第16話 【凡人】の才
死んだ————。
「受け入れろ!」
そう思った瞬間、また、【魔王】の声が飛んだ。
受け入れろ?
何を? 死を?
考えている暇はなく————俺は、【魔王】の言葉に従って目を閉じた。
混乱した頭で出した、言われるがままの結果がどうなるのか全く予想ができてない結論。
だが、どこか心地が良かった。
それは、命令をしたのがあの銀髪の少女だったからだろうか……昨日今日で会ったばかりの女の子。それも敵であるはずの彼女のの言葉は———なぜか不思議と心地いい。
……………。
—————まだか?
目を閉じてからだいぶ時間が経った気がした。
死ぬと言うのはこんなにゆっくりとしたものなのだろうか。
「あ? っと……死んで、ねぇよな……」
目を開いた。
目の前には巨大なデスグリズリーが棒立ちしている。
何でだ?
何で俺は死んでない?
「今だ!
【魔王】の声が飛ぶ。
赤い、光が見える。
「え————?」
視線を落とす。
業火が、
デスグリズリーの吐いた火炎ブレスが、そのまま、俺の腰の高さの中空に浮遊していた。
「俺の、剣……に」
俺のただの鉄の剣————業火が渦を巻いて蛇のように纏わりついていた。
「どういう……ッ」
考えている暇は、ない————!
駆けだした————!
思考を置いていく。
グオッッッ———————⁉
デスグリズリーは、視界に映る光景が理解できないのか。それとも、自分の吐いた炎を纏っている俺の剣に恐怖しているのか。奴は、おののいた。
俺は———今はただ、【魔王】の言葉を鵜吞みにするだけだ。
「全くよく分からんが! これが、勝機だっていうんだったら、勝機なんだろう⁉」
俺は炎を纏っている剣を、デスグリズリーに叩きこんだ!
グオオオオオオオオオオオオッッッッッ……………‼
右肩から袈裟切りに切りつける。
デスグリズリーの、血が噴き出る。
「通った————⁉」
俺の炎を纏った剣は、デスグリズリーの『物理無効スキル』を貫き、デスグリズリーの肉を断った。
一撃、だった。
巨熊がズウンと轟音を立てて地面に倒れ伏す。
「倒した……」
「凄い、凄いです! 流石レクス殿!」
ロッテが駆け寄る。
「デスグリズリーを倒せる狩人はユノ村でも少なくて、ベテランじゃないとここには中々来ないんですが、やっぱり元勇者パーティにいた人は違いますね! あのデスグリズリーを一撃なんですもん!」
はしゃぐロッテの声が耳に入るが、俺は上の空のまま。
炎のブレスは、まだ俺の剣に停滞している。
「よくやった」
「【魔王】……」
誇らしげな顔をしている【魔王】も近づいてくる。
「これ、一体何なんだ? お前が何かやったのか?」
「我は何も。それは元々お前が持っている才能だ」
「才能? これが?」
剣にまとった魔法の炎がだんだん小さくなっていく。
「才能って、俺は【凡人】で、魔法の才能も、何にも持っていない人間だぞ。それにこんな……魔法を吸収するみたいなこと、今までできたことがない……」
魔法の攻撃を何度か浴びたことはあるがそのたびに尋常じゃないダメージを受けていた。
「何も持っていない。それは、何でも持てると言うことだ」
「……どういうことだ?」
「お前は魔法の才能がない。基本的にどんな生命にも魔力は体内に存在している。それは器にたまる水のようにな。その水の種類によって、そいつの持っている才能というものは変わる。〝自然界の魔力を操るのに長けている水〟だったら【賢者】。〝魔力を攻撃的なエネルギーに変換しやすい水〟であったら【剣聖】といったようにな。何かしらの水がある」
「水……」
才能に魔力が関係してると言うのは、何となく聞いたことがある。
才能の測り方は特別な紙に、その人の血を垂らして紙に浮かび上がった模様でどんな才能を持っているか判断する方法で測っている。その才能測定紙は魔力の種類によって色を変えているのではないかという説が有力だったが、誰も調べられる人間がいないので正確にはわからなかった。
「そうだ。確かにお前は自らがいうように〝水〟は持っていない。だが……器はある」
俺の胸元を、心臓のあたりを指さし、トンとつく。
「何も入っていない器が、その器にはいくらでも新しい〝水〟を入れられる。ただ、小さな穴は開いているようで、どんどん時間が経てば漏れていくがな」
剣にまとった炎はいつの間にか小さくなっており、ほんの火の粉程度の物がぐるぐると回っているだけになっていた。
「それは、つまりは……あれか。俺は敵の魔法を吸収できるって言いたいわけか? だけど、さっき言った通り……」
「今でできなかった理由か? それはお前が〝水〟を心で拒絶していたからだ。恐怖が抵抗を産み、本来自らの器に浸透できる魔力が摩擦を生み、そのままお前の肉体を傷つつけていた。心を無にすれば、空の器を持つお前の中に、魔力は溜まっていく。何度か、そんな経験はなかったか? 敵の魔法が体を素通りしたり、消えたように見えたことが」
「そんな経験……あ」
一度だけ、あった。
【魔王】に襲われ、全滅したあの日。
彼女が繰りだした魔法の玉がなぜか突然消失した。
見間違いか何かだと思っていたが、まさかあれがそうだったのか……。
「『吸収』スキル……【凡人】が持てる。【凡人】だけが持てるスキル……いや、才能といったところか」
「『吸収』……か」
「魔力を受け入れるためには雑念を抱いてはならない。その雑念は妨害となり摩擦を生む。つまり、『吸収』をするためには恐怖を抱いてはならない……ということだ。今までお前は恐怖を抱いて、自らに自信を持たずに戦っていた」
たしかに、そうだ。
それはそうだろう。【凡人】なのだから、人一倍努力したという自信はあるが、それでも敵に必ず勝てると思うほどの自身にはなっていなかった。
だが……、
「これが、俺の戦い方……」
恐怖心を持たずに、立ち向かっていく。
グッと拳を握りしめる。
何だか、胸に熱いものが沸き上がってくるような気がした。
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