第九話:友として

 みんなが寛いでいる部屋に入った途端、いきなり騒がしくなったのはミコラだった。


「あ! お前!」

『よお。久しぶり、って言うには、ちょっと早いか?』

「ははっ! 早すぎだぜ!」


 ミケラの姿を見て、嬉しそうに駆け寄ったミコラが拳を突き出し殴りかかると、ミケラもそれを片手で受けにかっと笑う。


「ほう。カルディアとセラフィも蘇りおったか」

『ああ』

『その節は、ご迷惑をおかけしました』


 一緒にやってきたカルディアとセラフィもまた、ルッテの言葉に静かに頭を下げる。


「何を言っているの。貴方達のお陰で試練に挑めたんだもの。気にしなくていいわ」

「そうだね。ありがとう、カルディア。セラフィ」


 そんな彼等に歩み寄って来たロミナ達が掛けた優しい言葉。

 それを聞き、珍しく二人もまた、今までほとんど見せなかった笑みを浮かべる。


「そういや、お前は俺なんだよな?」

『ああ。今でも俺が本物だって思ってるぜ。けどよ。あそこで負けちまったし、キャムからミケラって名前も貰ったからよ。だから、お前とは別人って事にしとく』


 事情を聞いたミコラは、ふーんと言った顔をした後、すぐさま笑顔でこう口にした。


「よし! なあミケラ! 外で少し稽古しようぜ! こんな所でじっとしてるのもつまらねえしよ!」

『お、いいじゃん! キャム、構わねえよな?』

『好きにしなさい。でも、お互い怪我させたり壊したりしない事。わかった?』

「わかった! じゃ、行こうぜ!」

『ああ! カズト。また後でな!』


 まるで先生のように忠告したキャムへの返事もそこそこに、俺が返事をする間もなく二人は、まるで双子の姉妹のように元気に駆け出し、ポータルから部屋の外に飛び出していく。


 あまりの慌ただしさに、


「……ミコラ。お子様」


 なんて、キュリアが口にすると、


「ほんにのう」

「ですが、これでこそミコラだと思います」

「確かにそうね」

「ふふっ。私もそう思う」


 なんて、仲間がみんな呆れた笑顔を見せた。


『ルティアーナ』

「はい。如何いかがしましたか?」

私達わたくしたちも少し二人で話をしたいのですが。よろしいですか?』

「は、はい。構いませぬが……」


 突然のディアの申し出に、戸惑いながらも応えたルッテが、俺に顔を向けてくる。

 ディアはきっと、あの話を伝えようと思ってるんだろう。


「カズト。済まぬが暫し時間を貰っても良いか?」

「ああ。実家にだって中々帰れないんだ。話したいだけ話してこい」

「済まぬ。では、参りましょうか。母上」

『ええ。では一度失礼します』


 俺の返事に頭を下げたルッテもまた、ディアと共にポータルから外に出て行った。


「カズト。私達はこれからどうするの?」


 ロミナが俺に尋ねてくる。

 そうだな……。俺はちらりとベッドに横になっているミルダ王女に目をやった。

 未だ穏やかな寝顔。だが、目覚めた気配はない。


「王女はまだ目覚めてないのか」

「ええ。それが少し心配なのだけど……」


 俺の質問に、フィリーネが悩ましげな顔をする。

 きっと色々手を尽くしてみたけど変わらないって事なんだろう。

 目覚めるのを待つべきか。

 それともこの部屋の癒しのそのの効果に頼ってもう少し待つべきか……。


 みんなで少し考え込んでいると、


『精霊を返したとはいえ疲弊しているからね。とはいえ、この塔の中って元々あまり精霊が多くないから。外に出て、より多くの精霊達の存在を感じるようになったら、自然と目覚めるはずだよ。だから安心して』


 と、キャムがミルダ王女を見ながら、そんな事を教えてくれた。

 ちらりと部屋の時計を見ると、夕方前くらいか? だけど前も時間とは裏腹に街は暗かったよな。


「キャム。今、塔の外って夕方前か?」

『そうね。そろそろ日も傾いてくる頃かな』


 ふーん。まだ夜までは時間があるのか。

 きっとザイードやミストリア女王も、色々と心配してそうだし。無事こうやって危機を救った後、あまり待たせてもいけないか。


「そうか。じゃあ、ルッテとディアの話が終わったら、俺達も塔の外に出るとするか」

「そうね。ここも居心地は良いけれど、女王も待っていらっしゃるでしょうし」

「うん。じゃあ、それまでゆっくりしようか」

「はい。そう致しましょう」

「そうだな」


 俺達がそうやって笑い合っていると。


『……カズト』


 キャムが真面目な声で、俺の事を呼んだ。

 彼女に顔を向けると、真剣な顔を見せている。


『今回は、本当にありがとう』

「いや。これでいにしえの勇者と聖女の願いも叶ったし。こっちも安心だよ」

『うん。カズヒトとアイリスも言ってたけど、何かあったら力になるから。いざとなったらちゃんと声を掛けてね』


 彼女はそんな声をかけてくれたけど、


『まったく。四霊神はできる限り世界に関わらぬ事。その盟約を忘れたか?』


 なんて、ワースが呆れた声をあげた。

 それに釣られ、あいつに向き直ったキャムは露骨にむっとする。


『別にいいじゃん。カズトが私達を悪用する訳じゃないし』

『良くはあるまい』

『いいの! カズヒトとアイリスがそう言ってんだから。それにワースだって、私のためとはいえ、盟約を破ってるじゃん』

『ふん。あれは例外じゃ! お主が勝手に引き籠らねばこんな事にならんかったじゃろうが』


 相変わらず四霊神らしさもなく、むくれる二人。

 確かに四霊神ってそういう盟約があったはずだけど、以前もディアは宝神具アーティファクトを貸してくれたし、ワースも魔王との戦いで手を貸してくれたっけ。

 今思えば、あれも世界に関わった事になるのかもしれないよな。

 そうやって、盟約を何度も破らせていいわけじゃないと思う。


 ……だけど。

 俺はふぅっと息を吐くと、静かにワースに声を掛けた。


「……ワース」

『何じゃ?』

「キャムをあまり悪く言わないでやってくれ。彼女の言った通り、何だかんだでお前も俺に手を貸してくれたろ?」

『それはたまたまじゃ。そう何度もあっては敵わんわ』

「あ、いや。そうなんだけど。勿論、俺達だってできる限り自力で何とかするし、簡単に甘える気はないさ。ただ……俺、また世界に何かあったりした時、どうしてもお前達の力を借りないと駄目ってわかったら、きっとそう願い出ると思う。その時には、考えてくれないか? いにしえの勇者と聖女も、この世界が消えてはほしくないと思うし……」


 考えをまとめながら、俺はゆっくりとそんな想いを伝えた。


 今回だって結局、偶然が重なったとはいえ、俺はワースやディアの力を頼ってた。

 そしてこの先、そんな力が必要になった時、きっと俺は諦めきれないだろうし。


「ワース。私からもお願いします」


 そんな俺の想いを汲んだのか。

 ロミナも聖勇女らしい凛とした表情で、あいつに頭を下げる。

 腕を組み、顔を逸らしたワースは、ちらりと俺達を見ると。


『……ふん。四霊神にそんな言葉は無意味じゃ』


 そう、俺達の申し出を断った。

 ……まあ、四霊神なんだし、その判断も当然だよな。俺達が無茶を言っているのは重々承知だし。

 少し残念な気持ちでいると、キャムが少し怒り顔になる。


『ワースってやっぱり冷──』

『但し』


 ……但し?

 キャムの言葉を遮った言葉に、俺がきょとんとすると。


『……友としてなら力を貸そう。、盟約は関係ないのじゃろ?』


 そう言って、あいつはニヤリと笑った。


 確かに、俺がディアの力でキャムの攻撃を止める事ができた理由はそれ。

 四霊神としての盟約を、その言葉で逆手に取ったのか。

 ……まったく。


『ほんと。素直じゃないよね、ワースって』


 俺の想いを代弁しながら、キャムが呆れ笑いを見せると。


『お主のように、考えなしではないからのう』


 ワースもやれやれと肩を竦めて見せる。


 そんなやり取りを見ながら、俺もロミナと顔を見合わせると、安堵の笑みを交わしたんだ。

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