第6話 幕開け・1

 黒いゴスロリドレスのような服を纏って【魔王】は現れた。

 埃がたまっていたテーブルと椅子を一応は掃除をして、俺は【魔王】を待っていた。


「さて、話の続きだが」


 【魔王】が俺の対面に座る。 

 今の彼女の姿はレッカ火山で勇者パーティを全滅させたときの姿と全く同じだ。改めて、彼女が人類最凶の敵であるということを実感させられる。


「我は、実は疲れたのだ」

「は?」


 【魔王】は肘をついて、手の上にあごを乗せ、随分とだらしない姿勢になって話し始めた。


「【魔王】でいるということは、決して楽ではない。権力を持つと言うことはそれなりに責任を求められるし、常に暗殺に怯えなくてはならない。我はそんな魔王城宮中の陰謀に疲れた」

「暗殺に怯えるって、【魔王】は最強の魔族の王様だろ? そんな【魔王】を簡単に殺せる奴なんているのか?」

「魔族最強の女とて、常に最強を維持できるわけではない。寝ているときは無防備だし、毒を盛られれば弱体化もする。何より、悪辣非道な邪悪な魔王を演じることはできるが、知性、というものは人間も魔族も変わらない。信頼していた人間が次の日掌を返して殺しに来れば、心は折れる」

「なんか、辛いことがあったのか」

「ありすぎたのだ。正直、魔族の事なんか知らん。どうせ我の変わりは探せばいくらでもいる」


 はーあ、とため息を天井に吐いて、【魔王】は背もたれに全体重を預けて脱力した。


「……ちょっと待て、じゃあ何か? お前がレッカ火山で俺たちと遭遇したのは、俺は【魔王】を倒す力を持つ勇者パーティをあらかじめつぶすためだと思っていた。だけど、実際は何か? ただ家出しただけで、そのストレスを俺たちにぶつけてた。それだけってことか⁉」

「あ~……うん」


 【魔王】は気まずそうな笑顔を浮かべた。


「大体そんな感じ」

「ふざけんな! ただの八つ当たりかよ!」

「まぁ、そう怒るな」

「怒るわ! 俺はそのせいで勇者パーティを追放になったんだぞ!」

「さっきからお前は追放になったのを我のせいにしているが、決してそうではなくないか?」

「あ⁉」

「元々足手まといだったのなら、遅かれ早かれパーティは追放になっていただろう」

「……それ言う? 言っちゃう? まぁ、うん……そうなんだろうけどさ」


 認めたくないが、認めざるを得ない。

 俺の実力は頭打ちだった。【凡人】でこれから成長する見込みのない俺が魔界に突入なんてしたら、生きて帰れない。確実だ。【魔王】に遭遇しようがしまいが、俺はあの日あの時、そのすぐ後にクビになっていただろう。


「でも、俺は英雄になりたかったんだよ。勇者パーティは八人でさ。俺は最古参メンバー。【魔王】を倒して故郷に銅像なんて建てられて、おやじやおふくろから一族の誇りだ、なんて言われて可愛い嫁さんも貰い放題で……そんな妄想なんてしてさ。はかない夢だったよ」


 そう、みんなで倒したかったな【魔王】。今頃皆、【魔王】を倒すために魔界の魔物たちを倒してレベルアップし、必死に努力をしながら魔王城を目指しているんだろう。

 その奥で待っている【魔王】を倒すため、に……。



「いや、いないじゃん‼」



「うわ、びっくりした……」


 いきなり立ち上がったので、【魔王】が驚いて体をびくっと震わせた。


「ここで何してんだよ! ここにいちゃダメじゃん! 勇者アランたちは何しに魔王城へ行ってるんだよ! 今、魔王城はもぬけの殻じゃねえか!」

「十二人の魔王軍幹部とその上の四天王はいるよ。そいつらが何とかするでしょ」

「何とかって、一番肝心なラスボスがいねぇじゃん! え⁉ そいつらを倒したら勇者はなにすりゃいいの? それで終わり? 拍子抜けもいいところじゃん! 魔界手前で実力差を見せつけてリベンジを誓わせた肝心の【魔王】はどこ行ったのって話じゃん!」

「知らないよ。適当に最後の四天王倒して終わりでいいじゃん。それで魔族の負け。人間の勝ち。それでいいじゃん」

「無責任すぎないか⁉」

「無責任って、じゃあお前は何か責任を背負ったことあるのかよ。自分では抱えきれないほどの責任をさ。例えば、百万人の民の命だとか……そんな責任を背負っているのに、そんな事情も考えずに後ろから刺してくる味方がいるやるせなさ。お前にわかるのか?」

「それは……」


 考えたこともない。

 俺は、持たざる者だ。最初から持っている者のことをずっと羨ましく思っていたが、最初から持ちすぎている者はどうだろう。期待も責任も自分が抱えきれないほど持たされたら、身動きが取れないほど持たされたら……俺だったら逃げ出してしまうかもしれない。


「ハァ……」 


 【魔王】が俯いてため息を吐いた。


 普通なのだ。


 彼女は、普通だ————力を持ちすぎただけの普通の女の子だ。

 魔王城でどんなドロドロな政治劇があったのかは知らない。

 だが、普通のメンタルしか持っていない彼女は、魔族のトップであるという責任に耐え切れなかった。だから、家出した。


「だけど、俺が諦めたから諦めるってさっき言ってたよな? それはどういうことだ?」


「別に深い意味はない。ただ、お前のことが好きになっただけだ」

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