エクストラエピローグ:その後の物語

エピソード①:ロミナの初恋

 明日の夜は、国を救った私達を持て成して貰える、王宮での晩餐会。

 以前、魔王を討伐した時にも、ロデムで経験したことがあるけど、今回は異国の地フィラベ。

 どんな感じになるのか、みんなで部屋で話をしながらドキドキしていたんだけど。

 食堂で夕食を終えた後。部屋に戻る途中、カズトからもうひとつ、どきっとするお話をもらったの。


「あの、今日から少しの間、みんなと少しだけ、二人の時間を貰えないかな?」

「え?」


 こないだの今日で、いきなりこんな話をカズトからされたから、みんなで思わず驚いちゃったんだけど。


「あ、えっと、そんなに長い時間じゃくって大丈夫。ちょっと、俺の疑問に答えてほしいだけだから……」


 なんて口にした彼が、頬を掻きながら恥ずかしそうにしているのを見て、私達にとってとても大事な話だって分かっちゃったの。


「みんな、いいかな?」


 私は少し緊張しながら、みんなに問いかける。


「うん。いいよ」

「俺も構わねえぜ」

「断る理由なんてないわね」

「喜んでお受けします」

「という訳じゃ。今晩からで良いか?」


 みんなが笑顔で返事をすると、それをまとめるようにルッテが問いかけたんだけど、その時のカズトのほっとした表情に、私も少しほっとしちゃった。


「できれば。明日の事もあって大変だと思うし、今日は誰か一人だけで頼めるかな」

「うん。分かった」

「それじゃ、九時頃に部屋で頼む。それじゃ」


 カズトが笑みを浮かべた後、一人自室に去っていく姿を見送ると、私達は互いの顔を見合う。


「さて。何の話かは知らんが、誰から行くかのう?」

「そうね。後でも良いっていう人は……」


 フィリーネが様子を伺いながらみんなを一瞥したけど、やっぱり誰も嫌なんて言わなかった。

 でも、それは仕方ないよね。

 彼に私達が想いを告げてから、初めての二人っきりの機会だもん。


「……流石に、いないわね」


 フィリーネが思わず肩を竦めたけど、いないって口にした以上、彼女もそんな気持ちはないって事。


「この状況、如何いたしましょうか?」

「早いもん勝ちって訳にもいかねえよな?」

「カズトと、二人っきり、なりたいな」

「それは否定できないわね。ロミナ。どうする?」

「うーん……」


 こういう時、今までだったら話し合いでさらっと決めてたけど、今回ばかりは流石に難しそうだし……。


 思わず頭を捻っていると。


「ここでは邪魔になろう。部屋に入り決めれば良かろうて」


 ルッテがそう言って、部屋の扉を開ける。


「は? どうやってだよ?」


 思わず突っかかりそうになるミコラに、振り返ったルッテが手に持った物を見せてくる。


「ミサキに勝ち逃げされておるのは癪じゃが、再戦といくかのう」


 にんまりと笑った手にあった物。

 それは、ダースだったの。


   § § § § §


 私達にとっての長い戦いの後。

 カズトの指定した時間に、私は彼の部屋の前に立っていた。


 ダースによる勝負で、私は一番に決まったんだけど、自分達の部屋を出てここに来るまでの間に、私は色々と思い返して少し不安になっちゃった。


 考えてみたら、私は恋人でもないのに、どんどん抑えが利かなくなってて、カズトに度が過ぎた行動をとってたって気づいたから。

 あの日の夜、頬にキスしちゃったのだって、彼からしたら突然だったろうし……。


 うぅ……。

 確かに好き。好きだけど。いっつもこうやって反省する癖に、我慢できてないじゃない。もう……。

 私は行動する度に止められない自身の想いに、思わず叫びそうになるのを必死に堪え、何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。


 ……よし。


  コンコンコン


「はい」

「あの、ロミナだけど」

「ああ。鍵開いているから。入って」

「うん」


 扉の向こうから聞こえたカズトの声に、少し緊張しながら、私は取っ手に手を掛け、ゆっくり扉を開ける。

 すると、部屋の奥のテーブルで、カズトは紅茶の準備をしている姿が見えた。


「ごめんね。準備がギリギリになっちゃって」

「ううん。こっちこそちょっと遅くなっちゃってごめんね」

「え? ああ、これくらい気にしなくていいよ

。そっちに座って」


 ちらっと時計を見たカズトは、笑顔で俺を促してくれる。

 そんな彼にほっとしながら、私は部屋の扉を閉めると、言われた通りに席に着いた。


 カズトは慣れた手つきでティーポットから紅茶をカップに注ぐと、その内ひとつを私の前に置いてくれる。


「どうぞ」

「ありがとう」

「なんか、急にごめん」

「ううん。大丈夫だよ」


 互いに席に付くと、少しカズトも緊張した顔をする。それに釣られて私も緊張しちゃったけど、できる限り表情に出さないように心がけた。


「それで、話って、何かな?」


 おずおずと様子を見ながら尋ねてみると、みるみる内にカズトの顔が赤くなっていく。

 やっぱりちょっと恥ずかしい話、なのかな……。

 

 様子を伺いつつ、彼の言葉を待っていると、彼は少し視線を泳がせた後、意を決して私の方を見る。


「あ、あのさ。話したくなかったら、無理しないで欲しいんだけど……」

「うん」

「その……ロミナって、いつから俺を好きだったんだ?」

「え?」


 その質問を聞いた瞬間、私はぽんっと顔を真っ赤にして俯いちゃった。

 カズトを好きになった時の事。それは勿論覚えてる。覚えてるけど……。

 その時の事を思い返して、私は強くカズトの事を意識しちゃったから。

 

「な、何で、それが聞きたいの?」


 思わずそう質問を返してお茶を濁しちゃったんだけど、カズトはそれを聞いて、頬を掻きながら、バツの悪い顔を見せたの。


「あ、いや、その。俺、きっとロミナが想いを寄せてくれてたなんて、ずっと気付いてなくって。あの……この間、泣きついた後、その……頬にキス、されただろ?」

「う、うん……」

「あれで、流石に俺を好きかもって思えたけど、俺、本気でこういう経験全然なかったし。だから、何時から俺、ロミナやみんなの想いに気づけてなかったのか、ちょっと気になってて……」


 肩を落とすカズトの気落ちした顔。

 きっと申し訳ないって感じてるんだよね……。


「あのね。はっきりと想いを伝えてた訳じゃないし、カズトが気付かないのも仕方ないよ。だから、あまり気を落とさないで」

「あ。ご、ごめん」


 私がそう声を掛けると、カズトは頭を掻きながら謝ってくる。


 ……カズトって、やっぱり優しいよね。

 別にそこまで気にしなくって良いのに。


 何となくそんな彼の態度を見て、肩の力が抜けた私は、ゆっくりと話し始めた。


「私が最初にカズトを意識するようになったのは、やっぱりアイラスの街の一件かな」

「あの時の?」

「うん。それまでも仲間って意識は持ってきたけど、あの時、私の想いを汲んで、私の背中を押してくれた一言は、本当に私を勇気づけてくれたの。そこから、カズトの事が気になるようになったの」

「そうだったのか」

「うん。でも、そんな想いが決定的になったのは、やっぱり私が聖勇女になった後、あなたに悩みを打ち明けた時だけど」


 カズトとの想い出を振り返りながら、私は自然と顔を綻ばせる。


「あの時に励まされて、私は凄く感謝したの。でね、同時に想ったの。私、そんなあなたが好きなんだって。こうやって励ましてくれるあなたが、いてくれて良かったって」

「そんなに前からだったのか……」

「うん。だから、あの時あなたを追放するって決めた時は辛かった。でも、好きな人に生きていて欲しいって想ったからこそ、あの決断をしたの。……結局、カズトに辛い想いをさせちゃったけど……」


 あの日の事を思い出すと、今でも心が少し苦しくなる。

 あの時は本当に寂しかったから。


「……大丈夫だよ。確かにあの時は辛かったけど。俺はあの時があったからこそ、こうやって今があると思ってるから」


 私の表情が曇ったのを察して、カズトは何時ものように微笑んでくれる。

 それを見て、私も自然と微笑み返す。


「そういうカズトの優しさが、私達の心を奪ったんだよ」


 そう言いたかったけど、それは何となく気恥ずかしくって、私は敢えて別の言葉でごまかしちゃった。


「でも、カルドとして再会した後、二人っきりで観光した時とか、あなたがパーティーに戻ってくれた後の船の上とか、私、結構頑張ってアピールしたんだけどな」

「ご、ごめん。手を繋いで来たのは、ロミナって気が利くなって思ってたし、花火の時に寄り添って来たのも、ロミナが想い出にしたいって言ってたから──あ」


 悪戯っぽく口にした私に、困り顔で弁解していたカズトだったけど。突然何かを思い出したのか。そう言って固まったけど……どうしたんだろう?


「カズト?」


 私が覗き込むように彼を見ると、はっとしたカズトは、一気に顔を真っ赤にする。


「アピール……って、もしかして、あの花火の時、言おうとしてたのって……」


 ……それを聞いた瞬間。私は思わず固まったの。

 だって……あの時の私……。

 自然と火照る顔。

 それを何とかしたくって、私は思わず両手で自分の顔を隠しちゃった。それで何かが解決なんてしないのに……。


「あの……その、ね? もし、カズトがパーティーに残れなくって、その……私があなたを忘れちゃったらって想ったら、すごく不安で……。だから、もし私の初恋に気づいてくれたら、カズトはまた、私の元に現れてくれるかもって、想って……」

「え? は、初恋? 俺が?」


 はっきりと聴こえるカズトの戸惑いに、私は何とか「う、うん……」と弱気な返事をした。


「そ、そっか……」


 カズトがそう力なく呟いた後に聞こえる、紅茶を啜る音。

 恐る恐る指を開き様子を見ると、カズトはカップを下ろすと視線を泳がせ、手で顔を仰いでる。


 カズトも、やっぱり恥ずかしかったんだよね。

 私は、顔を隠そうとする手を何とか膝の上に戻した。


「その……ごめんね。あの頃から、想いが募り過ぎて、あなたの事も考えずにアピールしちゃって」

「あ、うん。それは恥ずかしかったけど、その、嫌じゃなかったし。こっちこそ鈍感で、その、全然気づかなくって、ごめん」

「ううん。私は鈍感でも、誠実で、優しいカズトだから、好きになったんだもん」


 私とカズトは、少し緊張しながら、互いにはにかんだ。


 ……悔しいな。

 こうやって想いを伝えて。カズトがすぐ答えてくれるわけでもない。

 それなのに、私は今凄く幸せで。

 ずっと彼と一緒にいたいって思っちゃってる。


「あの……話って、この事?」

「あ、うん。ごめんね。これだけの事で呼び出しちゃって」

「ううん。気にしないで。その代わり……」


 私は、わがままになっている自分を抑えられず、紅茶を口にした後、こう言ったの。


「今日は、もう少し一緒に、いてもいいかな?」


 カズトは優しいから、きっとみんなにも同じ事を言われると思う。

 そして、優しいからこそ絶対こう言ってくれるの。


「……ああ。ロミナが、そうしたいなら」


 って。


 ……カズト。

 私、やっぱりあなたを好き。

 私に振り向いてくれるか分からないけど、今はこうやって、あなたの側で笑顔でいたい。

 あなたを沢山感じていたい。

 ……だから。

 私は、そんな精一杯の想いを込めて、あなたにはにかんで見せたの。

 あなたの心に、私が残ってくれるように。

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