第四話:精霊界

「よし! そうと決まれば、さっさとキャムの所に行こうぜ!」


 話がまとまったと言わんばかりに、ミコラが隣で勢いよく立ち上がり、俺も釣られてゆっくりと立ち上がる。

 身体はまだ少し重いけど、頭は逆に冴えている。これならやれるだろ。


「皆は大丈夫か?」

「私は大丈夫」

「うん」

「この程度の疲れ、どうにでもなるわい」

「そうね。貴方が行くというなら構わないわ」

わたくしも、問題ございません」

「私も大丈夫だよ。和人お兄ちゃん」

「分かった」


 疲労がないわけない。でも、誰一人根を上げずに頷いてくる。

 頼もしいな、やっぱり。

 そんな事を思いながら、俺も頷き返す。


「カルディア。セラフィ。キャムの元に行くにはどうすりゃいいんだ?」

『暫し、そこで待て』


 俺がカルディアとセラフィにそう促すと、二人は俺達に背を向けると、部屋の中央に移動し、俺達が乗ってきた円形の床があった場所を挟むように立つ。


『精霊達よ。道を開け』


 セラフィがそう短く口にすると、そこに光で円が描かれた後、見慣れない魔方陣が形成されていく。

 八つの色に染まった光が複雑に模様を描き、その動きが止まった瞬間、その魔方陣は一度、眩い輝きを見せた。

 そこに生まれた魔方陣。転移陣って訳じゃなさそうだけど……。

 俺は、そこに感じる予想外の力に、思わず茫然とした。


「これ、精霊の、力?」


 目を丸くしたキュリアがそう尋ねると、カルディアとセラフィがこちらを向き頷く。


『そうだ。これは精霊門』

「精霊門じゃと?」

『はい』

「ルッテ。知ってるのか?」

「いや。精霊達の世界がある話こそ知っておるが、門の存在までは知らぬ」


 驚きを隠せないルッテ。

 確かに俺もこの世界に来て、そんな門の存在は知らなかったからこそ、同じ顔をしてしまう。


『この世界には、人々が住む人間界とは別に、精霊達の住む世界があるのです』

『これは、人間界と精霊界を繋ぎ、人が向こうの世界に踏み込める、特殊な転移門』

「そんな門があるなんて。世の中まだまだ知られざる謎が沢山あるのね……」

「確かにな……」


 驚嘆するフィリーネに、俺も思わず相槌を打つ。

 精霊界に踏み込める、特殊な転移門……。

 説明を聞いても実感が湧かず、未だしっくりとはこない。ただ、転移門って事はきっと、四霊神であり転移の宝神具アーティファクトであるワースが生み出したであろう事だけは、容易に想像できる。

 ほんと。あいつも癖は強かったけど、本当に凄い奴だったんだな。


『この門を潜り、向こうの世界を通じ、マスターの元に向かえ』

「精霊界から? だけど、人間界に戻るにはどうすりゃいいんだ?」

『もうひとつの出口は、精霊達が導いてくれるはずです』


 相変わらず淡々と話す二人。

 だけど、何となく今までより、向けてくる表情に真剣味が強くなっている気がする。


 ……精霊門を潜り、精霊界を抜けた先で、ついに決戦か。

 それを肌で感じ、身が引き締まる思いがする。が、それで緊張して固くなってちゃ、元も子もないからな。


 俺は目を閉じると、胸に手を当て、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 ……よし。


「あっちの世界に移動するには、魔方陣に乗りゃいいのか?」

『それで良い』

「分かった。皆、行くぞ」


 肩越しに皆を見ると、ロミナ達も頷く。

 そして、俺達はカルディア達に促されるまま、光る魔方陣の上に立った。


『光導きし者よ。どうか、マスターを頼む』

「ああ。じゃあ、門を開いてくれ」

『はい』


 俺に促され、セラフィが聞き慣れない、何の言語かも分からない術を唱え始めると、床の魔方陣が少しずつ輝きを強め、眩い光を放つ。

 それにより、魔方陣の外の景色が白んでいき、別の世界が薄らと重なり、色濃くなっていく。

 そして次の瞬間。俺達がいたはずの世界は完全に掻き消され、目の前にはまったくの別世界が広がった。


「うわぁ……すごく綺麗……」

「凄くファンタジーって感じがしますね!」


 ロミナや美咲が感嘆の声をあげる。確かに広がったのは、目を奪われるような鮮やかな異世界だった。


 心地良い風が吹く、草木が広がる大地。争うような気配も見せず、その辺を自由に歩き回る動物達。

 近くに見える大きな湖と、それを囲うように鮮やかな色で燃え盛る炎の柱。

 青空の元、空には多くの光や花びら、水泡や氷の結晶が浮かび、優しい風に流されてふわふわと漂っている。


 ぱっと見れば、大自然の中の一齣ひとこま

 だけど、炎が近くの草木を燃やすような事は起きていないし、ふわりとてのひらに乗った氷の結晶は、溶ける事なくそこに留まり続けている。


「ここが精霊界なのでしょうか?」

「みたいね。普通じゃあり得ない景色が広がっているもの」

「そうじゃな。この結晶が溶けんのも、炎が周囲を燃やさんのも、精霊同士が争っておらぬ証拠であろう」


 てのひらに乗った結晶をまじまじと眺めながら、ルッテがそんな推測をする。

 確かに、そう言われればこの不可思議な状況も納得か。


『わー。人間さんだー』


 と。ふと気づくといつの間に現れたのか。

 小さな精霊らしき存在が、俺達に興味を示し近づいてきた。


 基本は人を形取ったような姿だけど、その身体は炎だったり、氷や土だったり。精霊王同様、それぞれの精霊を象徴する属性で出来ているようだ。


『ねえねえ、何処から来たの?』

「人の、世界」

『わざわざあっちから来たの?』

「うん」

『へー。ここは滅多に人なんて来ないんだー』


 囲まれた精霊達に、キュリアが何時ものように淡々と返事をしているけど、それを見たミコラは思わず首を傾げる。


「なあキュリア。誰と話してるんだ?」

「精霊達」

「は? そいつらと話せるのか?」

「うん」

「水の球とか、小さな竜巻とかにしか見えないですけど……」

「そうですね。声らしき物も聴こえませんし」


 不思議そうに、キュリアと精霊のやり取りを見てるミコラや美咲、アンナだったけど、そんな反応にもなるだろう。

 俺も今まで、こうやって精霊の声を聞いた事はなかったけど、万霊術師として精霊王達の力を借りれるようになったお陰で、彼等のちゃんとした姿が見え、その声も聴こえるようになって、やっと認められるようになったしな。


みんな。精霊門、知ってる?」

『うん。でも、さっき閉まっちゃったよ?』


 キュリアに尋ねられた精霊達は互いに顔を見合わせると、そんな言葉を返してきた。

 閉まったってのは、俺達が来た門の事か。


「俺達が来た門は閉まっちゃったけど、他の門があるって聞いたけど、知らないかな?」


 俺は無意識に子供に語るように、キュリアと話す精霊達に質問したんだけど、返ってきた言葉は、予想に反した言葉だった。


『あったけど、そっちもさっき閉まっちゃったよ』

「は? 何だって!?」


 きょとんとした感じで答えた精霊の言葉に、俺は思わずそんな声を上げ、キュリアと顔を見合わせてしまう。


「どうしたの? カズト」

「いや、精霊達に聞いたら、もう一方の精霊門も閉まったって」

「え? それじゃ私達、ここからどうやって向こうの世界に戻るの?」


 ロミナの表情が、俺の答えを聞き困惑した表情になる。

 勿論、そうなった彼女だけじゃない。皆、互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せていない。


「消えた門、案内、できる?」

『うん。付いてきてー』


 とてとてっと可愛らしく走り出した精霊達に続き、俺達も歩き出す。


「おいおい。まさか俺達、カルディア達に騙されたのか?」

「可能性がないとは言えないわね」

「でも、さっきまでのカルディアさん達から、そんな感じは受けませんでしたよ?」

「確かに。カズト達が試練に挑んでいる時も含め、怪しい気配はございませんでした」

「ここまで見事に本心を隠し、行動しおったか?」

「でもそれなら、試練の段階で、もっと邪魔出来たんじゃないかな?」


 先頭を歩く俺の後ろで、皆が色々な憶測を語る。

 確かにあいつらと出会ったのは、ミルダ王女が拐われた時。

 俺を試すように敵対したあいつらは、光導きし者を導く為、ミルダ王女を拐ったと言い、マスターであるキャムを助けろと言った。


 ここまでで見ると、味方になってくれている機会は多い。

 だけど、同時にあいつらは俺と戦った事もあるし、ミルダ王女を拐う行為は、どう考えても敵対行動にも感じる。

 あいつらは味方じゃないのか? 実は敵だったのか?


 俺もまた頭の中に浮かぶ疑問に囚われたまま、何も言わずにただ歩いた。

 心にある、そんな不安と葛藤しながら。

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