第三話:恩返し
あの後、俺達は再びワースの力で美咲達の待つ下側に転移してもらうと、四霊神三人と向き合った。
俺はロミナに肩を借りっぱなし。
本音を言えば恥ずかしいけど、正直気にする余裕もないくらいに心が疲れきってるから仕方ないか。
周囲には多くの
俺、よく生き残れたな……。
もし何かひとつ歯車が狂えば、俺はあの中で死んでいたんだと思うとぞっとする。
ミルダ王女は今もフィリーネに抱えて貰っているし、アシェは美咲の首に巻きついている。これで、改めて今回の関係者が全員揃った訳だ。
『みんな。ごめんね!』
開口一番。キャムが、空色の長髪を振り乱し、勢いよく頭を下げる。
『謝って済む話ではないでしょうが。どうか彼女を許しては頂けませんか?』
『
彼女を擁護しながらディアやワースまで頭を下げてきたけど、四霊神っていう人知を超えた存在に頭を下げられるってのは、妙な感覚だな。
「そんなに気にしないでくれ。それでなくてもワースやディアがいたから俺達はこうやって生きてるんだし、キャムだって
「そうです母上。どうか頭をお上げください」
まあ、彼女達を責めるつもりもないし。そんな気持ちで俺はそう言葉にすると、流石に親に頭を下げさせているのが申し訳なかったのか。ルッテもそう促したんだけど。
「ま、ワースはもう少しそのままでいいけどよ」
唯一両腕を汲んで立っていたミコラだけは、あいつに白い目を向けそんな事を口走った。
『む。何故じゃ?』
「だって、前のカズトの件で、俺達に一度も頭下げてねーじゃん」
「ん? 俺の件って何だ?」
「決まってるわ。貴方が命を落とした後、シャリア達と貴方の事を聞きに行った時の事よ」
ワースが頭を下げてないって言葉が気になって尋ねると、フィリーネが確かに、と言わんばかりの幻滅した顔で口を挟む。
「言われてみれば、あれだけ試練でカズトや我等を苦しめておきながら、まったく謝罪はされんかったな」
「うん。謝ってない」
『う、うるさいわ! 力になれんとは聖勇女に謝ったし、お主らをちゃんと生きたカズトに導くよう助言したじゃろうが』
『うっわー。それだけ? やっぱりワースって冷たいよねー』
『どの口が言うか! さっきまで奴等を殺そうとしておった癖に!』
ルッテやキュリアだけじゃなく、キャムにまでそう煽られたワースが、珍しく顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
そんな人間味ある態度に、俺達はくすくすっと笑い合う。
そんな中、頭を上げたディアが、急にそんな事を言い出した。
『ですが、これでやっと、カズトにも恩返しができますね』
「恩? いや、お前達に色々世話にはなったけど、それだけだろ。そんなものあったか?」
『はい。娘の願いを叶え聖勇女を救い、魔王から命懸けで世界を救い。私達の大事な仲間をも救って下さった。そんな十分すぎる恩義が』
首を傾げた俺に、彼女は片眼鏡を指で直しながら、優しく微笑んでくる。
そういや、ディアって結構そういう所は真面目そうだったよな。
以前も路頭に迷っていたルッテを助けたロミナに恩義があるからって、
だけどだ。
「いや、別に俺が勝手にやっただけだし、俺も幾度となくディアやワースに助けられてるし、お互い様だよ。気にしなくていいさ」
そう。結局今回だって、二人がいなかったらキャムやミルダ王女を助けるどころか、生き残ることすらできなかったんだ。
そんな感謝の気持ちもあってそう答えたんだけど。
『お主が呪いから解放されるとしても、か?』
「えっ!?」
ワースが笑みと共に口にした言葉を聞いた瞬間、仲間がみんな驚きの声を上げ、俺も思わず声を上げたロミナと顔を見合わせてしまう。
「そ、それは、どういう事なのでしょうか……」
『リーファの力があれば、
震えた声で問いかけたアンナに、ワースの言葉の意図を察したキャムが、自慢げに話し出す。
『元々再生の
「それじゃあ、再生の
『聖勇女のお嬢ちゃんの言う通りじゃ』
『しかもフォズ遺跡なら、この蜃気楼の塔でひとっ飛びだし。すぐにだってできちゃうよ』
笑顔を見せる四霊神達。それが、ロミナたちの空気を一変させたのが、背中越しでもわかる。
「じゃが、カズトの呪いが解けた時、今持っている力はどうなるんじゃ?」
『それならちゃんと残るわ。カズトの呪いは、あくまで不完全だった私が力を与えようとした代償。力の根幹を担う物じゃないもの』
「何か変な反動があって、カズトが俺達を忘れるなんて事はねえのか!?」
『ええ。そんな事もないわ。呪いだけが消え、絆の力や加護を持ったカズトになるだけ。
ルッテやミコラの興奮とは裏腹に、淡々と言葉を返すアシェ。
「でも、聖勇女か魔王しか使えないような力を、カズトに使ってしまってもよいの?」
『何、構わんよ。
『うん。きっとそうだよ。だから大丈夫』
フィリーネの問いかけへの回答を聞くと、喜びにあふれた仲間達が一気に俺を取り囲んだ。
「やったね! 和人お兄ちゃん!」
「そうね。これで貴方も長い苦しみから解放されるわね」
「カズト。良かった」
「ほんとだぜ! この国も王女も救えて、お前まで救えるなんて最高じゃん!」
「ほんに。カズトよ。良かったのう」
「本当に、おめでとうございます」
みんなが嬉しそうな声を掛けてくれる。それが嬉しくなかったわけじゃない。
……だけど、俺はそこにあるもうひとつの真実に頭を囚われ、返事どころか、愛想笑い一つ返せなかった。
そんな俺の冴えない反応に、みんなの喜びの声が止む。
「おい、どうしたんだよカズト」
「嬉しく、ないの?」
「何か、不安でもございますか?」
ミコラやキュリア、アンナの不思議そうな声にも、俺は反応できずにいると、
「……カズト。どうしたの?」
少し不安そうに、ロミナも俺の横顔を覗き込んでくる。
けど、俺はそんな彼女にすら、顔を向けられずにいた。
……みんなの喜びに水を差す。
それは、分かってる。
……だけど。
俺は、その事実から目を背けられなかった。
だって、それはもうひとつの願いだったから。
だからこそ、俺はディア、ワース、キャムの三人を見つめたまま。
「……つまり……美咲を、元の世界に返してやれるんだよな?」
そう、絞り出すように口にしたんだ。
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