第14話 勝てる、わけない
「あんなの、採れるわけないだろ……!」
「え⁉ でも、レクス殿は元勇者パーティの……」
「クビになったんだよ。別に隠す気もないし、正直に言っちゃうけど、俺は弱くて勇者ご一行様をクビになったの!」
「そんなご謙遜を……」
またまたぁ~と、全く信じていない様子で手を振るが、本当のことだ。
「ちなみに、あのデスグリズリーはレベルはいくつなんだ?」
「平均はレベル65です。ですけど、あのデスグリズリーはここいらのボスみたいな子なんでレベル70はあったはずです」
「はずですって……」
「すいません。私も
キラキラとした目で見つめられる。
だが……、
「そりゃ、才能のある人間の80なら、な。だけど……俺は」
ステータスが、平均以下。
勇者パーティの平均レベルは70前後。俺のレベルは80……それでも俺は飛び切り弱かった。ステータスは他の仲間の4分の3程度しかなく、仲間たちは魔法が使えるので自分たちのステータスを魔法で底上げできたので、更に俺と能力の差が開いた。
【才能】———それがあるとないとで一つレベルが上がったときのステータスの伸び具合が全く違う。
他の人が一つレベルが上がるとステータスが+2も3もなるが、俺は+1がほとんど、+2のときはほとんどない、+0なんて悲しい上昇情報も聞かされた。
だけど、皆に置いて行かれないようにレベルを必死で上げた。結果レベルだけが突出したが、ステータスは皆を下回る悲しい男が生まれた。
そのことはひどく俺にとってコンプレックスだ。
だから、なるべく言いたくない……。
「俺は……なんですか? レクス殿、あんなデスグリズリーなんて楽勝だって言いたいんですか? そうですよね⁉」
キラキラとした目でグイグイ迫ってくる。
「いや、それは……って……まお……!」
【魔王】が洞穴へ向かって行っている。
寝ているデスグリズリーを全く気にせずに、ザッザッザッと足音を立てて進んでいく。
思わず【魔王】と呼びかけてしまったが、ロッテが近くにいることを思い出し、慌てて口をふさぐ。
「レ、レクス殿……! 奥様が行っちゃいましたよ……⁉ 大丈夫なんですか⁉」
ロッテも慌てる。
ロッテは元勇者パーティの一人だという肩書に目がくらんでいる。だから俺のことは妄信的に強いと信じているが、【魔王】のことはただのツレとしか思っていないはずだ。
元勇者パーティの一員だから強いかもしれないとは思っているのかもしれないが、心配そうに俺と【魔王】を交互に見つめている様子からすると、少なくとも俺の助けが必要なぐらいの実力だと想定しているだろう。
「クソ……!」
駆けだす。
だが、デスグリズリーを起こさないように、なるべく足音を立てないようにつま先から着地し、足全体の筋肉を使って衝撃を殺しながら、まるで忍者のように走る。
「何考えてんだあの馬鹿……!」
あいつは【魔王】なのだ。
そりゃデスグリズリーごときものともないだろうが、もしも、その強大な力をロッテに見られたら……【魔王】だとバレてしまう可能性がある。
そうなったら、この村にはいられなくなる……!
「おい……!」
追いついた。
魔王の肩を掴んで振り向かせる。
「何だ?」
「何だじゃない。何考えてんだ。あのデカブツを起こすつもりか?」
「起こして問題があるのか?」
平然と言い放つ【魔王】。
やっぱり、状況がわかっていない。
「お前、自分が戦えないってこと分かってるのか? 俺たちを倒したみたいに【魔王】としての力を使ったら、ロッテに【魔王】ってバレるかもしれないんだぞ」
「だからどうした」
「お前……ここに何しに来たんだよ。まだ【魔王】ってバレるわけにはいかないだろう?」
「さっきから、お前は何を言っているんだ?」
【魔王】がビシッと俺の眼前に人差し指を突きつけた。
「お前が倒せばいいだろう」
「は?」
「我はハナから戦うつもりなどない。レクス。お前があの熊を倒してくれると信じていたからな」
「俺が……倒せるわけないだろう」
「なぜだ?」
悔しくて、拳をぎゅっと握りしめる。爪が手のひらに刺さりそうなほど。
俺は、デスグリズリーを倒すことはできない。
なぜなら……、
「あいつは、デスグリズリーは、『物理無効スキル持ち』なんだよ」
俺が勇者パーティを追放された理由。
「魔法の才能が全くない。魔法を使えない、剣しか使えない。だから、デスグリズリーに攻撃を通すことができないんだよ。1ダメージもダメージを与えられないのなら、絶対に勝てないだろう」
「だから、さっきから何を言っている?」
「いや、何度も同じことを」
「言わせるな、は我のセリフだ。お前は何を勝手に勝てないと思い込んでいる」
「え————?」
【魔王】はいつも、俺の目を見たまま逸らそうとしない。
綺麗な瞳で、まっすぐに俺を見つめて。
「お前は、あいつに勝てる」
「—————ッ!」
本当に、【魔王】は、自らの言葉を信じ切っている瞳で、そう言っていた。
勝てるわけないだろ。
そう、答えたつもりだった。
だが、喉が震えてくれなかった。
【魔王】の瞳を見ていると、本当に勝てるような気さえしてきたからだ。
「もう一度言う。勝てないと思っているのはお前だけだ」
「————でも、無理に戦う必要はない、だろ。気づかれないようにヒカリゴケを採ればい」
「そういうわけにはいかないようだぞ」
気が付いたら、デスグリズリーのいびきが止んでいた。
影が落ちる。
「クソッ……! マジかよ……!」
巨大な山のような熊が屹立していた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼
大気が震え、びりびりと俺の頬も震わせる。
デスグリズリーは完全に目を覚まし、吠えた。それは、これから敵をなぶり殺しにする予告のように聞こえた。
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