第三章
第11話 暗殺
毎日部屋に来い。そう言われた翌日から午後のお茶の時間にエレノアはフリードの部屋に通った。
フリードの私室には応接もありそこで話をしたのだが、その話は多岐に渡った。
フリードの話は明瞭だ。そしてとても聡い。エレノアが問えば簡潔に返してくる。ただ剣術バカで傲慢な皇太子ではないと驚いた。だが最後は剣術の話にはなるが仕方がないだろう。そういった話も楽しい。一時間はあっという間だった。
これほど誰かと話したのは初めてだったかもしれない。
フリードとお茶の時間を過ごした後、レオーネと共に刺繍を刺したり話し相手になったりする。レオーネのお腹はだいぶ大きくなっており動くのも大変そうだ。
レオーネがエレノアを気に入って側に置きたがったため、歴史の教育がカットされ代わりにレオーネが昔話のように語る、と言うものになった。実はこれが結構面白く、エレノア的には大変助かっていた。座学は苦手だった。
「私が昔着ていたものだけれども、良かったらどうかしら?」
レオーネからドレスをいくつか譲られた。サイズは直されているためエレノアにぴったりだった。そして恐ろしく着心地がいい。これなら手合わせだってできそうだ。ちょっとデザインが可愛らしすぎるのが気になったが。
エレノアの母親は幼くして亡くなっている。だからかレオーネとのやりとりはエレノアにとってはとても暖かくくすぐったいものであった。
カールから兵法の話をせがまれる。仔犬を抱いたイーザが遊ぼうと誘う。そういう時は大概スケジュールが空いていたりする。皇子皇女のエレノアへの群がりがすごい。気がつけば屋敷での滞在時間が王宮より長くなっていた。
エレノアが帝国にやってきて二ヶ月が経っていた。
「この後『視察』に出ることになった。」
午後のお茶の時間にそうフリードに告げられた。
『視察』、それが魔物討伐の隠語であるとエレノアは教わっていた。
「どちらにですか?」
「少し遠い村だ。まあ大したことない案件だろうが行き帰りに時間がかかりそうだ。」
紅茶を飲みながらフリードが淡々と言う。
帝国領土内でも一部の地域で魔物が生息していた。他の獣と違い恐ろしく強い。基本は人とは関わらないのだが、たまに人里に降りてきて悪さをするものがいる。おそらくそれの駆除に向かうのだろう。軍隊を動かさず精鋭部隊で対処するのがフリードのやり方なのだが、エレノアとしては納得はできない。
「あまり皇太子ご自身が対処される必要を感じませんが。」
「お前まで皆と同じことを言うのか。オレが好きで行ってるんだから放っておけ。マルクスもそれっぽくなった。」
その勝手な物言いにエレノアは胸がざわついた
マルクスはフリードの命に従って皇太子の教育に入った。本人はかなり不服のようだが一応は従っている。
それはよいのだが、フリードが無茶をするのは別の話だ。どうしてこの男はわざわざ危険な場所に行こうとするのか。皆の心配に気がついていないのか?無神経この上ない。
二ヶ月前にフリードの死を想像して以来、エレノアはフリードの無茶が不安で堪らなかった。この男ならどこぞに突っ込んで勝手に死んでしまってもおかしくないかもしれない。
なぜこれほどまでに不安になるのか、この気持ちが自分でも理解できない。わからないことがさらに不安を煽る。
そもそも挙式まであと四ヶ月で今は目の回る忙しさだというのに。わざわざ『視察』に行く神経が信じられず腹立たしかった。
「私もご一緒いたしましょうか。そうすれば早く済みます。」
「魔物討伐は戦場に出るのとは違う。それにお前までいなくなれば大変なことになる。」
ふてたようにエレノアが言えば、フリードが歯を見せて目元を顰めてくしゃりと笑う。その笑顔をエレノアは眩しげに見上げた。毎日一時間お茶を共にし色々語らう中で見せるようになった笑顔。エレノアはこの笑顔が特に気に入っていた。
「ではお早いご帰還をお待ちしております。でなければ私はフリード様のお顔を忘れてしまうかもしれませんよ?」
「善処しよう。お前はここでオレの帰りを待て。オレを忘れることは許さないからな!」
笑顔で尊大にそう命じフリードは『視察』に向かった。
エレノアの不安をわかってなのか、カールとイーザが側にいてくれた。マルクスとは付かず離れずといった関係だ。あの男との付き合いはこういう距離感なのかもしれない。
ただ相変わらずエルザとは距離を置かれている。二ヶ月も経って進展がない。これはちょっと辛かった。
そしてフリードが出立してからニ日後、エレノアはエルザと温室にいた。なぜかというと。
「私が育てていた薬草の畑があるのだけれど、今は体が重くてエルザにさせていたの。でも一人では難しいみたいで。手伝ってやってくださらない?」
レオーネにそう言われたが、畑なんぞいじったことない。そのように言えば、庭師もいるから大丈夫、と押し切られてしまった。
エルザは下を向いている。自分と一緒では不服なのではないだろうか?ハイランド王国にいた頃の自分の姿に重なった。
ひょっとしたらエレノアに打ち解けさせようとレオーネの計らいかもしれないが、かわいそうだからあまり命令で押し付けないでほしい。
だが仲良くなるためには一緒に過ごす時間も必要だ。
「では参りましょうか?温室はどちらかしら?」
移動するためにベールを被り笑顔でそういえば無言でエルザが先導する。その後をついていけばひっそりと侍女のリースもついてくる。
存在を忘れてしまうほどにリースは気配を発しない。申し訳ないがたまに本当に忘れてしまうほどだ。もうちょっと存在感を出して欲しいとエレノアはリースを見やった。
そうして温室で薬草畑の世話を一緒にし始めて三日目ほどでそれは起きた。
二人で黙々と水やりをしていたところで、エレノアは温室の外に複数の人の気配を感じた。
気配を殺したそれは使用人ではない。その気配は戦場でよく出会ったもの。エルザもピクリと顔をあげ気配を探っている。
リースがすすとエレノアの側に寄ってきた。
「下に二人、上に四人。暗殺者と思われます。」
そうリースが小さく呟き手に何かを握りしめる。暗器か何かだろう。
エレノアもドレスの中に隠し持っていた仕込み杖を取り出す。丸腰は心許ないと言えばフリードがこの暗器を渡してくれた。見た目は小型の杖だが鞘を払い刃を押し出して
その時温室の天井ガラスが割れた。覆面で顔を覆った四人が降ってくる。そしてエレノアの背後に二人現れた。真昼間に大胆この上ない。
リースとエルザがエレノアを守るように背に庇う。標的は自分、そしてこの二人はそれを知っている、とエレノアは理解した。
襲いかかる暗殺者にエルザが短剣を振るうが踏み込みが浅い。長剣と距離感が違うためか。何度か切り合うも相手にかすり傷を負わせる程度だった。一方リースは鮮やかに一人を組み伏せていた。そしてもう一人に襲いかかる。
エレノアは二人の背後から出て残り三人に対峙した。手練とわかる。背後を庇うものがないこの開けた場所はやりずらい。少し逡巡した後、エレノアはドレスを翻し走り出した。恐らく自分がここにいない方がエルザが助かるはずだ。
誰かがエレノアの名を叫ぶ。それがエルザの声だとエレノアは知って走りながら微笑んだ。
二ヶ月目でやっと名を呼んでもらえた。
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