第31話 ルカ……?


「それだぁ!」


 ベイルが【魔王】の持っている『黄昏の花』を指さし、叫ぶ。


「……あっさり見つけたな」

「リコリスさんが魔族だからっスよ。普通空飛べないとあんな危険な場所に咲く花は見つけられてもとりに行けないッス」


 ルカは「よっこいせ」と重たい腰を上げて、ゆっくりと【魔王】に向かって歩いていく。

 その脇をダッシュでベイルが通り抜け、【魔王】の手の中にある『黄昏の花』を見つける。


「よくやったぁ! これで俺も〝魔族〟になれる!」

「待て、これは我の物だ! まだ見つけてないがもう一輪見つけてくる! そしたらお前にやろう!」

「え~‼ リコリスちゃん何を言い出してんのよう! これは〝魔族化〟する花だって言ったでしょう⁉ リコリスちゃんが持ってても何の効果も」

「うるさい! とにかく我にはこれが必要なんだ! もう一輪見つけてきてやるから……」


 あの馬鹿、さっきから興奮して口調が【魔王】のまま、一切隠そうとしていない。


「おい、リコリス‼ 渡してやれよ。それはベイルの依頼の」

「うるさい、うるさいうるさい! ようやく見つけたんだ! 本当にあるとは思わなかったこの魔族の花を」

「だから、嘘って言ってるじゃないっスか」


 ルカが、【魔王】の手首を掴んでいた。


「おい、貴様なんのつもりだ?」

「…………」

「その手を離せ。我は一瞬で貴様を焼き殺すこともできる」

「ちょっとちょっとリコリスちゃん。そんな穏やかじゃない……あれ? 目がマジだ……」


 【魔王】はルカを射殺さんばかりの目つきで睨み続けている。

 ルカはその瞳を逸らすことなく真っすぐ受け止め、


「その『黄昏の花』に〝魔族化〟なんて効能はありません。それにできることはただ一つ。魔力抜き。ただそれだけです」

「何⁉」


 驚いた。


 俺と同じ能力を持つ花ってことか———?


「『黄昏の花』に魔法を浴びせると、その花にダメージは全くなく、魔力がこもり、やがて魔力が花粉として放出されます。そして魔力のこもった花粉を吸うと、重度の魔力中毒に侵されます。おそらく、あの古文書の作者はその花粉を吸ったんでしょう。それで、〝魔族化〟できると勘違いした」


 ルカが淡々と説明をする。


「そ、そんなぁ……」


 そして、説明を聞いたベイルが失意の中、膝から崩れ落ちた。


「———で?」


 【魔王】はその言葉を聞いても、『黄昏の花』を握りしめたまま放そうとしない。


「貴様は何が言いたい?」

「すっげー……すっげー心苦しいんすけど、その花を渡してくださいッス。この通り」


 ルカが頭を下げる。


「いやだ。貴様に渡す義理がない」


「でしょうね。でも、知ってるっスか? 『黄昏の花』って一度魔力を解放すると枯れるんスよ」

「…………貴様」

「リコリスさんは強い。私じゃとても勝てねーッス。ですけど、その『黄昏の花』を握りしめた状態では魔法は使えない。肝心の『黄昏の花』が一瞬でダメになっちゃうっスからね」

「……そうか」


 【魔王】の瞳から光が消えた。


 そして、手を振り上げ、


「やめろッッッ!」


 ピタッと、ルカの首の数センチ手前で止まった。

 俺が声をかけていなければ、おそらく、そのまま【魔王】の手刀がルカの首を撥ねていただろう。


「二人とも、冷静になれ。『黄昏の花』を欲しがる事情が、事情があるんだろ⁉ そんな何も話さずに渡せとか自分の物だとか……わかるけど。何もわからない。何か話してからじゃないとただ争いが起きるだけだ。とりあえず話そう

 ……そして、今回に関してはどう考えても悪いのはルカだ」


「……わかってるッス」


 そこはちゃんと言葉にしておかなければ。

 横からいきなり来て、こっちの成果をかっさらおうとしているんだから。


「だけど、ルカもあのユノ村で暮らす住民……隣人———仲間だ。これから、ユノ村で暮らしていくと決めた以上、彼女のわがままを無下にすることもできない」


「何を言っている。旦那様。この女のわがままを聞けと、我に言うのか? 一方的に迷惑をかけられて飲めと?」


 おぉ……怖い。


 【魔王】の眼力の標的がこちらに向けられた。 

 本当に睨まれただけで、キュッと首がしめらているような感覚に陥ってしまう。


「暮らしていく以上、一方的じゃないさ。いつか、俺たちがルカに迷惑をかける時が来る」


「…………」


「お互い様さ。だから、とりあえず、事情を聞こう……な?」


「…………放せ」


「……わかったス」


 【魔王】の言葉に、ルカは素直に従った。

 『黄昏の花』を持つ【魔王】の手を、あっさりとルカは放し、こちらに向き直る。


 ペコリと一礼。


「すんません。すこぉしだけ、冷静さを欠いてたみたいッス」

「いや、少しじゃなくてだいぶ……」


 ルカが顔を上げる。


「————ッ!」


 その瞳には涙が浮かんでいた。


「本当にごめんなさい。わがままだってわかってるッス。だけど、だけど、どうしてもどうしてもその『黄昏の花』が必要なんス。お願いします……お願いします……」

「ルカ……」


 ルカは目に涙をためて、こう言った。



「お願いしますから、クレアを……助けてください」



「…………誰?」

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