第四話:叶う願い、叶わぬ想い
「え?」
瞬間、美咲が驚きの声をあげたけど、俺はそれすらも気にせず語り続けた。
「ワースは俺や美咲のいた世界に、人やアーシェを転移させてきただろ。だったら、
予想外の言葉に、ディア、ワース、キャムが互いに顔を見合わせる。
『まあ……それは、可能といえば可能じゃが……』
『ですが、その為にリーファの力を使えば、貴方が呪いを解く機会を失うのですよ』
『そうだよ。私達だって、世界のすべてを知ってるわけじゃない。でも、あなたの呪いを解く事がどれだけ大変な事かは知ってるわ。それこそ、呪いを解ける最後の機会を失う可能性だってあるんだよ。それでもいいの?』
戸惑いを見せながらも、四霊神の三人が俺に覚悟を問いかけてくる。
確かにこんな機会、早々ないかもしれない。
俺は一生、誰かに忘れられる存在でいるのかもしれない。
……だけど、俺は今はそれでもいいんだ。
まずは、ちゃんと美咲を返してやらないと。
「ああ。だから、ワースに力を──」
「駄目!」
俺がそう言いかけた時、俺の前に回り込んだ美咲が、がっと両腕を掴んだ。
「駄目だよ! 折角のチャンスなんだよ? 私はまだ帰れなくたって大丈夫! もしもの時はこっちで一緒に暮らせばいいんだもん。だから、お兄ちゃんの呪いを解こう。ね?」
俺達に付いていくと言ったあの時のように、必死の形相で俺に抗議する美咲の姿に、心が昂りそうになる。
喉まで出かかった感情を何とか飲み込んだ俺は、目を閉じ心を落ち着けると、ゆっくりと首を横に振る。
「何で!」
抵抗して強く叫んだあいつに、俺は無理矢理微笑んでやると、こう言葉にした。
「……お前が、お前であるためさ」
「どういう事なの!?」
そんな言葉じゃ納得いかないのなんてわかってる。
だからこそ、俺は語ってやった。
非情な現実の下にある、俺という存在を。
「いいか? お前はまだここに来て二ヶ月も経ってない。言ってしまえばまだ高校生のままだ。だけど、もしここで帰らずに、俺みたいに歳を取ってから戻ってみろ。そうしたら、お前は一人、向こうの世界で高校生のはずの、だけど高校生じゃない自分と向き合わなきゃいけないんだ」
その言葉を聞き、あることに気付いたでありう美咲がはっとすると、口惜しそうに歯を食いしばり、視線を落とす。
あいつも俺に言われて気づいたはずだ。
今の俺は既に十九くらい。この世界にいる間にもちゃんと成長してる。
そんな俺が、もし今この世界から戻れたとしたら、もう普通の高校生じゃない。
つまり、この世界に長くいればいるほど、美咲もまた俺と同じような事になってしまうんだ。
「俺は友達なんて大していなかったし、夢なんて持ってなかったからいい。だけどお前は違うだろ? 仲の良い友達がいて。高校で叶えたい夢だってある。でも、今のお前は俺に巻き込まれて、その夢を失いかけてるんだ。……俺は、このまま自分の呪いを解いて、お前の夢を奪うなんて、流石に耐えられない」
俺らしからぬ穏やかな口調で、本音をはっきりと口にすると、あいつは顔を上げ腕を掴んでいた力を強くする。
「だったら和人お兄ちゃんも一緒に帰ろう? 確かにお兄ちゃんは成長しちゃったけど、シスターだって孤児院の子供達だって、ちゃんと受け入れてくれるよ! だから──」
「駄目だ」
……美咲は、本当に優しい奴だな。
必死に俺の事を考えてくれるこいつに自然と目を細めつつも、結局俺はまた首を振った。
「俺はまだ、アーシェに本来の姿を取り戻させてやれてないし。……それに、
俺がそんな事を言いワースに顔を向けると、釣られて肩越しに美咲もあいつを見る。
俺達の視線を受けたあいつは、小さくため息を
『……うむ。残念ながら、送ってやれるのは一人だけじゃ』
美咲の優しさを踏み
こんな顔をさせているのは俺。
その現実に胸が痛むけど、全てを受け入れ、誰もが幸せになれる選択ってのは早々ない。
俺は美咲との再会でそれを知った。
だからこそ心を鬼にして、俺は微笑みながらこいつの頭を撫でてやった。
「……ありがとな。美咲」
「……ううん。……ごめんなさい。私ばっかりわがまま言って、お兄ちゃんを困らせてばっかり」
「いいんだよ。兄貴は兄貴らしくしとかないと、面目が立たないからさ」
周りのみんなが何も言えずにいる中、俺達はそんな言葉を交わす。
仮初だけど、本当の兄弟のように。
§ § § § §
あの後、俺達は一旦場所を移動し、一度休んだ部屋に戻ると、美咲が帰る準備を進めた。
と言っても、あいつは制服だけの着の身着のままの姿でこっちに飛ばされてたからな。
どちらかといえば、今回の旅路で渡していた荷物を預かり、ポケットとかに入れていたマナストーンなんかを回収しただけだけど。
美咲は何処か気落ちしていたけれど、それでも気丈に振る舞いながら、それらの準備を進める。
その光景が何処か痛々しくて、俺はあまり直視できなかった。
一通り準備を終えた俺達は、未だ目覚めないミルダ王女は部屋のベッドに寝かせ、部屋を出ると、この塔に最初にやってきた時の神殿から外に出た。
あの部屋の癒しの
せめてあいつとの別れくらいはシャキッとしたいと、俺はロミナ達の肩を借りる事なく、先頭を歩いていく。
神殿から出た景色には、みんなが思わず感嘆の声を上げた。
キャムの心が晴れたからだろうか。そこは夜空ではなく、晴天のように明るくなっていた。
相変わらず神秘的な、古代ヨーロッパの遺跡が朽ち果てる前のような神秘的な街並みは、十分に俺達の目を奪うもの。
そして、階段を降りた道の先の広場に、俺達が来た時には存在しなかった、色々と装飾が施された、光り輝く巨大な扉が姿を現していた。
既に扉は開き、そこには光渦巻く空間が広がっている。
あれがワースが用意した、世界を超えるための扉なんだろう。
広場の入り口にはディアとワース、キャムが立ち、俺達の到着を待っていた。
門の目の前まで近づくと、二階建ての建物くらいあるその大きさに、強い圧迫感を感じる。
「あれが、ワース様が創られた転移門なのですか?」
『そうじゃ』
驚きを隠せないアンナの言葉に、ワースは少し自慢げな態度を取る。
けど、そんなあいつの表情を変えたのは、ミコラの一言だった。
「へー。お前も一応ちゃんと
『一応とは何じゃ。魔王の戦いでもお主等にちゃんと力を貸しておるというのに』
『日頃の行いですよ』
『そうそう。いっつも偏屈なんだもん』
『うるさいわ』
四霊神達の、俺達と変わらないやり取りに、微笑ましくなった俺達は思わず笑みを漏らす。
『さて。ずっと開きっぱなしとはいかん。異世界より来た嬢ちゃん。準備は良いか?』
「……はい」
『良いか? 門を潜る時には、戻りたい世界を意識せよ。さすれば、望みし時代と場所に戻れる』
「わかりました」
ワースの言葉に、少し緊張した面持ちの美咲がしっかり頷くと、横一列に並ぶ俺達の前に立ったんだ。
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