エピローグ②:カズトのわがまま

「美咲の件は、正しくは忘れられ師ロスト・ネーマーだから忘れられたって訳じゃない。だけど、今頃あいつは、好きだと言った俺の事を忘れてる。そう思った時、結局今の俺じゃ、こうやって忘れられるんだなって痛感した。みんなが喜んでくれた、呪いを解くチャンス。それをふいにしてまで、美咲をあっちに帰そうと選んだ自分のせいだって分かってる。あいつを帰せた事だって嬉しいし、それに対する後悔は全くない。だけど、自分があいつのためって想いを貫いて自分でチャンスを無駄にしたくせに、こんな事を考えている自分が嫌になってるのは確かかな」


 自然と自嘲した俺は、改めてベッドの上で座り直した。

 ロミナ達も、座っているキュリアの膝に乗せられたアシェも、何も言えないまま同情するような寂しげな視線を向けてくる。


 そんな顔をさせている自分が嫌になる。

 けど、同時に俺は、みんなを仲間だって思ってる。

 だからこそ、こんな顔にさせるような本音も語って聞かせた。

 ……俺は、変わらなきゃいけないから。


「……でさ。みんなに頼みがあるんだ」


 一旦笑みを仕舞い、真剣な顔をすると、俺は想いを口にした。


「旅のついででいい。もし、呪いを解く鍵を手に入れた時には、俺に力を貸してくれないかな」


 以前この夢を、ウィバンでフィリーネに語ったことはある。

 だけど、俺がはっきりとこうやって、みんなに夢を語り、助力を求めた事なんてない。

 だからだろうな。彼女達は「えっ?」っと驚きを見せた。


「……まあ、拒む理由なぞないが。折角じゃ。理由を聞かせてはくれんか?」


 そんな中、ルッテが真剣な表情で、敢えてそう尋ね返してくる。

 俺は彼女に応え、ゆっくりと語りだした。


「理由か。それは……俺のわがまま、かな」

「は? わがまま? 別にそんなの普通だろ?」

「いや。わがままさ」


 何言ってるのかと言わんばかりに、首を傾げるミコラに対し、俺はそんな言葉を強調する。


「俺さ。前にリュナさんと二人っきりで話した時に、こんな質問をされたんだ。『誰かと一緒になって幸せに暮らしたいとか、考えた事ないの?』って」

「え? 二人っきりって、あの時の?」


 みんなにも心当たりがあるあの日の出来事。

 それが不安を掻き立てたのか。恐る恐る問いかけてくるロミナに、俺は「ああ」と頷くと、少しだけ目を伏せる。


「カズト、何て、答えたの?」

「今はないって答えた」

「それはやはり、貴方が忘れられる存在だから、かしら?」

「……ああ。まあ、正直誰かを好きになるとかって感情を、今まで持ってこなかったし。俺みたいな奴を好きになってくれる人なんていない。そう考えてたのもある。でも、この世界に来てから、心の奥底ではずっと思ってた。忘れられるかもしれないのに、誰かを幸せになんて出来るもんか。誰かに忘れられる辛さや不安があるからこそ、誰かと一緒になるのは怖い、ってさ」


 ……正直、それはずっと思ってた。

 この世界に来てから、色々な人に忘れられた。

 俺をパーティーから外した奴等からも。そして、ロミナ達にも。

 彼女達と再会し、こうやって旅をできるようになったお陰で、それでも辛い思いは減ったけど。だからって、呪いが消えるわけじゃない。

 想い出を重ね、相手の事をより想う度、やっぱりそんな不安は大きくなった。

 だからこそ、一度は俺も、独りを選んだんだ。

 忘れられるのは悲しいけど、忘れられる事を覚悟して生きたほうが、こういう想いに苛まれる事も少ないだろうって。


「……でも、やっとみんなと旅ができるようになって、俺は随分とわがままになった。お前達に忘れられたくない。お前達に忘れられるのは怖いって、より強く思うようになったんだから」


 ……ほんと、自分勝手だな。

 そんな自分自身に呆れながらも、俺はもう言葉を止めなかった。

 受け入れてもらえるかわからない。だけど、決意表明だけはしておきたかったから。


 俺は顔を上げると、じっと彼女達を見る。


「だから、俺はみんなの力を借りたい。勿論、雲を掴むような話だから、それを目的に旅をしようなんて思っちゃいない。折角のみんなとの旅だし、楽しみたいからさ。……正直、きっかけを無駄にしておいて、何様だって思ってるかもしれない。けど、良かったらこれからも仲間として、もしまた呪いを解けるきっかけを掴んだ時には、力になってくれないかな? ……頼む」


 思いを語りきった俺は、その場で静かに頭を下げた。

 話せる事は話しきった。あとはあいつら次第。そんな気持ちで。

 暫く静かになった部屋の中。

 俺の耳元に届いたのは、「ふっ」っと言うルッテの控えめな笑い声だった。


「ふむ。つまり、断れば、我等がパーティーから追放される流れかのう」

「……は?」


 思わずばっと顔をあげると、ルッテは悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 それに続くように、フィリーネも呆れた笑みを見せた。


「そうね。しかもカズトったら、さらりと私達に魅力がないなんて言っているし。そろそろ潮時かしらね」

「へ? いや、何言ってるんだよ!?」


 俺は予想外過ぎる言葉に、思わず目を丸くする。

 そりゃそうだ。俺はそんな事をひとつだって口にして──。


「もし我等がお主の申し出を断ったとしたら、お主はどうする気じゃ?」

「え? どうするって……」


 ……言われてみれば。

 確かに俺が語った想いは、決して軽くない話かもしれない。

 だからこそそれを嫌って、みんなが断ってきたら……。

 俺はわがままになりすぎて、そんな事も考えられていなかった。


「それに、あなたはいつも私達を美少女だなんだって言うけれど、結局誰にも恋心ひとつ持たなかったのでしょう? それは、私達に魅力がないと言っているのと変わらないのだけど。貴方はそれに気づいているのかしら?」

「え? あ、いや。その……」


 それも、確かにそうかもしれない。

 俺にとっては、みんなは十分美少女で魅力的だ。

 だけど、俺が忘れられる恐怖があったとはいえ、それを越えてでも好きになる。それ程の想いも持って来なかったんだ。そう取られても仕方ないかも……。


 そんな事実を突きつけられて、俺は少し気落ちする。

 理由はあった。けど、結局俺は自分の考えで、彼女達を困らせてたのかもしれないし……。


 自然とため息を漏らし肩を落としていると。


「おい、ルッテ。フィリーネ。流石にふざけすぎだぜ。カズトが落ち込んでるじゃん」

「確かに。いくらご冗談でも、これではカズトが可哀想にございます」

「うん。可哀想」


 と、ミコラ、アンナ、キュリアの三人が、俺に同情する言葉を口にした。

 けど……ふざけすぎ?

 正直頭がついてこず、呆然とした俺に対し、ふぅっと息をいたロミナがこっちを見た。


「ねえ、みんな。この機会だもん。私達もちゃんと話そっか。ミサキちゃんの想いにも応えたいし」


 そう口にしたあいつははにかんでいる。

 けど、同時に少し顔を赤らめていた。


 いや、彼女だけじゃない。

 ルッテも、フィリーネも。アンナやミコラ、キュリアまでも、どこか恥ずかしさをごまかした顔をしてる。


 これ、どういう状況だ?

 しかも、美咲の想いって……。


わがままを口にした結果、起こっているこの予想外の現状に、俺はただ戸惑うばかりだった。

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