第32話 魔力暴走症
クレア・ラング。
スタンの———娘だ。
ルカは、彼女を救うため、森に入っていった。
俺たちは———メリダ渓谷からユノ村へと戻った。
そして、
「本当にありがとうございました————ッス!」
ユノ村の教会。
その奥の僧侶の私室にあつまり、ルカは俺たちに頭を下げた。
「別にいいって……」
照れ臭いのと、なんというか、感情の持って行き場がなくて、部屋の中を見渡す。
ろうそくの灯だけが部屋を照らす暗くて、最低限の机と椅子と書物しかない質素な部屋。
机には村人の名簿と薬草の図鑑のような本が広げられている。
普段、ここでルカは作業をしているんだろう。
「いいことはないっス! クレアのために、『黄昏の花』を譲っていただいて……あれは一年草なのに……!」
「だから、いいって……脅迫してきたくせに、いざ手に入るとそんな殊勝な態度をとってさ……こっちは何も言えなくなるよ」
「すんません! すんません!」
ブンブンとルカが頭を上下に振り、あまりの勢いに首が取れるんじゃねえかと思ってしまう。
「いや、悪い嫌味を言った……まぁ、」
質素な部屋にもベッドはある。
「すー、すー……」
そこに横たわる十歳ぐらいの少女。
親譲りの金髪———クレア・ラング。穏やかに寝息を立てている。
「その子が助かって何よりだ」
彼女の枕元には、桶。そして、茶色く枯れてしまった『黄昏の花』
【魔王】は、
「…………フン」
不機嫌そうに鼻を鳴らして壁にもたれかかっていた。
結果として、彼女は『黄昏の花』をルカに譲った。ルカの事情を聞き、仕方がないと思わせられ、手放した。
そう、仕方がないのだ。
命には代えられない。
「クレアは、病気でした。魔力暴走症。体内の魔力がとめどなく溢れてとまらない。制御しきれない魔力はその体を蝕み、全身を焼かれるほどの苦痛が襲う。魔力中毒のひどい版っス。体内の魔力のキャパシティを超える量の魔力が常に生まれ続ける。人間は本来そんな能力を持っていないはずなんすけど。クレアは体内で魔力を生まれつき作れるようになってしまった」
「そんな病気があるなんて初めて知ったよ」
同じく、『黄昏の花』を求めていたベイルも肩をすくめた。
「人間の症状は千人に一人ぐらいしか出ないらしいッス。だから、治療法も確立されていない」
「そんな奇病にクレアが?」
「多分、このユノ村が魔界に近いせいっス。大気中に濃い魔力が渦巻いているこの地だと、そういう突然変異のような人間が生まれてきてしまうのかもしれないッス。人間の中でも突然〝魔族〟のように体内に魔力が宿っている生き物が」
「へぇ……」
「ベイルさん。興味深そうにしなくていいっスよ。これで現実を知ったでしょう? 人間は魔族にはなれないんすよ」
悲し気に、ルカがクレアを見る。
「人間の身で、〝魔族〟の能力を与えられたクレアは生まれつき全身を焼かれる苦痛に侵され、十歳になってとうとう起き上がることもできなくなった。体が、人間の体だと耐えられないんスよ。〝魔族〟の能力は」
「そ」
ベイルは肩をすくめ、笑った。
「でも俺諦めないもんね。『黄昏の花』は使っちゃったけど、どうにかして〝魔族〟になる方法を見つけて見せるから」
「その折れない心は尊敬するよ」
ベイルの肩にポンと手を置く。
正直、見直した。
「お、レクス君。褒めてくれるの?」
「まぁ、結果として、この小さな女の子を俺たちが助けることになったんだし。オーライってやつだろ」
バンッ‼
部屋の扉が勢いよく開かれた。
「クレア!」
金髪の青年————スタン・ラングが飛び込んできた。
「クレアの病気が治ったっていうのは本当なのか⁉」
「ああ兄さん……」
スタンはクレアの元へ駆け寄りひざまずいた。
そして穏やかな寝息を立てるクレアの手を握りしめ、祈るようにその手を自分の額に当て、
「クレア……」
つぶやく。
「……ン? お父さん?」
「———クレア!」
スタンの祈りに応えるかのようにクレアの瞳が開かれた。
「クレア、クレア! 大丈夫か? 痛いところはないか?」
クレアの魔力暴走症は、魔力が溢れ、全身を焼くような痛みが襲うと言う。
彼女は———首を振った。
「どこも、痛くないよ……夢を、見たの。こんなに穏やかな気持ちで眠りについたのは久しぶり……お母さんと、ルカちゃんと、お父さんと四人でピクニックに行く夢……いつかの約束」
スタンが握りしめているクレアの手から小指だけが伸びる。
「ああ……! 約束、約束だ!」
スタンは手を離し、クレアの小指に自分の小指を絡めて、強く握りしめた。
「うん……」
そしてやがて、クレアは再び「すーっ」と寝息を立てて眠りについた。
「兄さん。クレアは久しぶりに痛みがない眠りにつけたんです。いつも全身が痛くてまともに眠ることができなかったのに。今日は久しぶりに薬に頼らずに……寝かせてあげましょう。今まで頑張った分だけ」
「ルカ……ありがとう……」
「礼を言う相手が違うっスよ」
「…………ああ」
スタンが立ち上がり、俺たちへと向き直る。
「ありがとう、あなたたちに深い感謝を」
深々と頭を下げた。
スタンは、そのまま下げ続けていた。唖然としている俺たちが、だいぶ時間が経って「もういい」と言うまで、ずっとその姿勢を崩さなかった。
そりゃあ、これだけ殊勝な態度にもなるか。
命より大切な一人娘の命が救われたんだから。
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