第49話 魔王の騎士
長い、長い【魔王】の昔話が終わった。
「そっか、そりゃ辛かったな」
いろいろ、湧き上がってきた言葉はあったけど、結局出てきた言葉はその一言だけだった。
長い長い、拷問のような時間を彼女は過ごしたのだろう。
「辛かったさ———そんな言葉で片付けてほしくないほどに」
「すまん」
「いいさ」
「まぁ、つまりは……わかった。〝魔族〟は【魔王】が生きている限り死なない。だから、人間の絶対の敵としての『役割』である【魔王】を全うしなければならないって言うんだろう」
「そうだ。だから、どうせなら、我はお前に英雄になってもらいたい」
「…………そこまでが、わからない」
「む?」
「【魔王】どうして俺なんだ? こんなこと……言いたくもないが、お前は初めて会った時から俺に目をかけていた。それがわからない。アランでもいいだろう?」
「…………」
俺なんか、【凡人】なんかより、【勇者】のほうが、おあつらえ向きだろう。
「単純な話だ。あいつはすかん」
シンプル。シンプルイズベストな答えだった。
「【才能】を持って生まれてきて、それを鼻にかけて努力をしようともしない。そんな奴にむざむざ殺されたいと……思うか?」
「……ハハ」
苦笑しておいた。
アランは、努力しなかったわけじゃない。
多少の努力で何とかなった。
強大な魔物に勝てないこともあった。だが、少しコツを掴んで新技を覚えれば、直ぐにその相手を攻略した。
仲間もいた。だから、直ぐになんとかなかった。
一度挑み、二度目で攻略できなかった相手はいない。
俺はそんなアランの様子を一番近くで見ていた。だから、あいつなりに苦労をしていなかったわけじゃないのはよく知っている。鉄の巨人の鎧を貫けず、やむなくゴードンを仲間に入れた時の悔し涙を俺は見ている。だから、あいつなりに苦労はあった。
他人から見たらそれは足りないと見えるかもしれない。だが、苦労というのは苦労した本人にしかわからない。
「だから、な」
魔王がスッと立ち上がった。
そして、いつの間にか、俺の剣を鞘から抜いて———うばっていた。
「な———ッ⁉」
それを棒きれか何かのごとく、俺へ向けて放り投げる。
「私を殺せ」
「————」
回転する剣の柄を見抜き、空中で掴む。
そして、【魔王】を見据える。
すでに、拒否はした。そして、【魔王】は拒否は不要だと、殺すに足る理由を述べた。
このまま【魔王】を生かしておけば、世界に平穏は訪れない。
この世に生きていることが罪であるという、理由を述べた。
生きているだけで————死刑に相当する罪だと。
「さぁ」
目を閉じ、首をクイっと上げる。
無防備な首筋が晒される。
そこを剣で貫けば、簡単に俺の剣は肉を裂き、噴水のように魔王の首から血が噴き出るであろう。
『物理無効スキル』によって阻まれるか?
いや、今まで刃を防ぐ意思のないものに対して、剣を振るったことなどない。もしかしたら、防御の意志がないものに対しては『物理無効スキル』は発動しないのかもしれない。
「俺は————」
悩んだ。
悩みに悩んだ。
そして———、
ドッ—————————………‼
俺の視界から【魔王】の姿が消えた。
何が起きたか一瞬分からなかった。
「あ———」
だが、すぐに分かった。
【魔王】の肉体は吹き飛ばされていた。
黒い魔弾が脇腹に直撃し、横なぎに吹き飛ばされ、村の大木にぶつかる。したたかに腰を打ち付けて、力なくその根元に体を横たえた。
「【魔王】っ⁉」
「何を……のんびりしているのよ!」
甲高い、ヒステリックな声が響く。
誰がやったか、声の方向を見なくてもわかっている。
「何をしてんだよ! エル・シエル!」
勇者パーティの【賢者】エル・シエルを睨みつける。
黒いローブと三角帽子。いかにも魔法使いという姿を晒して、手に魔力の光を宿している。
「何をしているのかはこちらのセリフよ! どうして、どうして【魔王】を殺そうとしないの⁉ そいつを殺すことが私たちの旅の目的だったのに!」
「———ッ、話を、聞いていたのか?」
「聞いていたわよ。全部。最初から最後まで、そいつが死なないと〝魔族〟は何度だって復活する。あれみたいに!」
遠くの噴煙が吹きあがるレッカ火山を指さすエル。その噴煙の下には復活した、イフリートがいる。
「……だから?」
「は?」
俺の予想外の言葉に、エルが眉を大きくゆがめる。
「だから、こいつを殺すっていうのか?」
「それが」
「そんなことで、一人の女の子を殺すに足る理由だっていうのかよ!」
「————ッ!」
エルと、【魔王】が息を飲んでいる。
堂々と———言ってのけた。
俺は、こいつを守ると———宣言した。
「【魔王】は……こいつは殺させない!」
「そんな……嘘でしょう……レクス……」
失意に染まった顔で、エルはうつむいた。
「おい、【魔王】!」
「————えっ⁉」
このタイミングで自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、【魔王】は大いに困惑していた。
「本当の名前を教えろ」
「え……」
「花の名前じゃねぇか、リコリスって。あるんだろ? 少なくとも、人間だったころの本当の名前がさ。俺は、その名前が呼びたいんだよ」
「そんなの……そんなの……」
【魔王】の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
そして、震える唇で、
「イヴ……です。私の本当の名前は、イヴ。ただの……イヴよ」
「そっか。じゃあ、今日からイヴ・フィラリアだな」
仲間だと、家族だと、認める。
それが、イヴにとってどれほど嬉しいことかはわからない。
ただ、彼女の頬から一筋の涙が流れた。
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