第3話 大敗北
ハァ……ハァ……!
惑う。
逃げ惑う。
レッカ火山の中腹。
情けなくも敵に背を向け逃げ惑っていた。
「
【賢者】———エル・シエルが敵に向かって高等炎魔法を唱える。
十本の炎の槍が、銀髪の敵に向かって飛んでいった。
「…………」
銀の敵は、彼女は、ただつまらなそうに手を横に振るだけで炎の槍を打ち消した。
「ハアアアアアッ!
ゴードンが光の速さで彼女を一閃する。
「…………」
切られたはずの彼女は、微動だにせず、背後で剣を振りぬいているゴードンの頭を掴み、
ゴッ!
地面に叩きつけた。
「グアアアア‼」
「ゴード……!」
「いいから、逃げるんだよ!」
足を止めかけた俺をアランが呼ぶ。
アランはすでに先を走っている。
「せっかくしんがりを頼まれてくれたんだ! 今ここで俺が生き残らなきゃ、これまでの旅が全部無駄になる! せっかく幹部の一人、イフリートを倒したんだから!」
他の仲間を残し、アランと俺は戦場から逃げている。
アランは自分が生き残ることに必死だった。
皆、アランを生かすことに必死だった。
そのことに誰も疑問を持たなかった。皆気持ちは一つだった。アラン・ケイブはいつか必ず魔王を倒してくれる。そのためにここまで来たし、そのためにみんな辛酸をなめ続けた。彼だけは絶対に生かさなければ、たとえここで仲間たちの命が失われても。
ドォンッ!
突然、前を走るアランが吹き飛ばされた。
「グギャ……!」
ズササと、滑り、俺の目の前までアランがやって来る。
エネルギー弾を腹に食らったようでその部分の鎧がへこんでいる。
「あ……」
目の前に人が立っている。
悪魔の翼をもつ銀髪の女。
【魔王】だ。
美しい顔に青い瞳を持つそいつは、ただ無感情に俺を見下ろしていた。
手をかざす。
その手に魔力が集まっていき、黒いエネルギー弾を作り出していく。
勇者にとどめを刺すつもりだ。
「うああああああ‼」
無我夢中で剣を抜き、【魔王】に向かって斬りかかった。
ただ、勇者を守らなければ、それだけを考え、一閃した。
パキィ……!
俺の剣がエネルギー弾に触れ、
「————ッ!」
消失した。
「え————」
【魔王】は目を見開いて驚いていたが、驚くのは俺も同じだ。ダメもとだったから
だ。やけっぱちでエネルギー弾に斬りかかったはいいが、弾かれると思っていた。それがガラス玉のように割れて弾けるなんて。
なら、このまま勢いで———!
「ハアアアアアア‼」
何も考えず、考えるのを拒否したまま。頭の中にあふれるアドレナリンに導かれるがまま、【魔王】に斬りかかった。
ピタッ…………!
「あ……」
【魔王】はいともたやすく、人差し指と中指で剣の切っ先をつまみ、止めた。
「ガ……ッ!」
そして、腹に蹴りを食らう。
吹き飛ばされ、地面に無様に転がる。
「ウ……ウゥ……」
痛みで意識がなくなりかける中、【魔王】が再びエネルギー弾を作り出し、アランに向けている光景が目に入る。
そんなことは、絶対にさせちゃいけない。
「ちょっと……待てェ!」
渾身の力で声を振り絞り、渾身の力を込めて、立ち上がる。
剣を杖に、全身を震わせて……まるで生まれたての小鹿のような情けない姿だろう。
だが、アランは絶対に守らなければいけない。
「俺は、まだ……戦える……!」
鉄の味が口の中一杯に広がっている。
多分、俺の口の端から血が流れている。
満身創痍だ。
だが、俺は立ち上がり戦う意思を向けている。
もうすぐ死ぬと言うのに、それがなんだか誇らしい。
「—————!」
【魔王】がこちらを見ている。
目を見開いて、信じられないものを見ているような眼だ。それがもう立ち上がることもできない敵が火事場の馬鹿力を発揮したことに対する驚きの目か。それとも無謀にも立ち上がって戦意を向ける信じられない馬鹿を見るような呆れの瞳か。判断はつかない。俺は基本的にマイナス思考なので後者の解釈をし、心の中で【魔王】に「うるせぇ、ほっとけ! これが俺の生き方だ」と文句を垂れる。
「かかって……こ……」
そこで俺の意識は途絶える。
次に目が覚めた時は、【魔王】の姿はそこになく、勇者アランとその仲間たちが失意の中座り込んでいる場面だった。
それから、話し合いが始まり、現状では魔王に太刀打ちできないからどうするかという話題になった。頑張り屋さんの勇者ご一行様は、より一層の努力が必要と判断し、そのためにはまず無駄を省く必要があるいう結論に出た。
「俺たちは更に洗練されなければいけないんだ。だから、お前が邪魔になったんだよ。【凡人】———レクス・フィラリア」
それから先は……もうあまり思い出したくない。
とにかく、俺レクス・フィラリアは勇者パーティを追放された。才能が全くない【凡人】というカテゴリーに区分される人間なのだから仕方がない。むしろここまで才能あふれる勇者一行についてこれたのを褒めてあげたい。我がことながら。
だが、どうしても悔しいと言う感情が捨てきれない。
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