第7話 幕開け・2
「ハァ⁉」
突拍子もないことを言われ、顔が熱くなる。
自分の顔の事なのでわからないが、まさか、ボッと一気に赤面したわけじゃないだろうな……?
「好き、好き、好きって……どういうことだよ⁉」
思わず声が上ずってしまう。
「どういうことも何も、頑張っている者がいたら応援したくなるだろう?」
「あ……」
なんか、期待とは違う、少し傷つきそうな答えが返ってきそうだ。
「勇者パーティと遭遇したのは、偶々だ。試しに自分を殺しに来る敵がどんなものなのかとちょっかいをかけてみたのは、気まぐれだ。そいつらが想像よりも弱かったのは失望したが、一人面白い人間がいると思った。お前だ。何かしら才能を持っている人間たちの仲で何の才能も持っていない人間がいた。何にも才能を持っていない、いわゆるお前たちの言葉で【凡人】と呼ばれる人間が場違いに魔界の手前まで来ていた。その上、そいつが最後の最後まで【魔王】に対して戦意を持って向かってきた。最後まで諦めなかったのは、才能を持っている【勇者】じゃない。なんの才能も持っていない【凡人】だった。そして……」
「もういい! 聞きたくない!」
「……? なぜだ? 我はお前を褒めている、讃えているんだぞ?」
「頑張っているとか、諦めないやつとか、そんな言葉はもう聞き飽きたんだよ! 頑張ったさ! 諦めなかったさ! だけど、俺は結局才能を持っている奴には勝てなかったし、上には上がいた。そんな期待に応えようと必死だった。だけど、これ以上は無理だったんだよ」
「そうか……我はそういう物語があってもいいと思った。なんの才能もない【凡人】が【魔王】を倒して英雄になる物語が、そんな物語の方が【勇者】が【魔王】を倒す物語よりよっぽど面白い、と。そんな物語を作り上げることが我が【魔王】であることの新しいモチベーションになると思ったが……そうか、無理……か」
「ああ、もう、無理だ……俺は限界を感じていたし、仲間からの信頼も失った……冒険はもうできない」
「じゃあ、どうする?」
「こっちのセリフだよ……お前、もう魔王城帰れよ。こんな温泉の村で何やってるんだよ。アランたち、魔王城向かってるぞ……あいつら何しに行ってんだよ……」
「知らんがな。勝手に人ん家に殺しに向かって、いなかったらキレるって横暴が過ぎるでしょ」
「……確かに」
「それに、あの勇者はなんか気に入らない。あいつには倒されたくない。倒されるのなら」
【魔王】が真っすぐ俺を指さした。
「あんたがいい。だからこの家に先回りした」
「————嬉しいことを言ってくれるけど、もう俺は勇者パーティじゃないからな。ただの【凡人】としてこの村で生きることに決めたから」
「じゃあ、我もそうする」
「……だからぁ」
反論しようとする俺を、【魔王】は手で制した。
「スローライフ、ってやつをやってみないか? 互いに全てを諦めた身の上だ。しばらくこの村でのんびりして、やる気が出てきたらそれぞれの使命に戻る。その間だけ、一緒にのんびりと過ごしてみないか? この家で」
【魔王】が家をぐるりと見渡す。
オットーは言っていた。この家はいい家だと。そして、この村は温泉の湧くいい村だ。
村から出て、冒険を続けて疲れた体を休めるのにはもってこいの。
「そうだな……」
【魔王】をじっと見つめる。
今日、初めて会ったに近い、初めて話した。
人類からすると恐怖の対象でしかない【魔王】だが、話して分かった。この娘はただの女の子だと。ただの魔力を持ちすぎただけの女の子だと。
なんか、放っておけない。
「しばらく暮らすか、この村で。一緒に」
同意を貰えて、【魔王】はニッと笑った。
「まぁ、一緒に暮らすのなら設定が必要だな。それに俺はお前の名前を知らない。流石に【魔王】ってことは隠した方がいいだろうし……何て呼べばいい?」
【魔王】はあごに指を当て、少し考え、
「リコリス」
「リコリス? ふぅ~んいい名前だな。じゃあ、今度からリコリスって呼ぶことに」
「あんたの名前何て言うの?」
遮って、食い気味に尋ねてきた。
そういえば、まだ名乗ってなかったな。
「レクス。レクス・フィラリアだ」
「レクス……フィラリア。レクス・フィラリア……レクス」
【魔王】が噛みしめるように俺の名前を何度もつぶやく。
そして、パカッと口を開いた。
俺は、「いい名前だね」とさっき俺が言ったことをそのまま返してくれるのか。とそんなことを考え、先走って少し喜んでいた。
だが、実際出てきた言葉は、俺の思考を混乱の底に陥れる言葉だった。
「じゃあ、我はリコリス・フィラリアだね。旦那様」
「————はい⁉」
レクス・フィラリアとリコリス・フィラリア。
【凡人】と【魔王】。
対極に位置する二人が、夫婦と偽り、小さな村で始めるスローライフ。
そんな奇妙な日々の幕が開いたのは、この瞬間だった。
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