第十話:去りし者達

 あれから暫くして、ディアとルッテが戻って来た。

 久々に落ち着いて親子で話せたのもあるのか。ルッテの表情には清々しさが浮かんでいたな。


 ミコラの荷物はアンナに。美咲が持ってきた荷物はこっちのバックパックにまとめて俺が背負い、ミルダ王女は一旦ロミナに託すと、そのまま俺達は部屋を出て、再び神殿の外へ出た。


 外は、塔の外と同じであろう夕焼け色。

 これこそが、本来この塔の正しい姿なんだろうな。


 遠くの広場で、笑顔で稽古をつけているミコラとミケラ。

 それは本当に楽しそうで、割って入るのも悪いかなと思ったけど、流石にずっとそうさせてやるわけにもいかない。

 だからこそ、俺達はあいつらに声を掛け、稽古を止めた。


「ちぇっ。いい所だったのに」


 広場に聖勇女パーティーが横一列に並ぶと、四霊神とカルディア達人為創生物シンセティカルと向かい合う。


「みんな。本当にありがとう」

『それはこっちの台詞だよ。ありがとう。カズト。それにみんなも』


 俺の言葉にキャムがそう答えると、互いの仲間と共に笑顔を交わす。


「ミケラ! そいつが寂しがって暴れないようにしてやれよ!」

『任せとけって! また遊びに来いよな!』

「勿論! 良いよな? カズト」

「ああ。また顔を出そう」


 ミコラにそう答えた時、俺はふとある事に気づく。


「そうだ。なあ、キャム」

『どうしたの?』

「俺達がここに来る為には、毎回鍵を使わないといけないのか?」


 流石にそれだと色々面倒な気がしたんだけど、俺のそんな素朴な疑問に、彼女は首を振った。


『大丈夫だよ。みんなは試練を突破してるから。蜃気楼の塔の側まで来れれば、私とリーファが中に入れてあげる』

「そっか。なら、また遊びに来るよ。と言っても、蜃気楼の塔が何処にいるかは分からないか」

『その時は、ワースにでも声を掛けて。そうしたらリーファと迎えに来るから』

『但し、あまりぽんぽん声を掛けてくるでないぞ。此奴こやつも騒がしいし、儂もゆっくりしたいんじゃ』

『ワースは何時もそれ。いいじゃん。私のために今度は沢山会いに来てくれるんでしょ? ね? ディア』

『そうですね。昔のように、少しは顔を合わせましょう』

『……ふん。また寂しさで暴れられても堪らんしな』


 相変わらず素直じゃないワースに、ディアは小さく微笑み、キャムはまったくと言わんばかりの呆れ顔。


 ……だけどこれで、キャムは大丈夫だな。

 ディアやワースもいるし、カルディアやセラフィ、ミケラもいるんだから。


「さて。あまり遅くなってもいかんな」

「そうですね。随分と日も傾いておりますし」

「みんな。帰ろ?」

「そうね。ロミナ。カズト。そろそろ行きましょうか」

「そうだね」

「ああ」


 そう言うと、俺達は改めて彼等を見た。


「それじゃ、外まで頼む。あ、あとキャム。だけ頼むな」

『うん。折角だから派手にいこう!』

「え? 例の件って?」


 俺とキャムが意味ありげな笑みを交わすと、それを知らないロミナ達がきょとんとする。


「それは見てからのお楽しみだ。それじゃ、みんな。またな」

『達者でやれ』

『また遊びに来てね!』

『皆様。ルティアーナをよろしくお願いします』

『ミコラ! 今度来た時は負けねえからな!』

「こっちこそ! じゃあな! ミケラ!」


 俺達は互いに笑顔で手を振り合う。

 すると、俺達が塔に入った時のような眩しい光が包むと、次の瞬間目にしたのは、夕日に染まる砂漠だった。


 耐暑の腕輪を装備し直しているとはいえ、さっきまでの快適さはなく、少しじんわりと汗が出る。


 砂漠には、幾つか砂がえぐり取られたような一直線の谷が生まれていた。

 この感じだと、キャムが暴れていた時に連動して、塔から何かレーザーみたいなのを放ったっぽいな。

 遥か遠くに見えるミストリア女王が率いた艦船達を見る限り、そこに直撃しているような気配はない。

 向こうには被害はなさそうで良かったけど、側に残ってたら無事で済まなかっただろう。


 俺が自然と振り返ると、みんなも釣られて船団に背を向ける。

 目の前には未だ蜃気楼の塔があるけど、そこにはもう禍々しさはなく、神秘的な輝きを放っている。


「先程までの戦いが、嘘のようですね」

「うん。不思議」

「じゃが、我等は無事世界と王女を救い、生き残った」

「そうね。これで聖勇女パーティーにも、またひとつ箔がつくかしら?」

「そうだね。まあ、その為に戦ったつもりはないけど。ね? カズト」

「ああ、そうだな」


 安堵混じりの感慨深そうな顔で、各々に塔を見上げていると。


「みんな。俺のわがままを聞いてくれて、ありがとな」


 俺達の前に回り込んだミコラが、しっかりと頭を下げた。

 珍しく真摯な態度を見せたあいつに、俺達は顔を見合わせると、自然と表情を緩める。


「そんなの気にしなくていいよ。仲間なんだから」

「うん。仲間」

「そうにございます。これからも共に参りましょう」


 ロミナ、キュリア、アンナの三人は優しくそんな声をかけたけど、何処か楽しげな顔をしたルッテとフィリーネは違かった。


「貴女から進んで頭を下げるなんて。雨でも降りそうね」

「は?」


 皮肉めいた言葉に、はっとして顔を上げたミコラに、フィリーネは肩を竦めて呆れた顔をし。


「そうじゃな。ここでは雨宿りする場所もままならんし、はよ行くとするか」

「な、何言ってんだよ!?」


 ルッテは何時もの楽しげな笑みで、驚くミコラをからかっている。

 それはいつもの俺達で、自然とこっちまで笑みが溢れた。


 っと。

 ぼーっとしててもいけないな。


「みんな。悪いけど、先に砂上艦に向かってくれるか?」

「え? どうしたの?」


 突然の俺の申し出に、ロミナが俺の顔を見上げてくる。

 周りのみんなも不思議そうな顔をしてるな。


「ああ。ちょっと最後にやる事があってさ。少し離れてて欲しいんだ」

「それは、何か危険な事なのですか?」

「大丈夫。とはいえ、ちょっとスペースもいるし、みんなが側にいる方が危ないかもしれない。だから、俺だけでやりたいんだ」

「カズト。無茶、しない?」

「大丈夫だよ。ケジメをつけるだけだから」


 笑顔で話す俺に、腑に落ちない顔をするみんな。

 だけど、


「分かった。みんな、先に行こう」


 ってロミナが笑顔で促してくれて、渋々それを受け入れてくれたんだ。


   § § § § §


 ちらちらとこちらの様子を伺いながらも、先に砂漠を歩いていったみんな。

 夕焼けに照らされる聖勇女パーティーってのも、中々乙な光景だな。


「さてと」


 俺はある程度距離が確保できたのを確認すると、背負っていたバックパックを下ろし、そこからひとつのアイテムを取り出した。


 『温かき夕日の輝き』と『眩しき朝日の輝き』。

 この塔に入り、試練を受けるための鍵になった石板だ。

 役目を終えているのか。俺が手にしても輝きを放つ事のないそいつを両手で持つと、俺は捻りながら二つに分ける。


 そして、『温かき夕日の輝き』だけを腰のポーチに仕舞うと、俺は手に残された『眩しき朝日の輝き』に、精霊術、飛翔フライングを掛けた。


 さて。


「キャム。リーファ。頼むぜ」


 独りごちた俺は、塔を背に歩き始めながら、片手に持っていた『眩しき朝日の輝き』を、頭上高くに放り投げた。

 勢いよく、まるでコイントスされたかのように夕焼け空に舞い上がっが『眩しき朝日の輝き』。

 遥か頭上高くで重力に負け、宙に留まった瞬間。


『ゴォォォォォォォッ!』


 まるでそれを逃さないと言わんばかりに、俺の脇から跳ね上がった巨大な砂鯨さげいが、頭上を超えそいつに食いつくと、反対側の砂漠に弧を描きつつ飛び込んでいく。


 ちらっと遠くを見ると、流石にロミナ達が目を丸くし愕然としてる。

 同じくらいの驚きがあったんだろう。

 俺達を迎えに来ようとした艦隊までも、思わずその足を止めた。


 ま、そりゃ驚くよな。

 姿を見せたのは紛れもなく、砂壊さかいの神獣、ザンディオなんだから。


 一度砂に沈んだあいつは、再びゆっくりと姿を現し俺を見つめてくる。

 以前と違い、額に付いたコア金色こんじきに輝き、蜃気楼の塔同様、その姿に闇の力なんて感じない。

 神の名を冠するに相応しい、神々しさだけを見せている。


  ──『感謝するぞ、友よ』


 巨大な咆哮の裏で、俺の心に伝わってくるあいつの感謝の言葉に、俺は笑みを返す。


「気にするな。悪いけど、キャム達と石板そいつを頼むぜ」


  ──『承知した。では、さらばだ』


 俺の願いを聞き届け、あいつはもう一度大きくその場で跳ねると、そのまま砂漠に飛び込み、その姿を消した。


 それを見届けたであろう蜃気楼の塔が、ゆっくりと透けていく。

 そして、夕焼け空に溶け込むように、どんどんと霞んでいき、姿を消した。


 ……これで、終わったんだよな。

 俺はそこに存在しなくなった者達に想いを馳せ、少しの間ぼんやりと空を見つめる。


 ミルダ王女を救い。

 キャムを助け。

 世界を救い。

 美咲を元の世界に返した。


 俺は、仲間と共にそのすべてを達した。

 そのはずなのに。


 心に残ったのは喜びじゃなく、一抹の寂しさだった。

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