第45話 夜道にて

 宴の席で酒は一滴も飲まなかった。

 飲むことはできなかった。エルに問い詰められ、【魔王】の正体が一番バレてはいけない人間に知られているという現状で、のんきに酔うことなど、できようはずもなかった。


「ウィ~! もう一軒!」


 だが、俺の肩に担がれているのは、しこたま飲んで顔を赤くしているベイルだ。


「……ったく、お前のおめでたい頭が羨ましいよ」

「そう、俺はいつだっておめでたぁ~い! 人生楽しく生きなきゃ損、損! 結局やりたいことやんないと時間を無駄にするだけなんだって! 俺は王都から出て学んだね!」

「はいはい……」


 空の酒瓶を片手にベイルは荒ぶっている。

 はっきり言うと、ベイルは追い出された。

 あまりにも騒いで、服を脱いでエルの前で裸踊りを披露しはじめ、激怒したスタンとルカの兄妹につまみ出され、俺は仕方なく介抱しながら夜道を歩くことにした。

 いや、仕方なくじゃないな。

 逃げた。

 エルを歓迎する宴に出ないわけにはいかなかったが、今はエルと一緒の空間に居たくはなかった。何がきっかけで互いに爆発するかわからない。

 エルは俺を裏切ったと思っているし、

 俺は先に見捨てたエルに、アランたちに裏切られたと思っている。

 俺の感情は一方的だと理解はしている。足手まといを切り捨てるのは当たり前の判断だ。それでも、もう少し優しくしてほしかった。それは甘えだろうか……?

 そうなんだろう。


「………ハッ」 


 笑ってしまう。

 何と情けない。

 俺はずっと甘えていたんだ。アランに、エルに……。

 昔馴染みだから、努力をしていることを見せているから、無条件で傍に置いてくれると甘えていたんだ。

 ちゃんちゃらおかしい、なんて惨め。


「レクスちゃん。何を一人でそんなに落ち込んでいるの?」


 気が付いたら、ベイルが俺の顔を覗き込んでいた。

 酒によってご機嫌状態のままの様でニヤニヤとした笑みを張りつけながら。


「いや、その、な……情けないと思ってしまってたんだよ……俺は、俺はもっと早く勇者パーティを抜けるべきだったのかもしれないって思ってな。こんな場所までずるずると引きずって」

「? 意味が分からない。なんで後悔してるの? ここでの生活、レクスちゃん楽しんでたじゃぁ~ん!」


 ベイルに脇を小突かれる。

 まぁ、確かにそうだな。

 自分のことを情けなく、惨めに思っていたが、そんな俺じゃなければここに———いない。

 ベイルにも、ロッテにも、ルカにも、スタンにも………。


「出会えなかったからな……」


 【魔王】にも。

 会わなければ……!


「イタタタッ! 痛いよ! 何でギュって握るの⁉」

「ああ、すまん……」


 無意識にベイルの肩を掴む手に力を込めてしまっていた。

 爪が食い込むほどの握力に、ベイルは悲鳴を上げ、


「全く……なんかずっと考え事してるけどさ……」


 彼は、「フゥ……」と一つため息をついて、親しみを込めた目で俺を見つめた。

 親身になって心配している。

 彼の瞳の奥からそんな感情が見て取れる。 

 なにかあった? 

 多分、そんな言葉がベイルの口から零れ落ちるのだろう。

 俺を心配しての、心の底から心配しての言葉が———、


「リコリスちゃんの傍に居なくていいの?」

「…………は?」


 予想外の、名前が出てきた。


「何で、あいつの名前が?」

「エル・シエルちゃんがいきなり来たことと、関係あるんでしょ? 大丈夫なの? リコリスちゃん」

「だから、どうしてだよ」

「わかるよ。だって、結構〝魔族〟の中でも、上の方の人でしょ? リコリスちゃん。そうだね……魔王軍幹部、とか?」

「………」


 【魔王】本人です。とは、言えない……。

 いや……もう、言った方がいいのかもしれない。

 ベイルや、ロッテ達にこれ以上隠し事はできない。しちゃいけない気がする。


「【魔王】……だよ」


 折れた。

 心が折れた。

 ずっと、秘密にしておくのにもう疲れた。

 言ったらダメなことを、言ってしまった。

 ベイルのことを心の底から信頼しているから言ったわけじゃない。俺は……また、甘えたんだ。

 誰かに、同じ秘密を共有して欲しくて、同じ荷物を持ってほしくて、一人じゃもう抱えきれなくて、言ってしまった。



「そっか」



 ベイルの反応は———それだけだった。


「…………驚かないのか?」

「驚いてるよ。そりゃ大変だってね」


 酒で紅潮した頬のまま、「ハハ」と笑い。


「そりゃ、頑張って隠さないとねぇ……」

「怖く、ないのか? 俺が妻だって言ってた相手は【魔王】だったんだぞ? この世を支配しようとする悪の権化。それがずっと俺と一緒にいた女の〝魔族〟の正体だったんだぞ?」

「あのさ、俺の性格忘れてない? 俺、〝魔族〟のこと大好きなんだけど? レクスちゃんが【魔王】と結婚してるってなったところで、怖いとか思うわけないじゃない」

「普通の〝魔族〟とは格が違うんだぞ? あいつは、その気になればこの村を一瞬で小指一つ動かすだけで消し去ることもできる。そんな強大な力を持っている奴がこの村のどこかにいるかもしれないと思って、怖くはないのかよ?」

「プッ、アハハハハハ…………どんだけ信じてないのよ?」

「ベイル。お前はいい奴だけど……人は絶対的な力を前にすると変わる時が、」

「俺じゃなくて、リコリスちゃんを———よ」

「————ッ!」


 ハッとした。

 ベイルは、変わらず情のこもった目で俺を見つめている。


「リコリスちゃんは無暗に人を殺すような子じゃない。それを誰よりも一番わかっているのは、レクスちゃんでしょ? わかっていなきゃいけないのも、レクスちゃんでしょ?」

「…………」


 正論だ。 

 こいつは、正しい。


「ねぇ、何があったのか、聞かせてもらってもいいかな?」


 ベイルは、尋ねる。

 俺は、全部言ってしまってもいいかな、と思ってしまった。


「実は……」


 そして、ベイルに【魔王】とここまで来た経緯と、昨日エル・シエルと何があったのかを全て、包み隠すことなく話した。

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