第二話:懐かしさ
「みんな。一旦俺達から離れててくれ」
俺は仲間にそう伝えたんだけど、彼女達は簡単にそれを受け入れはしなかった。
「おい、キャム。まさかそれで、カズトやキュリアが傷ついたりしねえだろうな?」
怪訝そうな顔をしたミコラが、キャムに鋭い目を向けると、彼女はため息を漏らす。
『……キュリアに危険はないけれど、カズトはそうはいかないわ。身体を介して精霊を流し込むのは身体への負担も大きいし、一気に闇を祓って王女様が傷いちゃいけないから、
それを聞き、ミコラ、フィリーネ、ルッテの三人は思わず目を丸くし、瞬間声を荒げた。
「おい! なんでそんな危ねえ事をやらせようとしてるんだよ!?
「そうよ! それでなくとも彼はここまでの戦いで疲弊しているし、治癒したとはいえ身体だって弱ってるのよ!?」
「カズトよ。お主もお主じゃ! 自らの身体の事を一番分かっておるはずじゃろうが! 何を安請け合いしておる!」
声を荒げた三人の優しさは痛いほどわかる。
だけど、俺は同時に理解していた。
キャムが俺やキュリアを指名したって事は、彼女一人じゃどうにもできないって事を。そして、この役目が俺じゃなきゃできないんだって事を。
辛気臭くなり始めた場の空気を嫌い、俺は肩を
「お前達は、ミルダ王女を見捨てろって言ってるのか?」
「そうは言っていないわ!」
「こいつが王女をこうしちまったんだ。こいつにすべてやらせりゃいいだろ!」
「それができないってわかってるから、彼女は俺やキュリアに助けを頼んだんだ。わがままを言うな」
「じゃが、それでお主に何かあったらどうする気じゃ! 確かに王女も救ってやりたいが、それでお主に何かあれば元も子もないじゃろ!」
俺の言葉にも、食い下がる三人。
ったく。ここまで俺を気遣ってくれるなんて。
嬉しさと申し訳なさが、心を掻きむしる。
だけどそれを顔にして、不安にさせる訳にもいかないよな。
俺が何とか安心させようしたその時、先に言葉を発した奴がいた。
「キャムさん。私にも何か手伝わせてもらえませんか?」
「は!? ロミナ! 何言ってんだよ!」
「貴女! それはカズトに無理をしろと言っているようなものじゃない!」
「そうじゃ!
三人から思わず口を衝いて出た厳しい言葉。
真剣な顔で、しかし前向きにそう口にしたロミナは、何も言わずにキャムを見つめている。
「……キャム。精霊を流すの、私とカズト、二人使ったら、カズトの負担、減らない?」
まるでそれに感化されるように、同じく真面目な顔でじっとキャムを見たのはキュリア。
それを見て少し驚きを見せた彼女だったけど。
『……ごめんね。カズトの役目は彼しかできないし、万霊術師の力を持つ二人だからこそ、私をフォローできるの』
そう言って、残念そうに首を振ると、釣られてキュリアが残念そうな顔をする。
そんな中、ロミナは気丈に笑うと、俺とキュリアにこう言った。
「……そっか。じゃあ、私はここで見守ってるね。だから、二人とも頑張って」
「ロミナよ! 本気で言っておるのか!?」
ルッテの叫びにも、彼女は表情を崩さない。
「うん。カズトとキュリアは、王女を助けて戻るって王子や女王と約束したんだもん。キュリアも、カズトが頑張るから力になるんでしょ?」
「うん」
「だったら、私は二人が思うようにさせてあげたい」
真剣なキュリアに、笑顔を見せるロミナ。
そんな二人を、唖然としながら見つめるルッテ達三人。
俺はその光景に、自然と笑みを浮かべる。昔の記憶が重なったから。
「……懐かしいな。アイラスの街の時と、まんま同じじゃないか」
そんな言葉に、五人がこっちに顔を向けてくると、俺は自然と微笑んだ。
「ルッテ。フィリーネ。ミコラ。俺はあの時言ったろ? 勝てるかわからなくても、立ち向かった方がきっと後悔しないってさ。俺は、何もしなかったら後悔する。ミルダ王女を助けてやれなかったのかって。だから、俺はやれる事をする。だけど信じててくれ。ちゃんと彼女を助けるし、俺も生き残ってみせるから。もう、みんなに忘れられるのも嫌だしな」
俺の決意を聞いた三人は、少しだけ茫然としてたけど、何かを諦めたのか。呆れた笑みを向けてきた。
「まったく。お主は卑怯者じゃ。そうやってすぐ、過去を掘り返しおって」
「ちぇっ。本当だぜ。こっちだって、お前を心配してやってるんだぞ?」
「ああ。それは本当に感謝してるよ」
「本当かしら? まあ、でも仕方ないわね。新リーダーは、ロミナよりよっぽど分からず屋だもの」
はぁっとため息を漏らしたフィリーネ達が、すっと表情に真剣さを宿す。
「無茶をする貴方を待つのにも慣れたけれど、それでも心配なの。信じてないわけじゃないけれど……ごめんなさい」
「……我等は
「……カズト。本当は嫌なんだぜ。お前にばっかり頼って、お前が傷つくのはよ。……お前も無茶するんじゃねえぞ。終わったら美味い飯を一緒に食うんだし。ミサキだって寂しがるからよ」
「……ああ。ありがとう。心配してくれて」
……そうだよな。
ロミナやキュリアが前向きに俺の力になろうとするのも彼女達らしいけど、ルッテ達が不安になるのだって、色々な俺を見ているから。
だからこそ、しっかり成し遂げ、ちゃんとみんなでここから帰らないとな。
……そんな想いで気持ちを引き締めた俺は、キャムに改めて顔を向けると、
「キャム。それじゃ始めよう」
そう言って、彼女を促したんだ。
§ § § § §
あれからどれくらいの時間が過ぎたかは、よくわからない。
俺自身、凄い長い時間に感じていたと思う。
座ったままミルダ王女を両腕で抱え、目を閉じてキャムから流れてくる精霊を受け入れる。
流石に万霊の儀式で酷い目にあった程じゃないけど、入っては出て行く精霊の力が、俺の身体に与えてくる断続的な痛み。
そして、精霊がミルダ王女の闇に触れ、解呪を施す度に、心に別の痛みが強く刺さる。
だけど、弱音なんて吐けない。
望んで選んだ道なんだからな。
俺は歯を必死に食い縛り、流れる冷や汗を拭う事もせず、じっと痛みを堪え、
心の拠り所にしたのは、見守ってくれている仲間達の存在と、俺の身体に流れる血だ。
キャムがこの役割に俺を選んだのは、きっとこの血が何かしか左右しているから。
それは薄々勘付いていた。
実際キャムもキュリアも万霊術師なんだ。それだけだったら、それこそキャム一人で何とかできたはずだしな。
とはいえ、
まあ、今はそんな理由なんてどうでもいい。
俺は、ザイードやミストリア女王との約束を果たしたかっただけ。
仲間が哀しむのも、あいつらが哀しむのも嫌だと、わがままになっているのは俺。だからこそ、できる限りの事をして生き残るんだ。
経験はないけど、長い手術をするってのはこんな感覚なんだろうか?
術のバランスを維持する為に意識を集中していると、だんだんと闇を祓う回数が減っていき、いつしか痛みは精霊の流れによるものだけに変わる。
そして……俺を介して流れていた精霊の力が止まり、精霊がミルダ王女に向け出て行く感覚だけが残ると、暫くしてその感覚も消え、身体の痛みも途絶えた。
『……これで、大丈夫なはずだよ』
ほっとしたようなキャムの声を聞き、俺がゆっくり目を開けると、さっきまでより間違いなく血色の良くなったミルダ王女が、俺の腕の中ですやすやと寝息を立てている。
……確かに。これなら大丈夫そうか。
「キュリア。術を止めてもいいぞ」
「うん。『ラフィー。ありがと』」
彼女の隣に立っていた生命の精霊王ラフィーは、キュリアの言葉に微笑むと、そのまま霧散し消えて行く。
同時に俺の身体を包んでいた
俺はミルダ王女を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。
正直、少し息が荒い。
生命力や気力はそこまで減ってはいないのは分かってる。それだけ、心が疲れている証拠。
「悪い。誰か、ミルダ王女を抱えてくれないか?」
「いいわ。任せて」
「ありがとう」
率先し声を上げ、立ち上がったキュリアの脇から俺の前に出たフィリーネに王女を預ける。
……これで、よしだな。
ほっとした瞬間、緊張の糸が切れた俺を立ち眩みが襲う。
「カズト!」
一瞬意識が途切れそうになった瞬間、悲鳴のような叫びを上げ、俺を傍から支えたのはロミナだった。
「大丈夫!?」
「ああ。ちょっと、気が抜けただけだから」
……あれだけ気丈に振る舞ってくれたけど、やっぱり心配だったんだって、その声でわかる。
ロミナは本当に凄いよな。俺の想いを汲んでくれて、一緒に前を見てくれて。
必死に色々堪えながらもそうしてくれる強さ。やっぱり聖勇女様は違うよ。
「まったく。結局無茶ばっかりしやがってよ」
「ほんにそうじゃ。じゃが、よう頑張った」
「そうね。キュリアもカズトもお疲れ様」
「うん。カズトも、お疲れ様」
そして、こんな俺にもちゃんと労いの笑みを向けてくれる仲間達。
俺はそんな最高の仲間達を見ながら、
「ありがとう」
短い言葉に、ありったけの感謝を込めたんだ。
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