エピローグ:新たな想いと共に

エピローグ①:冴えない理由

 あの後、先にロミナ達を回収した砂の輝きサルディエゴ号を先頭に、俺を迎えに来てくれた艦船達。

 降ろされたゴンドラに乗った俺が甲板に上がると、そこにはロミナ達とミストリア王女。ザイード王子やヴァルクさん。そして、各艦の艦長を務めた人達と、この艦の兵士達が出迎えの為に甲板に集まっていた。


 ザイードの脇には、目を覚ましたミルダ王女の姿もある。

 俺を見てふんっとそっぽを向いた辺り、きっとあの時、すぐ助けてあげられなかったのを根に持っているのかもしれない。


 ロミナ達は、俺を見て少し安堵していたけれど、女王の手前、すぐにその笑みを隠し、凛とした顔に戻る。

 そんな彼女達に軽く笑みを向けた俺は、彼女達の前に立つと、ミストリア女王に向き直った。


「光導きし者、カズトよ。まずは其方そなたと聖勇女一行の活躍にて、この国と娘ミルダを救ってくれた事、感謝する」

「いえ。女王の期待に応えられ、こちらも光栄です」


 わざわざその二つ名を付けられるのは気恥ずかしかったものの、流石に大勢の目が集まる場所。否定したい気持をぐっと堪え、俺は静かに会釈する。


「聖勇女一行と共に旅をしたミサキとやらは、と聞いたが」


 ん? 美咲がいない理由がそれ?

 ってことは、ロミナが気を遣ってお茶を濁したのか。

 実際には死んでいるわけじゃないけど、事情を知らない女王相手に、流石に『彼女は異世界に戻った』なんて説明はできないもんな。


「はい。蜃気楼の塔に異変をもたらした者は正気に戻りましたが、相手を想いやり、共にいたいと申し出があったので、その意思を尊重しました」


 彼女の嘘が無駄にならないよう、俺が真剣に答えると、ミストリア女王はふっと憂いを見せる。


「そうであったか。あの者にも、感謝を伝えたかったのだがな……」


 その表情で俺は理解する。女王の勘違いを。

 まあ、俺が誰も死なせないって話をしたからこそ、きっと彼女も気を遣い、言葉を濁したんだろう。


「お気になさらないでください。きっと美咲もどこかで、ちゃんとその言葉を聞いているはずですから」


 その優しさに、感謝と申し訳無さを感じながらも、俺は真実を語らず、彼女の口にした事を正とした。


「ときに、先程ザンディオが姿を見せていたが、あれは其方そなたの仕業か?」

「正しくは自分の力ではありませんが。それを頼み、蘇らせたのは私です」

「ほう。何故そのような事を」

「はい。ザンディオは蜃気楼の塔にいた者に影響され、闇を背負っておりました。が、本来あの神獣は石版を守護する者。ですので、再びその役目に戻ってもらいました」


 そこまで話した俺は、ポーチに仕舞っていた石版、『温かき夕日の輝き』を手にすると、ミストリア女王の前に立ち、それを差し出した。


「そして、残りのこちらを守護するのは、これからもフィベイルを治めし女王とその一族の役目。どうか、これからもよろしくお願い致します」

「うむ。承知した。その大任、忘れずに果たさせていただこう」

「ありがとうございます」


 わざわざ、なんて釘を差してくるとは。

 真剣な顔で石版を手にしたミストリア女王に、俺は内心舌打ちした。

 これは多分、俺が忘れられ師ロスト・ネーマーを盾にこれまでの事を忘れろって口にするのを先に封じたんだろう。

 ま、いいか。ちゃんとこれを護り続けてくれたら、それだけでさ。


 そんな事を思っていると、突如ミストリア女王は声高らかに宣言した。


「皆の者。国を救い、我等が誰一人欠ける事無く故郷に戻れるのはすべて聖勇女一行の力によるもの。我が国が救われし喜びと、の者達への感謝の意を込め、勝鬨かちどきをあげよ!」

「おおぉぉぉっ!」


 瞬間。

 この艦だけでなく、他の艦からも砂漠の空気を震わせるような、大きな歓声が沸きあがる。


 この宣言で、戦いの終わりを実感したんだろう。

 夕焼けに照らされながら、兵士達が見せる喜びや安堵の表情。


「……良かったね」

「ああ。そうだな」


 横に立ったロミナを見ると、彼女もほっとした顔をしている。

 それを見て、俺達も自然と微笑んだんだ。


   § § § § §


 今晩はここで野営し、明日から首都に戻るとのことで、俺達は一度割り当てられた船室に戻った。


 俺の部屋は別。だけど、寝る前まで少し一緒に話をしないかと誘われ、俺は今、ロミナたちと同じ部屋に一緒にいる。

 各々装備を外し、楽な格好のままベッドの上で寛ぐロミナ達。

 俺も、あるじが世界からいなくなった部屋の一番端のベッドの上で、両腕を頭に回し、ぼんやりと横になっていた。


「さて。これで無事にミコラの願いを叶えた訳じゃが、この先どうするかのう」

「ミコラも落ち着いて実家を堪能もできなかったでしょうし、もう暫くフィラベに滞在するのは如何でしょう?」

「え? いいのか!?」

「私は別に構わないけれど。キュリアがどう言うかしら?」

「うーん……。王宮、行かないなら、いいよ」

「本当か!?」

「うん。ロミナ、いいよね?」

「そうだね。私も構わないよ」


 そんな楽しげな会話をしているけれど、同時に俺はあいつらの気遣いを感じ取ってしまう。

 何故なら、あいつらが遠回しに俺を避け、声を掛けてこないから。


 ……まあ、それは分かってたけど。

 みんながいるのにも関わらず、俺は自分の感情を隠せていなかったし。

 ほんと、こういう時ポーカーフェイスのひとつもできないのかと呆れるな。

 昔だったら、もう少し必死に隠しただろうに。そんな気持ちになりながらも、俺は結局どうにもできないままでいた。


「……カズト。大丈夫?」


 俺の冴えない雰囲気を見かねてか。キュリアが心配そうな声を掛けてくる。

 視線を横に向けると、他のみんなもどこか不安そうな顔で俺を見ていた。


「……ああ。流石に一気に色々なことが片付いたもんだから、気が抜けただけ」


 俺はゆっくりと身を起こすと、みんなに胡座あぐらを掻く。


「ほんに、それだけか?」


 ルッテが静かに問いかけてくる。

 それに嘘をく選択肢もあっただろう。

 ……だけど。俺は寂しげに笑いながら、首を横に振った。


「……カズトって、ミサキちゃんの事、好きだったの?」


 これまでの状況からそう考えたんだろうか。

 ロミナがそんな質問をしてきたけど、俺はそれにも首を振った。


「いや。あいつが俺を好きだなんて思ってなかったってのもある。けど、俺はあいつを血が繋がってないとはいえ、妹のように思ってただけ。それ以上の感情はなかったよ」


 その答えを聞いて、少し周囲のみんながほっとしたけど、俺は見ぬふりをして話を続けた。


「ただ、俺は今回の件で改めて感じたんだ」

「何をでしょうか?」

「……俺は、やっぱり忘れられるんだなって」


 目を細め遠い目をしながら、俺は両腕を後ろに突き、また天井を見上げると、ゆっくりと話し始めたんだ。

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