ。
「斬りッ!!」
あえての寸止め。
ベルロスは、動きを止めて手をあげた。
オレはロスロスに目を向ける。
彼女は向かってきていなかった。
「ギブアップだロス」
戦いは終わった。
本当に終わった。
「認めるケル! スグルは本物だケル!」
「Bランク冒険者、〈漆黒のケルベロス〉が、間違いないって証明するじゃんベル!」
「剣を持つのは、よっぽどの素人か天才。スグルは、『天才』だったロスね」
(俺の何が凄いんだ???)
もはや困惑である。
この世界の住民は、あまりにも弱すぎる。
この世界のことを、あまりにわかってなさすぎる。
しかしそれにも理由があった。
それを知るのは、これから三十分後のことになる。
それは思っていたより論理的で、ちゃんとした理由だった。
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