エクストラエピローグ②:カズトの追憶
「カズト」
「……ん……」
ぼんやりとした頭に届いたキュリアの不安そうな声に、俺はゆっくりと、眩しさを堪えながら目を開ける。
見えたのは天井。そして、ベッドの横に顔を乗せたまま俺を覗き込んでいるキュリアと、その脇で立っていたアンナの、ほっとした顔。
身体には布団が掛けられてる……って事は、俺はベッドで寝ていたのか。
「お目覚めになられましたか?」
「ああ」
何で二人がいるんだろう?
未だに回らない頭でそんな事を考えていると、
「カズト。良かった」
なんて、涙目になったキュリアが口にした。
「ん? 良かった?」
予想外の言葉に俺が問い返すと、それにアンナが答えてくれる。
「はい。貴方様は、朝から熱を出し寝込んでいたのですよ」
「……は? 朝から?」
「うん。カズト、朝、迎えに来たら、倒れてたの」
熱を出して倒れた……。
俺は必死に昨日の出来事を思い返してみた。
昨日はロミナと話をしたんだけど、色々と恥ずかしさでずっと真っ赤になってたよな?
とはいえ、色々と思い出話なんかもして、夜遅い時間に彼女と別れたはずだ。
何となくそこでほっとして気が抜けて……あれ?
確かに、俺はそこからの記憶がない事に気づく。
その後、夢を見たのは覚えてるんだけど。
「昨日は体調が優れなかったのですか?」
「そんな事はなかった、と思うけど……」
別に夕食時も、みんなにあのお願いをするのに緊張していたけど、それ以上の事はなかったし……。
そこまで考えて、ふと気づいた。
戦いが終わってからも、緊張というか、ずっと気が張ってたような気がするって。
やっとキャムを助けて戻ってきたけど、ロミナ達の想いを知っちゃったし、戻ってきてからのミストリア女王との謁見も残していた。
それを終えたら晩餐会にも出ないといけなかったし、ロミナ達と話をしなきゃとも思ってたし。
もしかすると、ずっとそれで気が張ってて、ロミナと話したことで緊張の糸が切れて、それで身体が限界を迎えたのかもしれない。
寝てる間に額に載せてもらっていたのか。アンナが濡れタオルを外し、手を額に当ててくる。
「まだ、熱がありますね。少々お待ちを」
アンナは近くに置いた木のボウルに入った水に濡れタオルを付けると、それを絞りまた俺の額に乗せてくれる。
「ありがとう」
そう礼を言うと、彼女はにこりと微笑んだ。
「きっと、これまでの疲労が溜まっていらっしゃったのかもしれませんね」
「カズト、がんばってたもんね」
「そ、そりゃ、みんなも同じさ」
二人がそんな労いの言葉を掛けてくれたんだけど、二人の優しい顔にドキっとさせられて、俺は照れ笑いを浮かべるのが精一杯だった。
ま、まああんな話の後だから、俺が変に意識しすぎなのかもしれないけど。
……あれ? そういえば。
「そういや、みんなはどうしたんだ?」
「皆様は晩餐会に向かわれました」
俺が素朴な質問をすると、アンナがそう答えてくれたんだけど……。
あれ? 晩餐会は確か夜だったよな……。
って、俺丸一日寝てたのか!?
「しまった! 俺達も行かないと──」
思わず上半身を起こしたけど、瞬間くらりと目眩を起こした俺は、思わず顔に手を当て前のめりに倒れそうになる。
ぱさりと布団の上に落ちる濡れタオル。
「カズト。無理、ダメだよ」
「今日はこのままゆっくりお休みください。ロミナ達がうまくお話してくださりますよ」
俺を支えながら、ゆっくりと寝かしつけようとするアンナの手を借り、俺は再びベッドに横になったけど……。
キュリアまで行かなかったって事は、絶対ザイードが機嫌を悪くするだろ……。
額に戻された濡れタオルのひんやりとした冷たさを感じながら、怒り狂うあいつの事を想像して、ロミナ達に申し訳ない気持ちになる。
だけど、今の俺じゃどうにもできないし、キュリアだけ無理に行かせる訳にもいかないか……。
こんな時に倒れてるとか。
自分の身体を恨めしく思っていると……。
「……は……は……はくしょん!」
急に鼻がむずがゆくなり、俺は盛大にくしゃみをした。
同時にぶるっとくる身震い。それを見て、アンナはメイドらしい、凛とした顔をする。
「身体の温まるものをお作りしますね。カズトはここで大人しくなさってくださいね」
そう言い残し、彼女は部屋のキッチンに歩き出すと、
「一緒に、作ってくる。カズト。待っててね」
キュリアもすっと立ち上がり、にこっと微笑んだ後、とてとてっとアンナに付いて行き、ここには俺だけが残された。
……まったく。
またみんなに迷惑かけてるな。
そう思うものの、頼ると決めたんだし、そこは割り切るしかないか。
そんな事を思いながら、まだ熱っぽい頭のせいか。
またぼんやりとし始める。
そんな中、ふと起きる前に見た夢を思い出した。
大歓声の陸上競技場。
陸上の百メートルで、他の選手と共に並んだ美咲。
スタートの合図と共に走り出した選手達。
走っていく中で、美咲が頭一つ抜け出すと、そのまま一位でゴールした。
観客席にいたシスターや孤児達も喜び、美咲も同じ学校の選手達に囲まれ、嬉しそうな顔をする。
そこにあったのは、あいつがきっと望んでいたであろう未来。
正夢とは限らない。でも、俺はそれを見た時、きっとこれが夢じゃないんだろうって感じてた。
……笑顔の美咲。記憶と変わらないシスター達。
それは懐かしい気持ちにさせられる夢だったけど。
同時に、俺は少しだけ寂しくなった。
美咲が来る前。
気づけば俺は、この世界のことばかり考えて、向こうの世界の事を思い出す事なんてなかった。
今こうやって思い出せたのは、美咲と再会したから。
だけど、時が過ぎればまた俺は、あいつや向こうのことを忘れるかもしれないんだよな。
……自分が忘れられるのも怖い。
けど、誰かを忘れるのも、ちょっと怖い。
とはいえ、これは仕方ないのかもしれないけど。
せめて、覚えていられる内は、ちゃんと思い出しておかないとな。
心に浮かんだ一抹の不安を振り切るように、俺は大きく息を
思考をかき消していく熱に浮かされて、俺は再びうとうとと夢の世界に入っていく。
せめて、そこでくらい、美咲達に出逢えるように。
そう、ささやかな願いを持ちながら。
〜To Be Continue......?〜
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