第十四話:届けた想い

『何言ってるの!? ふざけないで!』


 キャムの叫びなど関係なしに、俺は語る。


「お前はキャムの味方でいい。ただ、俺は勇者でも魔王でもないけど、俺にも力を貸してくれ。俺があいつの哀しみを忘れさせ、笑顔を取り戻させてやる。あんただって、そんなキャムを見たいだろ?」

『そんなの望んでない!』


 またも殴りかかってくる全霊創生物オールラウンダー

 それを今度はロミナが白く強いオーラを放った盾で強く弾き返すと、またも勢いよく吹き飛ばされた全霊創生物オールラウンダーが背中を床につけ倒れた。


 剣士の技、反撃の盾カウンタークラッシュ

 以前シャリアも使っていた、師匠直伝の技。だけど今のロミナは『絆の加護』もあいまって、一人であの巨大な奴を押し返すだけの威力を見せている。


『……リーファよ。我等とて、夢を見ても良いじゃろ?』

『どうか、カズトに力を』


 いつの間にか俺達の脇に立った、ワースと人の姿に戻ったディア。

 二人の真剣な言葉の後。


『……分かりました』


 そんな、決意の籠った声がした途端。俺の身体が強く光り輝き始めた。

 湧き上がる力。それは、生命や魔力マナや気力を俺にもたらしただけじゃない。

 ……強く感じる、勇者と聖女の血。

 それがはっきりと俺に力を貸しているのが分かる。


 これで万全、といきたいが。

 ここまでの戦いで擦り減った、俺の心だけはどうにもならない。疲れとは違う倦怠感。心が持たなきゃ意識は保てない。

 だから、この戦いで俺ができる技は、次が最後。


『もういい! 皆吹き飛ばしてやるんだから!』


 修復を続けながら、何とか起き上がった全霊創生物オールラウンダーが、両腕を組みこっちに狙いを定める。

 闇のオーラがより強く昂まっている。確かに今までで一番やばそうだ。


 俺は、動こうとするみんなを手で制すると、静かに抜刀術の構えを取り、目を閉じる。

 恐怖はある。だけど、信じるんだ。


 思い出せ。

 俺があの日見せた技を。

 試練を乗り越え、ロミナあいつを救った日のことを。


  ──アーシェ。少しでいい。力を貸してくれ。俺は、お前や親父達、その仲間達の絆を信じてる。だから──。

  ──『分かってる。……私も、あなたを信じてるから』


 心の内で、そんな言葉を交わした俺は、決意を胸に目を開く。


『死んで! 無限の闇砲インフイニットダーク!!』


 キャムの叫びと共に、放たれた闇の波動が迫る。

 ……いくぜ! 親父! お袋!


「勇者と聖女の力よ! 友を救う為、その輝きで闇を祓え!」


 俺の叫びと共に、より強い光を放つ閃雷相棒

 俺はそれを、技に乗せた。


勇気の連斬ブレイブ・スラッシュ!!」


 素早く振るった閃雷せんらいの軌道に合わせ生み出された、ふたつの最後の勇気ファイナル・ブレイブ。その光の衝撃波がクロスし、勢いよく闇の波動に激突した、その瞬間。


『嘘っ!?』


 キャムが驚愕した声を上げるほどあっさりと、光の衝撃波が闇の波動を引き裂きながら、一気に全霊創生物オールラウンダーに迫り、その光が胴体に叩きつけられた。


『きゃあああっ!』


 悲鳴と同時に、木っ端微塵に砕け散った全霊創生物オールラウンダー

 鎧を失い、空中でその身を晒すキャムに向け、天駆けスカイ・ステップで、空を大地のように疾走し、俺は一気に彼女に迫る。


『い、嫌っ! こ、こないで!』


 キャムが見せた強く怯えた表情に、俺の心が強く痛む。


 ……悪いな、キャム。これが最後だから。

 この、親父とお袋の! お前達の仲間の想い!


「と、ど、けぇぇぇぇぇぇっ!」


 俺は空中で閃雷せんらいを抜刀すると、キャムを袈裟斬りにした。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 断末魔を耳にしながら、俺はそのまま落下し床に着地する。


「ディア! ワース!」


 一気に息苦しくなる呼吸を堪え、あいつらの名を叫ぶと、二人は空中で力なく前のめりになったキャムの両脇に現れ肩を貸し、そのまま床に着地する。


 ……届いた、よな?


  ──当たり前よ。あの子達の絆だって、あなた達に負けてないもの。あなたが望んだ物以外、斬れなんてしないわ。


 床に寝かされた、邪悪な雰囲気の消えたキャムの意識はない。けど、確かにその身体には、傷ひとつない。


 ……良かった。

 俺は、刀を鞘に収めると、力なく笑う。


 斬りたい物だけを斬る刃。

 抜刀術秘奥義。心斬しんざんきわめ


 今までに俺は、これを二度使ってきた。

 初めて斬ったのはロミナの悲しみに染まった心。

 次に斬ったのは、アンナの弟、ウェリックの身体に巣食う闇術あんじゅつの力。


 ……正直、必死だ。

 一歩間違えば、誰かを殺める刃。

 だからこそ、未だ柄に掛けたままの手が震えてる。


 ただ、それでも、上手くやれたんだ。

 それなら、良か……った……。


「カズト!?」


 緊張感から解放されたせいか。

 急に俺の意識に靄が掛かったかと思うと、俺は遠くに皆の叫び声を耳にしながら、その場に倒れ伏し、意識を失った。


   § § § § §


『うぅ……うぅ……』


 白い世界の中。

 一人の少女が泣いていた。

 闇に囚われてはいない。だけど、キャムはまだ、泣いていた。


 ……今でも親父達の事で、哀しんでるんだよな。

 俺は彼女に歩み寄り、声をかけようと思ったんだけど。


『まったく。相変わらず泣き虫だな』

『ほんとう。キャム。あなたは笑ってる方が似合うって言ったでしょ?』


 そんな俺の行動を遮るように、聞き覚えのある二人の声がすると、キャムははっと顔を上げ、声の主を見た。

 

 目の前に立つ男女二人を見て、彼女の顔が涙顔のまま、みるみるくしゃくしゃになっていく。

 そして──。


『カズヒト! アイリス!』


 キャムは勢い良く、二人の間に飛び込み、彼らを抱きしめた。


『逢いたかった! 逢いたかった!』

『ああ。悪かったな。勝手にいなくなって』

『ううん! いいの! やっと二人に逢えたんだから!』


 号泣するキャムの背中を、アイリスが愛おしそうに、優しくさする。


『ごめんな。この世界を守るのに、もう俺達にはあれしか残されてなかったんだ』

『ごめんなさい! 私は二人を助けに行けなかった! ずっと一緒にいたかったのに!』

『いいのよ。私達の言うことをちゃんと聞いてくれたんだもの』


 優しい笑みを浮かべる二人に、キャムははっとして顔を上げた。


『でも、これからはずっと一緒だよね? ね?』

『……いや』


 嬉しそうに……いや。懇願するようにキャムがそう口にすると、親父は何かをぐっと堪え。気丈に笑みを浮かべ首を振る。


『何で!? こうやって逢えた! だから私も一緒にそっちに行く!』

『ダメよ』

『何で!?』

『キャムは、生きてるからさ』


 現実を突きつけられたキャムが、一気に哀しそうな顔になる。

 つられて寂しげな瞳をした親父とお袋だけど、それでも笑みを崩さない。


『俺の息子は優しいからな。ディアやワース、リーファやムサシさんを悲しませないよう、お前を助けてくれたんだ』

『でも!』

『……大丈夫。一緒にいられなくても、私達はずっと見てる。笑顔で元気なキャムの姿を。ね?』


 必死にわがままを言い食らいつこうとしたキャムだけど、それ以上言葉に出さず、無理矢理言葉を飲み込み、目を伏せる。

 ……きっと、分かってたに違いない。

 それでも、希望に縋ろうとしたんだろう。


『……この世界が滅ぼされなくって、本当に良かったよ』


 ぽつりと、親父が言うと、力なくキャムが顔を上げる。


『この世界には、お前やみんなと過ごした、沢山の想い出がある。時代が変わり、景色も変わってきてるけど。それでも、お前達と過ごせたあの冒険は、俺の宝物だから』

『……本当に?』

『勿論。だから、お前にはこれからも護って欲しいんだ。ディアやワース。ムサシさんと一緒に。俺達みんなの想い出の場所をさ』


 頭をくしゃくしゃっと撫でた親父に、ぎゅっと歯を食いしばったキャムは、腕でゴシゴシと涙を拭う。


『……うん。約束、破ろうとしてごめんね』

『いいのよ。お別れの挨拶もできなかったし、寂しがらせちゃったものね。ま、ちょっとお転婆が過ぎたけど、今回は許してあげる』

『……むぅ。アイリス。そうやって子供扱いするのはやめてよね』

『はっはっはっ。確かにもう、お前は立派な大人だもんな』


 お袋が悪戯っぽくそう口にすると、キャムはわざと不貞腐れてみせ、それを宥めるように親父が言った言葉を合図に、三人が笑う。

 ……三人が仲間だったのを象徴するような光景に、俺も自然に頬が緩む。


『キャム。最後にもうひとつ、頼みがある』

『何?』

『悪いが、カズトを助けてやってくれないか?』


 そういって親父が俺に視線を向けると、お袋とキャムもこちらに顔を向けてくる。


『あいつは俺に似て、夢見がちだし諦めが悪いから、すぐ無茶をするんだ』

『おい親父。そういう言い方はないだろ?』

『あら。そうやって皆さんを随分と泣かせたでしょ? ちゃんと見てるのよ』

『あー分かる分かる。この子が万霊術師なのを知った時思ったもん。カズヒトと同じ無茶をしたんだなって。ほんと、親子でそっくり』

『んぐ……。キャム、それ以上は言うな』


 図星だったのか。

 言葉を返せない親父が苦虫を噛んだような顔になる。

 何か、思ったより表情ある人だったんだな。もっと勇者らしいと思ってたのに。

 そんな事実を知り、くすりと笑っていると、お袋がゆっくり俺に歩み寄ってきた。


『カズト。ごめんね。母親らしい事、何もしてあげられなくて』

『……いや。十分だよ。ありがとう、お袋』


 俺をぎゅっと抱きしめて、涙声になるお袋。その感触に、俺もゆっくり抱きしめ返す。

 そんな光景を見ていた親父が、キャムと並んで、笑いながら俺の方に歩いてくる。


『結局お前には、苦しい想いばかりさせたな』

『気にしなくていいって。お陰で俺の仲間達も護りきれたし。こうやってキャムも助けてやれたしさ』


 少し名残惜しそうに、母親が俺から離れ、俺の前に立った親父が、俺に手を伸ばす。


『そろそろお別れだ。まあ、ずっと見守ってるし、またその内逢えるかもしれないけどな』


 俺は手を重ねると、親父の手をぎゅっと握る。


『ありがとう。お袋と仲良くな』

『心配するな。ああ、ちなみにお前の彼女が誰になるか、楽しみにしてるからな』

『ぶっ!!』


 おいおいおいおい!?

 こんな時に何言ってんだよ!?

 俺が盛大に吹いたのを見て、三人が顔を見合わせ笑う。


『確かに、案外モテるみたいだものね』

『そ、そんな事あるか!』

『あ、モテないんだ? じゃあ私が彼女になってあげよっか?』

『そういうお節介も要らないっての!』


 俺が不貞腐れそっぽを向くと、またも三人がくすっと笑う。


『……じゃあな。二人とも。ワースやディアにも、よろしく伝えてくれ』

『元気でね』


 ふっと白い世界がより白く染まり始め、二人の姿がそれに飲み込まれていく。


『……カズヒト。アイリス。またね』


 一緒に白の世界に溶け込む、キャムの姿と震えた涙声。


『……またな。親父。お袋』


 俺もまた、キャムと同じ願いを口にして。

 それぞれが、白い世界に消えていったんだ。

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