第六話:二つの嘘
流石に俺が口にした美咲の事が衝撃的だったのか。
気まずい空気のまま俺達は神殿前まで戻ったんだけど、俺はその空気を利用して、みんなに俺とアシェ、四霊神の三人だけで話をしたいと持ちかけた。
勿論、後で大事な話はするって伝えて。
流石にそれを断る仲間はいなかったから、みんなには試練の前に休んだ部屋に待機してもらい、俺はディア、ワース、キャム。アシェの四人と、試練を挑む前にやってきた謁見の間にやってきた。
玉座の前に立つ三人。そしてその脇にいた幻獣姿のアシェが、突然眩い光に包まれると、何時振りかに見た、本来の絆の女神アーシェの姿になる。
『ふう。久々にこの姿になれたわね』
「そこまで力が戻ったのか?」
『全然。ただ、ここはフォズ遺跡同様、神聖な場所なの。だから力がなくてもこの姿に戻れるわ。ま、一時的だけど』
「おい、大丈夫なのか? それでまた力を失ったりなんて──」
『心配し過ぎよ。大丈夫。ちゃんと女神様を信じなさい』
独特のピンクの髪を揺らしながら話す、女神っぽさのないアーシェに、俺達は自然と笑みを浮かべた。
『それで、我等に何の用じゃ?』
「ああ。ひとつはお礼を言いたくって」
『お礼?』
「ああ」
首を傾げたキャムに、俺は頷き返す。
「ワース。さっきは咄嗟に合わせてくれてありがとう」
『……あの件か。気にするでない。ああ言わねば、あの嬢ちゃんは真実に辿り着く所じゃったしのう』
長い白髭を撫でながら、あいつは少し寂しげに目を細める。
「それからアーシェも。あいつが俺を忘れる事、黙っててくれてありがとう」
『……別に。余計な事を言って、あなたを困らせてもいけなかったし』
俺がそう礼を言うと、俺とワースのやり取りで既に申し訳なさげな顔をしていたアーシェは、取り繕うように視線を逸らす。
そう。
俺は美咲に嘘を
ワースが開いた転移門。
あれは別に、一人しか向こうの世界に送り届けられないって事はない。
じゃなかったら、アーシェの力があったとはいえ、あいつと俺が一緒にこの世界に来る事はできないはずだしな。
一緒に帰れると知ったら、アシェを元に戻す約束を話したとしても、美咲は必死に俺と一緒に帰ろうとしたに違いない。
そうなったら、話さなきゃいけなくなる。俺はもう、向こうの世界に戻れないって。
そして、その事実を知ったら、今度はあいつが帰ろうとしなかっただろう。
それだけは避けたかった。美咲の為にもさ。
『……ごめんね。まさか、あなた以外の人を巻き込むなんて、思ってもみなかった』
「いいって。それを言ったら、俺がこっちに来るなんて言わなきゃ良かったって話だし。それに、美咲は無事に元の世界に戻れたんだからさ」
俺がそう言って微笑んでやると、アーシェも何とか笑ってくれた。まだ、未練はありそうだったけど。
『それが、ひとつ目のお話という事ですか?』
相変わらず物静かに語るディアに、俺はこくりと頷く。
「ああ。とはいえ、本題はこの後だ」
『本題って、一体何があるの?』
「ああ。幾つか頼みがあるんだ」
『私達に?』
「ああ」
キャムがきょとんとした声を出すと、俺は表情を引き締める。
「まず、キャムにひとつ話があるんだけど……カルディアとセラフィ。あと、偽物のミコラを元に戻すって、できないか?」
俺は誤魔化す事なく、ストレートにそう聞いてみた。
偽物のミコラは、
カルディアとセラフィの方は、戦ったあの場所に転がっていた破片なんかじゃ、あいつらの
どちらも期待薄かもしれない。
けど、あいつらは
だからこそ、できれば彼等も助けたいってのが本音だった。
それに、ワースやディアがそれぞれの場所に戻れば、キャムはリーファ以外の知り合いはいなくなる。それはそれで寂しいだろうし、何とかできないかって気持ちもあるし。
俺の話を聞き、じっと真剣な目で俺を見つめてくるキャム。
そんな彼女が、突然意味ありげに笑う。
『ほんと、ディアやワースの言う通りだね』
「ん? 言う通り?」
『うん。さっき三人で話してた時、カズトはきっと、カルディアとセラフィを元に戻せないかって言ってくるぞって話してたの。まさか試練で生まれた仲間の偽物にまで、そんな気持ちを持ってるなんて思わなかったけど』
キャムの言葉に釣られ、ディアは微笑みを、ワースは自慢げな笑みを見せる。
……そこまでバレバレかよ。
何か心を見透かされた気持ちになり、俺は思わず頭を掻く。
「で、可能なのか?」
『カルディアとセラフィは。私が生み出した自我のある
「悪い。ありがとう」
『ううん。カズヒトとアイリスにも、カズトの力になってって頼まれてるしね』
屈託のない笑みを見せたキャム。
ディアとワースもそんな彼女を見守るように、優しい瞳を向けている。
『で、他にも何かあるのか?』
話が一段落したのを見計らい問いかけてきたワースに、俺は「ああ」と返事をすると、もうひとつの頼みについて話し始めた。
「以前アーシェからも聞いてるから、話せない事、話しにくい事は伏せてくれていい。話せる範囲でいいから、この後の質問に答えて欲しいんだ」
俺の言葉に四人は顔を見合わせたけど、
『……わかった。みんなもそのつもりで答えてあげて』
『はい』
『良いじゃろう』
『うん』
アーシェの言葉に、ディア達も頷いてくれた。
「まず、四霊神最後の一人は、武芸者のムサシって人で合ってるか?」
『む? お主、その名をどこで知った?』
「ああ。キャムを助けた直後、夢みたいな世界で、親父とお袋、キャムと話をしてさ。その時に名前を口にしてた」
そう。
確かにあの時、親父はムサシさんと口にしてた。
つまり、それが
『……はい。確かにムサシこそ、私達の仲間であり、四霊神の一人』
「そうか。でも、今回の件で、その人は姿を見せなかったよな。それは何故なんだ?」
『
……ん?
「ディアが寂しがるって、どういう意味だ?」
『そっか。カズトは知るわけないよね。ディアは、ムサシと結婚してるの』
「……は?」
それを聞いた俺は、思わず呆気に取られる。
……えっと、ディアは四霊神だろ? そして、ムサシって人も四霊神。って事は……。
「それって、つまりルッテは……」
『……はい。ルティアーナは、私とムサシの娘です』
俺の呟きに、珍しく顔を赤らめたディアが、少し恥ずかしげに俯き、そう答えてくれたけど……あいつ、そんなに凄い二人の間の子なのかよ……。
流石に驚きを隠せなかった俺の顔が、よっぽど面白かったのか。アーシェ、ワース、キャムの三人が楽しげな顔になる。
『まあ驚くのも無理はないわね。でも、これは事実よ』
『うん。ただ、ムサシって昔っから愛想悪くってさー。「四霊神が同じ場所にいるのは、
「その人が既に死んでるって事は──」
『それはないわ。今は神の力を殆ど失っているけど、四霊神が死ぬような事があれば、繋がりのある私にはわかるから』
『でも、それならちゃんとディアの所に定期的に顔を出してあげればいいのに』
『まあ、あの人らしいですよ』
何処か不満げに語るキャムに対し、妻であるディアは微笑みを返す。
……好きな人と離れ離れは辛いと思うんだけど、それを表に見せない彼女は本当に強いのか。それとも達観してるのか……。
……ん?
そういやこの話って、ルッテから聞いた事ないよな。
「因みに、この事をルッテは知ってるのか?」
思わずそう聞き返すと、ディアは初めて少し表情に憂いを見せる。
『……いえ。ムサシが何時顔を出せるかもわかりませんので、既に他界した事にしております』
「そっか……」
……こういう時、子供ってのは事実を知らない方が良いんだろうか?
ふと、俺はあいつに自身を重ねてしまう。
あいつが真実を知り、俺と同じ想いを持つとは限らない。
だけど……。
「……ディア」
『はい』
「あの、俺が言えた義理じゃないんだけどさ。その……ルッテにちゃんと、父親が生きてるって、伝えておいた方が良くないか?」
『何故でしょうか?』
「いや。俺、今回の件で親父とお袋の事を初めて知ったんだけどさ。流石に死んでいるとはいえ、お前達にも愛された優しい人達だったって知れて、死んでも息子を見捨てない優しい親だって分かった時、やっぱり嬉しかった。ムサシさんも悪い人じゃないし、まだ生きてるんだろ? だったらルッテだって、いつかは逢えるかもしれないんだし、もし再会できたら嬉しいんじゃないかって思ったんだ。……まあ、余計なお節介だとは、思うんだけど……」
俺はで押し付けがましくならないように、申し訳なさそうにそう提案してみた。
ムサシって人が悪い人ってなら別だけど、仲間がこうやって笑い話にできるだけの相手だし、ディアが今でも愛するくらいの人だろ?
まあ、理由があるとはいえ、妻や子を置いてふらふらしてるのはどうかと思うけど、それでも生きていると知れば、嬉しいんじゃないかって思ってさ。
そんな俺の顔色を伺ったディアは、
『二人の四霊神の娘というのは、今以上に重荷になるかもしれません』
と、普段の物静かな顔で口にする。
……確かに。
言われてみればそうかもしれないな。
彼女の言葉に、そんな気持ちになったんだけど。
『ですが、もうルティアーナも大人。真実を知る時期かも知れませんので。考えておきましょう』
彼女は優しげな顔で、そう言ってくれたんだ。
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