第十六章:果たせない約束
第一話:目覚めぬ王女
「カズト!」
「和人お兄ちゃん!」
俺がゆっくり目を開けると、見えたのは戦っていたであろう部屋の高い天井。
そして、俺を覗き込んでいたアンナと美咲。そして美咲の肩に乗るアシェの顔だった。
二人の涙ぐんだ、だけど嬉しそうな笑みに、俺も自然に微笑み返す。
「悪い。心配、かけたな」
「本当だよ! なんて。良かった、無事で」
ふざけて答えた美咲が笑ってくれる。
そんな光景を見ながら、俺はゆっくりと上半身を起こした。
身体の痛みなんかはない。
けど、それでも少し目眩を感じるのは、精神的に無理をしたからってのもあるんだろう。ま、それでも無事だっただけ儲け物か。
『……キャム』
『やっと目覚めおったか』
と。俺は近くで聞こえたディアとワースの声に、自然に顔をそっちに向ける。
俺の脇で同じように仰向けに寝かされていたキャムが、ゆっくりと目を開けると、それを見守る二人もまた、安堵した顔をした。
『……ごめんね。二人とも』
『いいえ。構いませんよ』
『昔っからお転婆だったしのう。今更じゃな』
『ふん。ワースだっていっつもそうやって、嫌味しか言わないでしょ。ディアを見習ったら?』
『ふん。儂はこれでやってきておるんじゃ。今更変わりなどせぬわ』
互いに小言を言いながらも、顔には笑みを浮かべている。
そして、ゆっくり身を起こしたキャムが、俺の方を見た。
『カズト。ありがとう』
「気にしなくていいさ。むしろディアとワースに感謝してやってくれ。あそこで二人が現れなかったら、今頃俺はここにいないし、キャムを助けることもできなかっただろうしさ」
『うーん。そうだね。ディアには感謝しとく』
『ふん。別にお前に感謝なぞされんでもいいわ』
どこかミコラとルッテのような、犬猿の仲っぽさを感じるやり取り。
だけど、二人も、それを見守るディアも。みんなが浮かべている笑みは、それを楽しんでいるように見える。
きっと親父とお袋も、こんな仲間と辛くとも楽しい旅をしたんだろうな。
……そういえば。
「なあ。ロミナ達は?」
ふと視界に彼女達がいないことに気づき、アンナにそう問いかけると、彼女が憂いを見せた。
「皆様上の部屋で、ミルダ王女を見守っております」
「見守ってって……何があったんだ?」
「それが、未だ目覚めないのです」
「何だって!?」
『……多分、私が彼女の中に宿っていた精霊を、奪っちゃってるから……』
驚いた俺に対し、気落ちした声でそう言ったキャムは、その場で悔しそうに俯いてしまう。
「キャム。その精霊を返す手段はないのか?」
『なくはないけど……まずは彼女の状態を見たい』
「そうだな」
互いに真剣な顔で話をしながら、俺はゆっくり立ち上がった。
……身体の怪我なんかはないけれど、気持ちが重い。疲れが溜まったかのようなぼんやりとした感覚は、俺の心の疲労をはっきりと示している。
けど、俺はザイードやミストリア女王と約束したんだ。ちゃんとミルダ王女を助けて帰るって。
だからこそ、頑張らないと。
弱音をふぅっと吐いた息と共に吐き捨てると、ミルダ王女が囚われていた部屋に視線を向ける。
『ちょっと待って。流石にこの格好のままじゃ、あんまり印象良くないかな』
と、同じく立ち上がったキャムは、そんな事を言うと静かに目を閉じた直後。彼女のどこか女吸血鬼のような妖艶な衣装が光り輝くと、それが彼女の身体の表面を覆うように、別の形に変わっていく。
そして、ものの数秒で形を変えた光が収まると、それはややスカート丈の短い、森の狩人を彷彿とさせる、緑を基調としたワンピースに胸当てなんかを装備した衣装に変わっていた。
魔法少女物の変身シーンを見たような、不可思議な光景。
今までこの世界でこういうのを見たことがなかったからこそ、俺の度肝を抜いたんだけど。
「す、凄い……」
同じ感想を持ったのか。思わずそう漏らした美咲や、何も言えず唖然としたアンナもまた、目を丸くして驚いている。
『えへへっ。これでも創生術師だもん。これくらいできないとね』
『これ、キャム。今はそれ所ではないじゃろうが』
『っと。そうだったね』
気が緩み笑みを浮かべていたキャムも、ワースの言葉にてへっと笑うと、再び表情を引き締める。
『ね、ワース。このくらいだったら、私とカズトを上まで運べるよね?』
『愚問じゃ。そこの嬢ちゃん達はどうする?』
ワースの問いかけに、俺は美咲とアンナ、アシェに顔を向ける。
「二人はここで待っててくれるか? アシェ。お前も」
「はい。お待ちしております」
『ええ。わかったわ』
「和人お兄ちゃん。無理は駄目だからね」
「わかってるよ」
三人共気丈に頷いてくれたけど、最後の美咲の言葉と、じっと見つめてくるアンナやアシェの真剣な瞳には、同じ意味が篭っている気がする。
俺は安心させるように笑ってやると、ワースとキャムに向き直った。
「じゃ、ワース。悪いけど頼む」
『任せよ』
短くあいつが答えた瞬間、視界が一気に変化すると、部屋の少し先に寝かされたミルダ王女と、それを心配そうに見守るロミナ達の姿が見えた。
「カズト」
「カズト!」
それに気づいた王女の傍にしゃがんでいたキュリアとロミナが、急に現れた俺達に向け声を掛けると、他の仲間も一気にこっちに顔を向けた。
寝かされているミルダ王女は苦しげに呼吸をし。はっきりと青ざめた顔をしている。
「悪い。遅れた。状況は?」
「ラフィーの力でも、元気にならない」
「生命回復なども試してみたけれど、苦しそうな状況は変わらないわ」
「
牽制するような鋭い目でキャムを見ていたルッテに対し、隣の彼女は怯む事なく見つめ返す。
『うん。本当はみんなに謝るのが先だと思うけど、今はその子を診させてくれる?』
「おい。そう言ってまた変な事をしねえよな!?」
『大丈夫。カズトのお陰で、もう正気に戻ってるから』
あいつが思わず牽制する気持ちもわかる。
服装や雰囲気が変わったって、相手は派手に一戦交えた相手であり、この状況を生んだ元凶だもんな。
とはいえ、もう歪み合ってる場合じゃない。
「ミコラ。悪いけど俺を信じて、キャムに彼女を診させてくれ。いいか?」
「……まあ、カズトが言うなら信じてやるけどよ。変な真似したら許さねえからな!」
『うん。わかった』
キャムの真摯な返事に、ミコラは渋々納得する。
「ロミナ。キュリア。悪いけど場所を開けてくれ」
「うん」
頷いた二人が立ち上がり場所を開けると、挟むように俺とキャムが王女の左右にしゃがみ込んだ。
少しの間ミルダ王女の顔色を伺っていたキャムが、ゆっくりとその手を彼女の額に当て、静かに目を閉じる。
『……やっぱり……』
みんなが固唾を飲んで見守る中、キャムがゆっくりと目を開くと、口惜しげに唇を噛んだ。
「どうなんだ?」
『やっぱり、私が彼女の精霊を奪っちゃったせいで、凄く弱ってる』
「つまり、精霊を返せば、王女はまた元気になるという事かしら?」
『結論はそう。だけど、そんなに簡単じゃないの』
フィリーネの推論に答えながら、キャムは俺をじっと見つめてきた。
『元々身体に宿っていた精霊達っていうのは、本来その人から離れる事はないの。でも、私が無理矢理
「何じゃと!? それはどうにもできぬのか!?」
『……いいえ』
そう返事をしたものの、少しだけ沈黙するキャム。
そこに後悔があったのか。彼女は俯くと歯痒さを隠さず唇を噛む。
そして、何かを覚悟したんだろう。
『……カズト。力を借りれる? あと、あなたも』
キャムは真剣な目を俺とキュリアに向けてきた。
「何をすればいいんだ?」
俺は敢えて返事を先送りにし、俺達の役割を確認すべく問いかける。
これが俺やキュリアにとって、どこまで危険なものかもわからないしな。
キュリアは、何も言わずにじっと彼女を見つめ返している。
『私がカズトを介して、精霊を彼女に返す。カズトはその精霊達に
「キュリア」
『ありがとう。キュリアはラフィーの力で
「うん。わかった」
キュリアは迷う事なく返事をしたけれど、俺はすぐに答えを返せなかった。
話を聞くだけなら、別段難しい話はないような気がする。
だけど、キャムは唇を噛んだ。
って事は、これは決して簡単な作業じゃないはずだ。
……ま、だからって、引く気はないけどさ。
「わかった。もう一仕事頑張るとするよ」
俺がキャムに笑いかけると、キャムは申し訳なさを見せながらも、何とか笑い返してくれたんだ。
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