第4話 黒剣
そんなエレノアに黒太子は煽るような発言を浴びせかけた。
「ペテンだからそういった。あの王は何かやらかすと思っていたが。こんな汚い手を使ってくるとは。心底見損なったぞ!!」
「だからなぜ私が偽物だと断じるのですか!!」
その問いかけにフリードリヒが言葉を詰まらせる。そして顔を逸らした。そしてぼそりという。
「お前はあの王と‥似ていない。」
「全然似ていません!ご期待に添えず悪かったですね!!」
もう泣き喚きたい気分だ。もう泣けないと思ってたのに、ここにきて泣けてきそうになる。
そんなのは知っている!あの美しい兄王に自分は欠片も似ていないことは!だってそう生まれてしまったのだから!仕方がないのに!!
この怒りをどうすればいい?地団駄を踏んで暴れ回りたい気分だ。戦に負けてからずっと堪えていたストレスに一気に火がついた。怒りでじわりと涙目になるもフリードリヒを睨みつける。
それを見たフリードリヒは再びうっと
そこは芝生が広がる広い庭だった。花など植えられていない。ともすれば運動場のようでもあった。
フリードリヒはいつの間にか離れて控えていた使用人に目で合図を送る。一言伝えれば剣が出てくる。そしてその鞘を掴んで剣を受け取った。
「剣を取れ。」
黒太子から剣を差し出されてエレノアは唖然とする。この男の意図がわからない。
「はあ?なぜですか!!」
「オレは姫将軍の顔も声も知らない。だから本物かわからない。だが剣でならわかる。戦場で何度も打ち合った。」
そう言い黒い瞳でエレノアを見据えた。覇気が
この気配は知っている。戦場で嫌というほど相見えた相手。本能でわかった。
「‥‥あなたが‥黒剣?」
目の前の男が黒くニヤリと笑う。
帝国の皇太子が?自分の結婚相手が?帝国の将軍?黒剣?馬鹿な!!
「あり得ません!!」
「今は否定を許す。だが打ち合えばわかる。」
そうしてさらに剣を差し出す。だがエレノアはそれを取らない。もう取れない。目を逸らしぼそりとつぶやく。
「剣はもう折りました。」
「はぁ?!」
今度はフリードリヒが盛大な声を上げた。信じられないというようにエレノアを見やった。
「なぜ?!どうして?!」
「王の命です。」
「なんだと!!!」
フリードリヒが壮絶な殺気を漲らせた。鬼神の如き怒りようだ。その怒気にエレノアは慄く。何がそこまでこの男の怒りを買ったのだろうか?
「—— あんの腹黒王め。どこまでオレを愚弄する気か!やはりあの時ぶっ殺しておけばよかった!!」
ギリギリと歯軋りをして罵り倒した。
仮にも和平を結んだばかりの国の王に対して大変物騒な発言だ。
そしてギロリとエレノアを睨みつける。
「そんなもの無視しろ!剣を取れ!!」
「できません!御前で誓いました!」
「偽物の言い訳か!見苦しいぞ!」
「そう言われても仕方がありません。でももう手放しました!」
フリードリヒの髪の毛が逆立った。
ドスの効いた低い声でフリードリヒが言う。その威圧は王者のもの。エレノアの身が震えた。
「二度は言わない。よく聞け。一つ、お前はもう帝国の人間だ。よって
横暴で傲慢なその命にエレノアは震えながらもその男を睨みつける。
そんな簡単に捨てたり拾ったりできるものではない。どれほどの覚悟で手放したと思っているのか。
無言の睨み合いがどれほど続いただろうか。フリードリヒがふぅとため息をついて動いた。
森に近づき、手に持った剣で枝を切り落とす。訓練用の刃を潰した剣であったが簡単に枝が二振り落ちてきた。それを手にエレノアの前に戻る。そして枝をエレノアの足元に投げた。
「これならいいだろう?子供の打ち合いだ。剣ではない。」
そんなもの詭弁だ。こんな子供騙しに引っかかると思ったのか。馬鹿にするにも程がある。
「いいえ、剣です。」
「強情だな。だから姫将軍か。」
ふと力を抜けたような笑みを見せた。先程の殺気を漲らせた姿との落差にエレノアはどきりとする。思わず呼吸が止まった。
だがフリードリヒはすぐに黒い顔に戻る。目を細め
「ハイランドという国では兵士は枝で打ち合っているのか?この枝を剣などと、まるで子供のごっこ遊びだな。程度が知れるぞ。」
見えすいた、安い挑発だ。そうとわかっていてもエレノアの心に怒りが湧いた。
王に禁じられた。剣技は手放した。
手に取ってしまいたい。またあの心踊る瞬間が欲しい。
黒太子の挑発に乗ってはいけない。
戦には出ない。剣を取ってもいいのではないか?
相反する思いがエレノアの中で葛藤する。
それをわかってかフリードリヒがさらに挑発する。
「やはり偽物か?それとも姫将軍とはこの程度のものだったのか?残念だな。」
この男は黒き悪魔だ。悪魔が剣を取ってしまえと囁いている。怒りがそれをさらに
そしてエレノアは操られるように足元の枝を取った。取ってしまった。枝でも剣として使えば剣となる。理性が止めるのに体が言うことを聞かなかった。
この時生まれて初めて、エレノアは兄王の言いつけを破った。
枝を手にすっくと立ち上がる。じっと目の前の黒い男を見つめながら。
庭にあるテラステーブルからマルクスとレオーネが遠巻きに様子を伺っているのがわかった。
止める様子がないのは、黒太子と打ち合うのは問題ないということなのだろうか。
「オレは攻撃はしない。好きに打ち込んでくるがいい。漏れなく全てオレが受けてやる。」
使わない剣と肩に羽織ったマントを投げ捨ててフリードリヒが言い放つ。目の前の男から闘志が溢れ出す。歯を剥いて笑っている。
知っている。これは黒剣が戦場で何度も見せた開戦の合図。さあ打ってこいと挑発している。
鎧に兜姿だったからただ静かに無言で挑発しているのだと思っていた。あの兜の下ではこんなにも
エレノアの背にゾクゾクしたものが駆け上がった。
ああ!またあの瞬間がやってくるのか!
枝を手にエレノアは一気に間合いを詰める。振り下ろす枝をフリードリヒは嬉しそうに手の枝で受けた。歯を剥いた笑みがさらに深くなる。
エレノアは今は鎧を着ていない。手に持っているのは枝。旅装用のドレスではあったが、体がとても軽い。戦場ではあり得ない動きもできそうだ。そう思い枝を大きく薙ぎ払う。
今まで抑圧していたものがなくなった。もうエレノアを留めるものがない。その悦びからエレノアは一心不乱に枝を振りまくった。そしてその全てを黒太子は受け止めた。
金属ではないガツガツとした音が辺りに響く。
楽しい!楽しい!
エレノアは笑顔で剣を振るっていた。
姫将軍ではない。皇女でもない。ただのエレノアが剣を振るっている。こんなことはどのくらいぶりだろう。
頭が冴える。どこまでも剣を振るっていられる!
どのくらい時間が経ったのだろうか、一向に終わらない二人の打ち合いにマルクスが動いた。
刃を潰した剣を二振り拾い両手に握る。そして打ち合っている二人に音もなく詰め寄り、二人の枝を両手の剣で斬り捨てた。素人の動きではない。
短くなった枝を投げ捨て、怒りを
「何をする!!」
「楽しそうなところ大変申し訳ないけど、時間切れです、兄さん。ほら、迎えが来ています。」
マルクスが背後を見やる。そこには真っ黒い気配を纏った男が立っていた。その圧がすごい。どんな猛者なのか?エレノアが息を飲んだ。
フリードリヒがげぇ!と声を漏らす。
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