第17話 翌日
昨日は興奮して眠れなかった。
ヒカリダケを納品し、金を貰い、酒場で飯を食べた後、【魔王】と共に家に帰り他愛のない話をして、眠りについた……と思う。
その事実だけを並べ立てることはできるが、デスグリズリーを倒した後の記憶が薄い。
自分にも戦う技がある。役に立つ方法があるとわかり、これからの生活がワクワクして止まらなかった。
ボオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~~‼
「な、何だ⁉」
けたたましい動物の唸り声が鳴り響いた。
急いで起き上がり、窓の外を見る。
ボオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~~‼
再び音が鳴り響き、耳を塞ぐ。
「うるさっ、何⁉」
音の正体は一発でわかった。
「あ、レクス殿!」
家の前に設置されている木組みの高台。
その上にロッテがいた。
彼女の手には角笛が握られ、俺の姿に気が付くと嬉しそうに敬礼をし、テテテと降りて、こちらへ走り寄ってくる。
「おはようございます! 昨日はよく眠れましたか⁉」
「……あぁ、まぁ」
嘘をついた。
嬉しくて眠れなかったなんて子供みたいで言いたくはなかった。
「それよりも、さっきのは?」
「起床の角笛です! 私の朝の日課で、この音を目覚ましに起きているって人もいるんですよ」
「それは、警備隊の役目なの?」
誰よりも早く起きなきゃいけないなんて大変な仕事だ。俺たちの見張りを任されたり、ロッテはやはり警備隊の中で下っ端の立場にいるのだろうか。
「いえ。これはウチの家が代々継いでるこの村でのお役目みたいなもので……おばあちゃんまではやっていたんですけど、お母さんはもう村での役目何て言ってる時代じゃないからってやらなくて。でも、そういった伝統がなくなるのは寂しいじゃないですか。だから、私は自主的にやってるんです」
またビシッと嬉しそうに敬礼をする。
「そうか……」
嬉しそうにしているところ悪いが、滅茶苦茶うるさく、迷惑この上ない。
ロッテの母親が役目を止めたのも、村人から苦情を受けたからなんじゃないかと邪推してしまう。
「これから毎日あの角笛の音で起こされるのか……」
しかも、俺が借りた家は高台の目と鼻の先。この村で一番ダイレクトに角笛の音をぶち込まれる環境だ。
うんざりはするが、やめるように言えるほど、ロッテとは親しくはない。ので、何も言えず……彼女の装備に話題を切り替える。
「それよりも……朝だっていうのに、その背中の……随分と大荷物だな」
ロッテは背中にリュックを背負っていた。
真ん丸にパンパンに膨れ上がった、無理にいろいろ詰め込んだと言うのが丸わかりの巨大なリュック。夜逃げでもしたのかと思ってしまう。
「これはお二人に朝食をお作りするために、家からいろいろ持ってきたんですよ~」
「朝食?」
「はい! ユノ村警備隊・元勇者パーティのレクス殿の助手を拝命いたしました、ロッテ・メッサーラ! レクス・フィラリア殿に不自由なきよう。粉骨砕身お世話する所存でございます!」
「いや、そこまではしなくても……」
「えぇ、と……迷惑……ですか……?」
途端に、眼に涙をためて悲し気に俺を見つめる。
「そ、そうですよね、いきなり来られたら、迷惑ですよね」
ウルウルと、捨てられた子犬のような目で見つめられて、下手に出られると、こちらも困ってしまう。
「……どうしたもん、かッ⁉」
困り果て、ふと横を見た瞬間だった。
悪鬼が———そこにいた。
「なんなのだ……今の不快な音は……」
【魔王】だ。
寝起きで髪の毛はぼさぼさ、うつむきがちで眼も閉じられている。
だが、その全身から不機嫌オーラが迸り、明らかに先ほどの角笛でたたき起こされ怒り狂っている。
ポウッ……!
右手に魔力の光が集まり始め、エネルギー弾を作り出している。
「どいつだ。さっきの音を発した音源はどこのどいつだ……?」
「ちょ、まっ、お前、ちょっと待て!」
ロッテを慌てて窓から家の中へと引きずり込む。
「へ? あ、奥様。おはようございます」
いきなり上半身だけ窓から家の中へと入れられたロッテはわけもわからない状態のまま、とりあえず視界に入った【魔王】に挨拶をした。
「その女か……」
ぼそっと呟き、赤い目が光る。
「ま、待てロッテだぞ!」
「殺す」
わかってない!
寝起きで、不快な音でたたき起こされた【魔王】には、その音の主が知り合いだろうと抹殺対象になってしまっている。
「ま、ま、ま、待ってくれ! 今からおいしい朝食が食べられるぞ!」
「……朝食?」
ピタッと【魔王】の動きが止まる。
「へ? レクス殿さっきは迷惑だって」
「いいから! 場を収めるにはこれしかないんだよ! ロッテがおいしい朝食を作ってくれるから、機嫌直せって、な? な? ロッテはメチャクチャおいしい料理を作れるもんな、な?」
苦し言い訳で滝のような汗が流れる。
それでも問答無用で【魔王】がロッテを殺しにかかったら、もう手詰まりだ。
「…………旨いのか?」
【魔王】が尋ねる。
「え、あ、はい! 腕によりをかけて作りますよ!」
両拳を前に突き出し、ふんすとロッテが気合を入れる。
「……なら、やってみせろ」
スッと、右手に宿した魔力の光を消した。
「はい!」
元気よく、ロッテは返事をした。
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