第五話:忘れられしさよなら
「皆さん。本当にお世話になりました」
美咲らしい元気さじゃなく、どこか大人しめにあいつが軽く頭を下げる。
「いいのよ。私達も随分貴女に助けられたもの」
「ミコラさん。あの、ガラさん達によろしく伝えてください」
「ああ。任せとけって」
「あ、あと皆さん。和人お兄ちゃんの事、これからもよろしくお願いします! 何かとわがままだし、自分勝手だし、独りよがりで色々迷惑を掛けると思いますけど、仲良くしてあげてください!」
「なーに。心配せんでもええぞ。
「うん。カズトの事は心配しなくていいからね」
『そうよ。みんなが付いてるから安心しなさい』
キュリアの首に巻きついたアシェまでもが口を揃えてそんな事を言うと、ロミナ達や美咲が俺に笑みを向けてくる。
俺はそんなみんなに、何も言わず肩を竦めて見せた。
そして、あいつは俺の前に立つと、一度大きく深呼吸すると、真剣な顔をする。
「お兄ちゃんは、ロミナさん達に迷惑をかけない事。わかった?」
「……ああ」
「何よその返事。本当に分かってるの? いい? ちゃんとロミナさん達の言う事を聞いて、無茶ばかりしないで、みんなの力を借りるんだよ?」
「ああ」
「それから、一人で勝手に行動しちゃ駄目。私相手の時みたいに怒るのも駄目だよ。それから、ちゃんとご飯も食べて、よく眠って、それから、それから……」
美咲が別れの寂しさを誤魔化すように、未練がましく言葉を並べる度、笑顔が消え、顔をくしゃくしゃにし、瞳から涙を溢れさせ、それでも別れたくない未練を紡ごうとする。
「……向こうでも、元気でやれよ」
必死に繋ごうとする想いを断ち切るように、優しくそう声を掛けてやる。
それにはっとしたあいつは、少しの間俺をじっと見つめると。
「……う、うわぁぁぁぁぁん!」
勢いよく俺の胸に飛び込み、堰を切ったように泣きじゃくった。
「お兄ちゃんの馬鹿! 一緒に帰りたかったんだよ! もっと一緒にいたかったんだよ! それなのに、私のそういう気持ち、何も考えてくれないじゃない!」
「……ごめん」
あいつの心からの叫びに、俺はそんな返事しかできない。
……今まで、向こうの世界に未練なんてなかった。
アシェとこっちの世界に来て、こっちの世界で暮らしている間、そう考えていたのは事実だ。
だけど、美咲と再会し、僅かながら向こうの世界との関わりを持った今。俺はこいつとの別れに、少し感傷的になっていた。
……もう美咲と逢うことも、向こうの世界に帰る事もない。
それはつまり、向こうの世界との繋がりもまた、これで絶えるって事だから。
余計な事を口にしたら、また笑えなくなりそうで。さっきから素っ気ない反応しかできてない。
だけど、俺はそれでも最後まで笑っていたい。
だからこそ、そんな寂しさを必死に堪えていた。
「お兄ちゃん。アシェを元の姿に戻したら、戻ってきてくれる?」
「……そうだな。戻れるといいな」
涙声で口にされた願い。
心にある本音と、それができない現実に引っ掻き回されそうな感情を抑え込むと、美咲の両肩を優しく持ち、ゆっくりとあいつを俺から離す。
「……そうだ。お前にこれをやるよ」
ふと思い立った俺は、道着の袖に付けていた、ピュアミリアのブローチを外すと、あいつの手を取り、それを乗せる。
「これって、みんなとお揃いのブローチ……」
「ああ。ピュアミリアって花がモチーフらしいんだけど。これ、
「本当だね」
「……これを持ってりゃ、いつでもロミナ達の事を思い出せるだろ。だから持っていけ」
「え? でもそれ、前にみんながお兄ちゃんにプレゼントしたって……」
「だからこそさ。みんなの想いも籠ってるし、丁度いいだろ。俺の分はまた今度買えばいいし。気にするな」
俺の言葉に、美咲は戸惑いを見せただけど、そんな彼女に仲間達が優しい声を掛けてくれる。
「ミサキよ。これでお主も晴れて、聖勇女パーティーの一員じゃ」
「そうだな。頼りになる仲間の事、ぜってー忘れねえからな」
「うん。絶対、忘れない」
「あれだけ見事に
「はい。共に試練に挑み、乗り切った事。決して忘れません」
「ミサキちゃん。私達も、あなたがいてくれたからここまで来れたの。だからこれからも、聖勇女パーティーとして胸を張って、頑張ってね」
「……はい!」
みんなから向けられた笑顔と言葉に、制服の袖で涙を拭った美咲も、あいつらしい笑顔を見せる。
『さて、名残り惜しいとは思うが、儂に残された
やはり異界に向かう門を開くのは、
どこか申し訳なさそうに、ワースがそう促す。
「あ、はい。それじゃ、みなさん。ありがとうございました!」
元気に頭を下げ、俺達に背を向け数歩前に出た美咲が、足を止める。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「後悔したくないから、ちゃんと言っておくね」
そう言って、くるりと振り返ったあいつは、突然こっちに駆け込んでくる。
……え?
完全に不意打ちを喰らった俺が、そのまま立ち竦んでいると、次の瞬間、思わず目を瞠った。
俺の目の前に映る、ぎゅっと目を閉じた美咲の目。
唇に重なった、柔らかな感触。
これって……。
俺がそのまま動けずにいると、顔を真っ赤にした美咲がゆっくりと俺から離れた後、素早く踵を返して門に向け駆けていく。
そして門の前でもう一度振り返ると、両手を口に当てこう叫んだ。
「お兄ちゃん大好き! 私、ずっとお兄ちゃんの帰り、待ってるから!」
笑顔に似合わない涙を流しながら、最後に大きく元気に手を振った後、美咲はそのまま勢いよく門に駆け込んでいく。
それを待っていたかのように、眩い光が門から放たれると、ゆっくりと重厚な音を立てて扉が閉じ、その巨大な姿は景色に溶け込むように姿を消した。
『……
門が消えて少しして。
落ち着いた声で、ワースがそう伝えてくれたけど、俺は暫くの間、そのまま固まって動けなかった。
みんなも別れの余韻で沈黙している……と思っていたんだけど。
「ミサキ。
キュリアが、不貞腐れた声をあげた。
「確かに。出会った時には兄のようにしか見ておらんと言うておったのにのう」
「本当だぜ。まさか露骨にキスしやがるとかよー」
「仕方ありませんよ。あれだけ真摯に向き合い、願いを叶える為カズトは奔走されたのです。心惹かれるなという方が無理と言うものです」
「確かにそうね。とはいえ、カズトの初めてはアンナなのでしょう?」
「あ、あれは! 以前話した通り、カズトの命に関わるものでしたので、あの、その……」
「アンナ。羨ましい」
「ほんと役得だよなぁ」
急に賑やかになった仲間達。
だけど、ぼんやりとしていた俺は、そんな会話に入っていく気持ちが生まれなかった。
……あいつが、俺を好きだった、か。
そんなの、さっぱり気づかなかった。
あいつを何とか向こうの世界に帰したい。そればかり考えてたし。妹のように感じてはいたけど、それだけだったしさ。
……まあ、でも良かった。
これで、あいつはもう、哀しまなくって済むもんな。
俺は目を細め、自嘲気味に笑う。
「でもカズトは、向こうの世界に帰れないんだよね……」
と。周りと違い、一人寂しげにロミナがそう口にすると、賑やかだった仲間達の会話が収まる。
「そういやそんな事言ってたよな。前に異世界から来たって話してた時によ」
「……ミサキ様は、向こうの世界でずっと、カズトの帰りを待ち続けるのでしょうか?」
「それ、寂しいね」
「ふっ。大丈夫だよ。心配し過ぎだ」
俺は一人振り返ると、仲間に一瞥をくれる事もせず、先に神殿に向け歩き出す。
「カズトよ。何故そう言い切る?」
「決まってるだろ。俺がここにいるからさ」
背中越しにルッテから掛けられた言葉に、俺はそう返す。
……っと。そういやあの話はしてなかったか。
「どういう意味なのかしら?」
「……向こうの世界からこの世界に来たら、向こうの奴らはそいつの事を忘れる」
「え?」
突然の告白に、思わずロミナ達が驚きの声を上げるけど、俺は構わず話し続ける。
「美咲は向こうの世界に帰った。つまり、あいつは俺の事を忘れてる。だよな? アシェ」
『……ええ。そうよ』
同情するような、哀しげな声を出すアシェ。
きっとこいつの事だ。美咲が俺を忘れるのは、自分のせいだとでも思ってるんだろう。
ほんと、優しい女神様だぜ。
「アシェ。気にするな。お前のせいじゃない。俺はそれも分かってて、この世界に来たんだしさ。それに、ある意味
足を止め、肩越しに笑ってやるけれど、みんなが切なげな表情をしてる。
そんな顔を見るのが辛くなって、俺は笑みを浮かべたまま前を向くと、空のように見える天を見上げながら、ゆっくりと広場から神殿へと続く道を歩き始めた。
……美咲、ごめんな。
お前を巻き込んでおきながら、結局一緒に帰ってもやれなくて。
でも、俺の事を忘れれば、哀しんだりなんてしないだろ。
だから、ちゃんとシスターの手伝いをしながら、友達と学校生活を楽しんで、お前が目指した夢を叶えて……幸せになれよ。
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