エピローグ③:彼女達のわがまま
俺の反応を露骨に楽しんでいたであろうルッテが、少し楽しげな顔で話し出す。
「すまんすまん。お主自らが、わがままなどと口にするとは思わんかったのでな。ちとからかいたくなったんじゃ」
「あ、いや。それはいいんだけど……」
困り果てた俺が頭を掻くと、あいつは優しく微笑んでくれる。
「よいか。まず、これははっきりさせておくぞ。我等はお主と離れるつもりなど毛頭ない。お主がそのような夢を持つのであれば、我等はちゃんと力を貸す」
「……いいのか?」
恐る恐るそう聞き返すと、彼女だけじゃなく、みんながにこっと笑う。
「いいも何もねえよ。俺達は何度もお前に助けられたんだぞ? だからこそ、俺達はお前が望む夢だって叶えてやりてえんだよ」
「
「カズト。お母様が死んじゃった時、励ましてくれた。ずっと、優しくしてくれた。だから、カズトの力になって、恩返し、したい」
「大体私達は、初めて貴方に出逢った日にはもう命を救われているのよ。ちゃんとその恩は返したいもの」
ミコラ、アンナ、キュリア、フィリーネ。
彼女達の言葉には、間違いなく俺を否定するような言葉なんてなくて。
不安に締め付けられた心が、少しずつ楽になっていく。
「ロミナも構わんじゃろ?」
「うん。私が呪いで苦しんでた時、私を励まし助けてくれたんだもん。だから、私もカズトが苦んでるなら、助けてあげたい」
しっかりと頷いたロミナに、ルッテも満足そうに頷き返すと、改めて俺を見た。
「ま、そういう訳じゃ。お主のわがままなど些細な物じゃし、お主が笑顔でなければ我も笑えんしな。だからこそ協力は惜しまん」
それは、正直凄く嬉しい返事。
いや。嬉しい返事、だったんだけど……。
「えっと、それが美咲の想いって事か?」
俺は未だすっきりしない気持ちで、そう尋ね返していた。
何となく、今の話は、みんながきちんと本音を語ってくれたんだと思う。
だけど、それは何となく、美咲と関係しているように思えなかったから。
「……ある意味じゃそう。だけど、これだけじゃないの」
そんな俺の拍子抜けした顔を見ながら、ロミナは静かに話し始めた。
「あのね。ザンディオと戦う前日の夜に、ミサキちゃんに聞かれたの」
「何を?」
「私達が、カズトを好きなのかって」
「……は?」
何で美咲はそんな事を聞いてるんだ!?
突然過ぎる話に、俺はそんな返事しかできなかったんだけど。きっとその時の事を思い出したんだろう。ロミナも少し困った笑みを浮かべる。
「あまりに突然の質問だったから、私達も最初はごまかして、何でそんな質問をしたか聞いたんだけど。そうしたらね。彼女はこう言ったの。『お兄ちゃんに、幸せになって欲しいから』って」
「俺に、幸せに?」
「うん。彼女は自分のわがままで、カズトを苦めてるのに気づいてた。それでもわがままを言って付いてきたけど、あなたが時折不安そうな顔をするのはやっぱり見てられないって落ち込んでたの。でね。今回の旅が終わったら、私達が向こうの世界に戻る方法を見つけるまで、ガラさん達の所に残ろうって思ってたんだって」
「は? 何だって!?」
そんな事、あいつは俺に話してこなかった。
タイミングだってあったはず……。
そう思った時、俺はふとフィラベを離れる日の朝の事を思い出した。
あいつはあの朝、何かを言いかけてた。
だけど俺はそれを遮った。俺の決意が鈍らないように。
でも、もしかしたら、あれは俺が早とちりしただけで、美咲はその話をしようとしてたんじゃ……。
俺が唖然とする中、語りを繋いだのはフィリーネ達だった。
「それでね。ミサキがこう言ったのよ。カズトは自分に自信がないから、せっかく好きだって思って接してても、はっきり言わないと伝わらないって。流石に妹を自称するだけあって、貴方をよく見てるし、貴方の事をよく分かってるわね」
「ほんにのう。そしてこうも言い切りおった。己が離れている間にも、お主はきっとミサキの為に必死になる。じゃが、誰かと恋仲にでもなれば、無茶を止めるのではないかと。じゃからこそ、そんな想いを持つ者を知りたかったし、想いを伝えて欲しいとな。……まったく。そこまで聞いておきながら、
「……きっと、改めて
……どうりで……。
俺は、蜃気楼の塔でのロミナの事を思い返す。
急に頬にキスなんてされたし、みんなが俺を好きだと思うなんて匂わせてきた。
正直、なんで急にあんな事をされたのか戸惑ってたけど、きっとそこには、美咲の残した言葉があったって事か……。
「まあ、とはいえ流石に、ミサキも驚いてたけどよ」
「ん? あいつが? 何で?」
「ああ。まあその、よ。俺達みんな、手を挙げたから」
「……へ? 全員?」
「うん。みんな、手を挙げたよ」
以前着飾ってきた時に見せたのと同じ、ミコラの照れ隠しの表情。そして、真剣な目で、じっと俺を見つめてくるキュリア。
それが火種になったんだろうか。
みんなが顔を真っ赤にして俺を見てくる。
そして、俺の顔も釣られてもう真っ赤。何とかみんなを見てるけど、恥ずかし過ぎて顔を背けたい気持ちがふつふつと沸き上がる。
……おい、美咲。
お前、どれだけの置き土産を置いていきやがったんだよ。
勝手に告白して、勝手に彼女達を焚き付けて、俺の幸せを願うとか。
どれだけ兄想いの妹なんだよ。お節介過ぎるけど……。
色々愚痴りたくたって、あいつはもうここにはいない。
そして、こんな話をロミナ達にしたって、何も解決しない事も。
だ、だけど……。
俺は今までの人生で、最も心臓をバクバク言わせてると思う。
いや、以前変な夢を見たのもあったし、何処か彼女達の距離感が近いと思う事もあった。
でも、俺だぞ?
俺の何処が良いってんだ!?
俺が好かれるような要素、何処にあったんだ!?
それに、俺はさっき言ったんだ。
忘れられるかもしれないままで、誰かを幸せになんてできないって。
そんな状況で、それでも俺が良いっていうのか!?
正直、パニクってた。
だって、生まれてこの方、恋人がいるどころか、告白をしたこともされた事もないんだぞ!?
それがこんな話になれば、俺だって混乱だってするだろ!?
正直目を泳がせ、狼狽えて。何も言葉を返せない俺の姿に一抹の不安を覚えたのか。ロミナがおずおずとこっちを見る。
「あ、あのね。ミサキちゃんの言葉もあったけど、これは私達のわがまま。だから、私達に想いを寄せられるのが、カズトの幸せとは限らないってわかってる。今のあなたが、私達の想いを受けいれるのが怖いのも、こんな事望んでいないかもしれないのもわかってる。……でも私達は、あなたがずっと願ってくれたように、幸せになりたいの。そして、できればあなたにも幸せになって欲しいの」
目を潤ませ、上目遣いでこっちを見る彼女。
みんなもまた息を呑むと、俺にロミナと同じ視線を向けてくる。
その緊張感が張り詰めた空気に、俺の緊張感も高まり、自然と生唾を飲み込む。
そして……。
「だから、ちゃんと伝えるね。あの……私達ね。あなたのこと──」
「待った!」
もじもじしていた彼女が、覚悟を決めて口にしようとした瞬間。
俺はその言葉を思わず遮った。
突然の声に、思わずみんなが目を丸くしたけど、俺はもう限界だった。
「悪い。その……」
みんなから首を背け、目を閉じ、片手を顔に当て真っ赤な顔を隠すと、
「今、みんなにそれを言われるのは……恥ずかしすぎて、耐えられない……」
ただ、そう本音を漏らしたんだ。
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