第13話 ヒカリダケを求めて

 ロッテが案内した場所は薄暗い森の奥だった。


 樹海———そう言っていい場所。


 木々が生い茂り、日がほとんど入らない、昼なのにまるで黄昏時のような暗さ。足元もほとんど見えず、2メートル程度離れてしまえばもう相手が見えない。


「本当にこんな場所にあるのか?」


 首をかしげて【魔王】が尋ねる。


「さぁ……ロッテは先に行っちゃって見えないしなぁ」


 ロッテは樹海に辿り着くなり張り切ってずんずんと俺たちを置いて奥へと行ってしまった。

 仕方がなく、ロッテが向かった方角を辿って歩いている。


「まさかとは思うが……」

「ん? どうした?」

「ロッテは、俺たちを騙そうっていうつもりはない、よな」

「騙す? あの女がか?」


 フンッ、と【魔王】は鼻で笑うが、どうしても不安が首をもたげてしまう。


「確かに信じたくはない。あんな純粋そうな女の子が……とは思うが、ユノ村警備隊の一員。スタンの部下だ。スタンの態度を見る限り……表面は取り繕っていたが、俺たちに好印象は持っていない。もしかしたら、ロッテは俺たちを危険な場所に取り残して始末しようとしてるんじゃ……」

「……本気でそう思っているのか?」

「思うよ。ロッテはいい子そうだったが、俺たちはまだあの子を何も知らない。いい子に見えてどんな本性を隠しているのか。わかったもんじゃない。俺は、俺は、また裏切られるかもしれな」


 ギュッと手を握られた。


「え———?」


 【魔王】が俺の手を握っていた。


「しっかりしろ」


 真っすぐ俺の目を、間近で見つめてきた。

 綺麗な青空の様な光る瞳が俺を映す。


「目が濁っているぞ」


 【魔王】は、瞳を逸らさない。

 言い、当てられた。

 俺の不安が見透かされた。その根源がどこから来るのか見透かされた。自信が持てなくなった理由が見透かされた。


「そうか、そうかもな」


 冷静になれ。 

 ロッテと出会って間もないが、あの様子を見れば初めてあった人間を殺そうとするほど悪い人間じゃないのはすぐにわかる。

 俺たちが例えユノ村警備隊にとって邪魔な人間だとしても、何の警告もなしにいきなり殺そうとするのは良心がなさすぎる。どんなに冷酷な人間でも一度警告ぐらいはする。

 だから、今のこの事態はいきなり死ぬほどの状況じゃない。

 ロッテが残酷な人間かもしれないと、裏切られるんじゃないかと疑うのは、俺が裏切りにあったからだ。

 一度大きな裏切りを経験すると、人を信じるのが難しくなる。 

 【魔王】は、人間でもないくせに、ろくに俺を知らないくせに、その本質を見破りやがった。

 スッと胸が軽くなったが……悔しい。


「ロッテは人を騙すような娘じゃない。先に行ったのは何かしらの事情がある……だな」

「そこまではわからんが」

「いや、そこは同意しろよ」


 人の心は読めるが空気は読めない【魔王】に苦笑しつつ、まっすぐ前を見つめる。

「早くロッテに追いつこう」 


 そう決意を固めた瞬間だった。


「レクス殿」


 ヌッと目の前にロッテの顔が出現した。


「うわあああ!」

「シー……! 声を上げないで……!」


 ロッテが慌てて俺の口をふさぐ。


「先に行ってヒカリダケのありかを見つけてきました……こっちです」


 声を出さないようにと、唇に人差し指を当て、腰をかがめて足音を立てないように俺たちを先導する。


「……ロッテ、甘えるようだが、見つけてきたのなら採って来てくれてもよかったんじゃないか?」

「そんな! 採ってなんてこれませんよ。私、見かけ通りレベルは低いんですから」

「そうなのか? 警備隊だろ? ある程度は戦えるんじゃないか?」

「そんな、レベル50の弱弱ですよ……!」

「レベル50で弱弱……か」


 流石は魔界に一番近い村。住人の平均レベルも相当高いようだ。


「だけど、レベルが低くて採って来れないってどういうことだ?」

「それは……」


 グモモモモモモモモモ…………ッ!


 突然、空気が震えるほどの唸り声が響き渡る。


「ヒカリゴケが、あそこにあるからです……」


 ロッテが指さす先は、洞穴だった。

 大きな洞穴の中に、落ち葉がため込んであり、その下にぼんやりと青白く光るキノコがある。


「おいおい、あそこにあるって言っても……」


 その落ち葉は、ベッドだった。


 ベッドの持ち主は、


 グモモモモモモモモモ…………ッ!


「デスグリズリーです……」


 熊の魔物。


 優に4メートルは越える、家一個分の巨大な熊の魔物が、落ち葉のベッドの上で寝ていた。

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