第51話 回想―――ベイルの家の前
「『黄昏の花』のエキスが入った小瓶ッス……リコリスさんが欲しがっていたんで、一応取っておきました……」
ベイルの家の前で待ち構えていたルカは青い液体の入った小瓶を差し出しながら、そう言った。
「『黄昏の花』のエキス⁉ そんなものが取れたのか⁉」
ルカが差し出したのは本当に親指ぐらいのサイズの本当に小さな小瓶。だが、その中に【魔王】が求めてやまなかった、奇跡の花のエキスが入っているのなら、もしかしたら……彼女の望みを叶えられるかもしれない。
「無理ッス」
だが、ルカは残念そうに首を振った。
「流石にこれだけだと効果はないっス。魔力を多少抜くことはできるでしょう……だけど、海の中から一杯の水をすくうようなものです。リコリスさんの……【魔王】の〝魔族〟から人間になりたいという望みは叶えられないでしょう」
「お前、気が付いてたのか……」
「気が付きますよ。あの人の態度と、正体を知ってしまえば……ああなるほどってなるッスよ……そうだったんだって、【魔王】もオレたちと同じような心をもって、オレたちと同じように笑い合って生きていたかったんだって……思いますよ」
「そんなこと、あいつは一言もしゃべっていないけどな」
「本当に素直じゃない人っすね」
俺と、ルカはそうやってクスクスと笑い合った。
共通の友人のダメなところを笑い合っているような、そんな楽しい感覚に包まれる。
「……それじゃあ、これは? 何のために渡すんだ?」
再び、『黄昏の花』のエキスの小瓶の話に戻る。
「奇跡を信じて———です」
「奇跡?」
夢見がちで、ふわふわしたことを言う。
エルが来て、何とかしなければいけないっていう時にそんな夢見がちな話を聞いている場合じゃないだろうに。
だが、ルカの目は冗談を言っている感じではなかった。
「確かに、これだけでは効果は発揮しません。人間になりたいっていうリコリスさんの望みは叶えられない。ですが、この村にあるのはこのエキスだけじゃない」
エルが俺を指さす。
「レクスさんもいる」
「俺が?」
「何度か、レクスさんが戦っている光景を見させていただきました。レクスさんは、相手の魔力を吸収して、放つ戦い方をしていますね。そんな技を使えるのをオレは見たことがありません」
「ああ……【魔王】が言うには……【凡人】だから魔力を吸収できる、人間は多少なりとも体内に魔力があって、それが反発して吸収なんてできないけど、【凡人】は本来魔力があるプールみたいな場所が空っぽだから、ため込めるとかなんとか」
「それですよ。『黄昏の花』は要はバイパス、道なんです。言ったっスよね。魔力を吸収したら、花粉を散らして、魔力を空中に放出すると」
「ああ」
そうやって、散った花粉を吸った人間が魔力中毒症になると言う話を、『黄昏の花』を探索しているときにほかならぬルカから聞いた。
つまりは……『黄昏の花』は魔力をため込むことはできない。だが、魔力を移動させることはできる。
段々、ルカの言いたいことがわかってきたような気がする。
「つまりはですね」
ルカは、説明を続ける。親指と人差し指でわっかを作り、
「穴、と表現してもいいかもしれません。黄昏の花は使用した相手の魔力のプールに穴を開けるんですよ。プールに穴が開いてしまえば、一気に水が流れ出るでしょう? その穴が……」
ルカは手で作ったわっかをキュッとしめる。
「大きいか、小さいかなんです」
「小さかったら、わずかにしか出ていかない……」
「それも、プールだったら塞がらないですが。生き物は傷ができたら血が溢れてかさぶたが出てきてすぐに塞ぐ作用がありますよね? 生き物の魔力の貯蔵にも同じことが言えます。穴が小さかったら全部魔力が抜き出る前に塞がっちゃうんですよ。だから、大きな穴が必要になる」
だから、魔力過多で苦しんでいたクレアには『黄昏の花』が全部必要になった。
それよりも膨大な魔力量を持っている【魔王】に対して、なおさら無意味なんじゃないか。
いや、違う……、
「吸えるのか?」
「…………」
ルカは無言でうなずく。
「穴が開いて、魔力に触れることができれば……恐らく……レクスさんの吸収の仕組みがわかりませんが、要は魔法というのはむき出しの魔力です。そして、その魔力が向いているベクトル、方向は全てレクスさんに向いていたわけじゃない」
ハーピィとの戦いのことを言っているのだろう。
あの時、魔力のこもった音波攻撃は放射状に発射されていた。それを俺は全て九州のスキルを使って体内に収容していた。
「それを吸収しきったと言うことは、レクスさんの吸収スキルには引き寄せる力が、」
「あるんじゃないか、ってことだよな?」
『黄昏の花』のエキスが入った小瓶を強く握りしめる。
「あるか、どうかはわかりません。だから———奇跡、と表現したんです」
ルカは深刻な様子で言葉を紡ぐ。
「もちろん、【魔王】の強大な魔力を吸った———その後も含めて」
そう、その先の答えは———。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます