第4話 再会

「ここか……オットーさんが言ってた村はずれの家って……」


 ユノ村と森の境目にある川の更に向こう。はっきり言って村の敷地内からははみ出ている一軒家。


 どこか寂しげな雰囲気がある木組みの家だが、広い庭に井戸があるし、大きな栗の木まである。

 無人の家だと聞いていたが、どこか崩れている壁が合ったり、草木が手入れされずに伸びっぱなしということはなく……確かに膝ぐらいまで雑草が伸びている。

 が———、そこそこいい状態の家だ。人がいなくなったのもつい数週間前というところだろう。


 こんないい家に自分なんかが住んでいいものかと思ったが、村長にもちゃんと話は通してあるし、誰も文句は言わないだろうと俺は家の中に入った。


「ゴホッ……! 流石に……ゲホッ。埃っぽいな」


 がらんとした空間。

 埃だけが蔓延し、喉を汚された。

 思わずむせてしまったが、改めて家の中を見渡すと、これもまたそんなに悪いものでもない。床抜けはないし、家具は少ないが、タンスとテーブルとイスと最低限のものはある。梯子で登れるロフト付きで、その上にベッドがある。布団は取り外されて、木製の枠だけだが……後で買えばいいから、充分上等だ。多分前の住人が持ち運べないものは残して、ある程度は持って行ってしまったのだろう。

 つまりは、引っ越しで出ていったのだ。

 死んで空き家になったとかじゃなくて良かった。そうだったら幽霊とか出そうで怖い。長らく勇者パーティでともに旅してきたが、ゴースト系のモンスターにはついぞなれることができなかった。

 まぁ、今後はそんなモンスターにも出会うことはないのだろうが。


 ピチャ……!


「え————」


 水音がした。

 音がした場所は、西側の扉の向こう。

 玄関のすぐ隣にある部屋に繋がる扉———その部屋の外には、井戸がある。この家に来たばかりでまだ確認は取れていないが、おそらく……、


「風呂場……だよな?」


 丁度幽霊のことを考えていたので神経質になりすぎていた。

 風呂場なら、無人で水の音がしてもおかしくない。長らく使っていないとは言っても気温の変化で水道管が逆流したり、何よりここは温泉の村だ。地下の温泉をくみ上げているのだろうから、その流れによって閉めた水道から温泉があふれ出すと言うこともあるだろう。


「ちょっとした水漏れか……」


 胸を撫でおろした、その時だった。


 バシャア……!


 大量の水が、こぼれる音がした。


「————ッ!」


 ピタ、ピタ、ピタ……、


 そして響く、足音。

 水が滴っているのが音でわかる。


 ————誰か、いる。


 念のため、剣を抜く。


「……どうしたもんかな」


 ゆっくりと音のした扉へと歩み寄っていく。


「捕まえるか、追っ払うか」


 空き巣だ。多分。

 この村の住人か、それとも流れ者か。先にこの家の住み心地の良さに目をつけて風呂を頂いている最中らしい。


「……新参者らしいがな」


 多分、この家に来た時期は俺の少し前ぐらいだ。

 広間のテーブルやイスは埃被っていたし、他の家具も同様で使用された形跡がない。侵入者はまっすぐこの家に入って、風呂場へ向かっている。よほど体の汚れが気になっていたのか。

 多分、声を上げれば慌てて逃げ出すのだろうが。

 外観から、風呂場には窓が付いていた。子供ぐらいならそこから逃げ出せるだろう。だから、どうするべきか迷っていた。わざと大声を上げて、逃がすことも、いきなり扉を開けて侵入者を捕まえることも、俺にはできる。


「どうするか……」


 ザバァ……!


 一気に水が流れる音が聞こえた。 

 風呂に、湯船に体を沈めた音だ。これは。

 完全に油断しきっている。多分、侵入者は子供ガキだ。


「全く……」


 ちょっと軽く注意してやるか。

 何となく、こんなに人様の家で堂々とくつろげる奴の顔を拝みたくなってきたので捕まえることにした。

 侵入者に気づかれないよう、音を立てず、扉を掴む。


 バンッ……!


 勢いよく、風呂場の扉を開けた!


「おい、誰だ。人様の家の風呂を勝手に頂いているの、は……!」


 扉を開けている最中。まぁ、一秒にも満たないいわゆる刹那の時間というやつだ。 

 そんな一瞬の時間、俺は扉の向こうにいる相手がオッサンだったら嫌だなとかいうどーでもいいことを考えていた。油断しきっているすっぽんぽんのガキがいると決めつけ、情けない姿を見ながら説教してやろうと思っていたが、全裸のおっさんがいたら最悪なんてもんじゃない。


 そんな、本当にどうでもいいことを考えながら、扉を開けた。


 実際は———最悪を超えてた。


「…………」


 悪魔の翼をもつ、銀髪の———女がいた。

 彼女は、青い宝石のような瞳でじっと俺を見つめていた。裸を見られているというのに、何の感情も映していない。

 最悪に、恐怖を感じる、感じた瞳だ。


「【魔、王】……」


 人類最悪の敵、【魔王】がそこにいた。

 湯船に入ってくつろいでいた。


 ……何で?

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