第50話 小瓶
「裏切るってことですか! 私たち勇者パーティを! 仲間を! 人類を!」
顔を上げたエル・シエルの憤怒の叫び。
いまだかつて見たことがないほどエル・シエルは激昂し、俺を糾弾する。
「裏切りは……しない」
「は? この期に及んで……」
「俺は、人類の平和も、イヴも両方取る。そして、それはこいつがやろうとしていたことでもある!」
「何を都合のいいことを‼ そんなことできる方法があるとでも!」
「ある!」
俺は、懐から小瓶を取り出した。
蒼い液体の入った、その小瓶を———、
「それって……⁉」
見た瞬間、イヴは目を見開いた。
見覚えがあった。彼女には、この
「何それ?」
知らないエルだけが、疑問を口にする。
「これは、『黄昏の花』のエキスだ」
「……何それ?」
答えられても、昨日今日村に来たばかりのエル・シエルが知っているはずもなかった。
「『黄昏の花』は魔力を体の中から抜く作用がある。これは、クレアを治療するときに使った『黄昏の花』に残されていた、わずかなエキスだ。さっき、ルカが持ってきてくれた」
「『黄昏の花』は使ってしまったんじゃ……」
だから、イヴは諦めた。そのはずだった。
「そう、イヴはそのためにこの村に来たんだ。『黄昏の花』で……〝魔族〟から人間になるために!」
「なっ———!」
「気が付いていないと思っていたのか? お前の事情を知った。そして、それまでの『黄昏の花』に対する執着……お前は死にたくなかったんだよな?」
死にたくなかった。
だから、『黄昏の花』に———リコリスに賭けた。
その花の特殊な作用は体から魔力を抜く。それで【魔王】である自分の体から魔力を抜いて、〝魔族〟から人間になろうと、元に戻ろうとした。
元々の〝魔族〟は無理かもしれない。だけど、【魔王】は元々人間だった。だったら『黄昏の花』の効果で、人間に戻ることができるかもしれない。可能性は十分にある。
「わかったか? エル・シエル」
さっきからついて行けないと、呆れた目を向けている【賢者】へ視線を向ける。
「【魔王】は殺す必要がない。こいつは、イヴは優しい奴なんだ。人類を人間を守るために自分を犠牲にしようとした。だけど、死にたくもなかった。当然だ。自分から命を捨てる決断を楽々とできる奴なんていない。だからこの村に来た。人間に戻るために」
「ふざけたことを———そんなことができると思っているの?」
「そうだ……できないだろう」
イヴはまだうつむいたままだ。
「『黄昏の花』の力は全てクレアが使った……だから、私は命を捨てると諦めた。今更、そのエキスがあると言って……その小さな液体で、私が〝魔族〟から人間に戻るなどとどうして信じられる? そんな都合のいいものが作れるのなら、ルカは私に牙を向けてまで奪い取ったりはしないだろう?」
「そうだ。だから、これはルカにとっても———俺にとっても賭けだ」
「レクスにとっても?」
「ああ……」
俺は、『黄昏の花』のエキスが入っている小瓶の蓋を開け、
「何を————⁉」
中の液体を一気に口に含んだ。
その光景を、イヴとエルは驚愕しつつも黙って見守ることしかできない。
わからないだろうな、俺の行動の意味が———。
わかるのは、俺だけだ。
これが、【魔王】を救う唯一の可能性のある行動だという、その先の答え。
ルカは、この薬を渡すときに言っていた。
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