第三話:カズトの想い

「え?」


 そんな声を漏らしたロミナを始め、皆の視線が集まる中、俺はゆっくりと推論を語る。


「本当は、勇者と聖女を助けたかった。だけど、それができず見殺しにした。そのショックで、彼女は心を閉ざした……」

『……そうよ』


 俺の言葉に、アシェは真剣な顔で相槌を打つ。


『キャムは森霊族とはいえ、年齢はとても若くって、それこそ子供みたいな所があった。だから、面倒見が良くて優しい二人にとても懐いていたし、勇者と聖女の事が大好きだった。本当は四霊神になんてなりたくなくって、二人と一緒にいたがってた。だけど、二人に頼まれて、仕方なくそれを引き受けたの』

「もしかして、カルディアとセラフィが勇者と聖女の格好をしてるのも、そのせいか?」


 俺の疑問に、名前を口にされた二人は静かに頷く。


『そうだ。勇者と聖女は、自分達と離れていても寂しくならないようにと、マスターが生み出した、彼等を模した我々に、その装備を与えてくれた』

『ですが、私達もまた、マスターに仕える者。勇者と聖女を助ける為、いにしえの勇者と聖女に手を貸す事は許されず。他の四霊神もまた同様に、二人を見殺しにする事しかできませんでした』

「四霊神同士は、互いに会ったり慰め合ったりしなかったのか?」

『生前は、勇者様達や四霊神の皆様とも、度々交流がございました。ワース様の転移の力をお借りし、皆で集まり団欒をなされたりしておりましたから』

『だが、勇者と聖女を失い、心を閉ざしたマスターは、蜃気楼の塔と共に、その気配を断ったのだ。以降、四霊神ですら、この塔に訪れる事はできていない』


  ── 『……何で死んじゃったの? 何で私を置いて行ったの? 私は、ずっと、ずーっと、二人と……皆と一緒にいたかったのに……』


 ふと白昼夢で見た、少女の哀しき言葉を思い出す。

 彼女はきっと、自分が助けられなかった事も、親父とお袋が死んでしまった事も悔いて、心を閉ざしたのか……。


「今、この塔を覆う闇の力は、キャムとやらの悔恨かいこんの念がもたらしおったものか?」

『はい。我々が闇の力を持っているのも、マスターより流れ込んでくる力によるものです』

「貴方達は、その力に抗っているというの?」

『いや。マスターの意思は絶対。指示があれば抗いなどできぬ。ただ、マスターは心を閉ざして以降、目覚めるのはたまのひと時だけ。それ以外は己の意思で動くことができる』

「今、キャム、目覚めてないの?」

『はい。とはいえ、次に目覚めた時には、マスター自らの意思で、蜃気楼の塔を使い、この世界を滅さんとするでしょう』


 改めて現状を知り、改めて世界の危機を口にされ、俺達は皆、言葉を失った。

 フィラベの国を救うって話が、気づけば世界を救ってくれって話になれば、そうもなるだろう。

 

「ミルダ王女を攫ったのも、世界を滅ぼす為なの?」


 ロミナが静かにそう尋ねると、カルディア達は、やはり同時に頷く。


『残念ながら、マスターの考えまでは分からぬ。が、あの王女に宿りし精霊達の力を、何らかの形で利用しようと考えているはず』

「つまり、ミルダ王女を救う事は、世界を救う事に繋がるかもしれない、という事でしょうか?」

「確かに。そうかもしれないわね」


 アンナの推測に、フィリーネが頷く。

 確かに、何かその力を利用としているのなら、辻褄は合いそうな気がする。

 とはいえ、相手は四霊神。どんな力を持っているか分からない以上、簡単にはいかないだろう。


 ……心を閉ざし、闇に覆われたキャムの目を覚まさせればいいのか。

 それとも、彼女を殺してでも世界を救わないといけないのか……。


『……私からこんなお願いなんて、酷い話かもしれないけど。カズト。ロミナ達と共に、世界を救ってほしいの』


 俺が考えあぐねていると、珍しくアシェが真剣な瞳で、そんな事を口にする。


『我々からも頼みたい』

『どうか、マスターをお助け下さい』


 カルディアとセラフィもまた、俺達に向け頭を下げてきたけど、俺はそれぞれの言葉の重みの違いに気づいていた。


 カルディア達からすれば、マスターを助けて欲しいってのは言葉通りだ。

 だが、アシェは敢えてこう口にした。

 と。

 それはつまり、キャムの生死を問わないって事。


 俺は、そんな三人の言葉に、すぐに答えを返せなかった。

 勿論、この先戦う覚悟はできている。

 だけど、親父やお袋、ディアやワースの仲間だった彼女を殺せと言われた時、どうすればいいのか。まだ決断できなかったからだ。


 アシェのいう事は最もだ。情にほだされ迷いを見せ、それで世界が滅んじゃ元も子もない。


 だけど……俺は、皆の大事な仲間を殺せるのか?

 俺は、そこまでの覚悟を持てるのか?

 親父とお袋だったら、そこまでの覚悟をするのか?


 そんな迷いを見せていると。


「つまりよ。キャムって奴をぶん殴って、正気を取り戻させりゃいいんだよな? 簡単じゃねーか。ふわぁ〜」


 突然、寝かされたまま眠っていたはずのミコラが、すくっと上半身を起こし、大きな欠伸をした。


「ミコラ。お主何時の間に目を覚ましおった!?」

「あー。ついさっき。何かごちゃごちゃ話し声が聞こえてきてよ。あ、キュリア。もう大丈夫だ。術を解いていいぜ」

「うん。『ラフィー。帰って』」


 キュリアの言葉に従い、生命の精霊王ラフィーはすっと姿を消し、ミコラを覆っていた光も霧散する。

 あぐらに座り直すと、肩や腕を回し、自身の動きをマイペースに確認したミコラは、「よしっ」と納得したように独りごちると、俺に顔を向けた。


「なあ、カズト。お前は、キャムって奴を助けたいんだよな?」

「あ、ああ」

「だったらそれでいいんだよ。変に考え込むなって。な?」


 今までの重々しい空気なんてなかったかのように、こいつは笑顔で俺の肩をパンっと叩く。

 だけど、こんな楽観的な意見があっさり通るかと言えば……。


「ミコラ。幾ら何でも考えなし過ぎるわよ」


 そりゃ、そう言われるよな。


「相手は四霊神。しかも闇の力まで持っているわ。それこそ、心の闇を祓えなければ、最悪の事も考えなければいけないのよ?」

「そうじゃ。お主の楽観的な性格も、ここでは命取り。もう少し考えよ」


 戒めるように口にされた、フィリーネとルッテの厳しい言葉。

 だけど、ミコラはカッとなる事もなく、真剣な瞳を二人に向けると、さらっとこう言ってのけた。


「フィリーネ。ルッテ。だったら残ったっていいんだぜ」

「は!?」

「何を言うておる!?」


 予想外の言葉に目を丸くした二人に、ミコラは表情を変えずに語る。


「いいか? どうせカズトは色々考えたって、最後にはこう言うぜ。『俺は皆を助けたい』ってな。だったら、最初っからそのつもりで行動した方が、迷わなくていいじゃん。それに、俺はちゃんと胸張って、こいつと一緒に並んで立ってたいからよ。不利だとかそんなもん関係ねえ。俺は、死ぬ気でこいつが頑張るってなら、同じ想いを背負って戦うぜ」


 そこまで言い切ったこいつは、次の瞬間、してやったりと言わんばかりにニヤリとすると、露骨に肩を竦めて見せた。


「ま、すぐに効率ばっかり考える、頭でっかちの二人じゃ無理だよなー。なあキュリア。お前はどっちに付く?」

「私、カズトと皆、助ける」

「ロミナは?」

「私も、カズトと一緒に並んでても、恥ずかしくない自分でありたいから。カズトと一緒に行くよ」

「アンナ、ミサキ。お前達はどうだ?」

わたくしも既に、どんな戦いであっても、カズトと共に参る覚悟をしておりますので」

「わ、私も! 和人お兄ちゃんと一緒に戦うんだもん。お兄ちゃんがどんな決断をしても、一緒に戦うから」


 予期せぬ形で皆の心意気を聞き、俺は唖然とした。

 ミコラの言葉は、正直買い被り過ぎだ。

 俺だって、仲間の命と戦いの結末を、天秤に掛ける事だってある。

 だから、不安を見せる仲間に残っていいぞと口にし、戦えない美咲に残れと言ってきたんだから。


 実際今だって、迷いを見せたのは同じ理由だ。

 皆付いていくって言うなら、その上で決断すべき事もあるしな。


 だけどミコラは、そんな俺の心の奥底を見抜いていた。

 きっと俺はこいつが言った通り、己の想いを譲れない。

 俺が死ぬかもしれなくても、仲間を護り、助けるべき人を助けたい。きっとそう思ってしまうって。


「へっ。皆、分かってるじゃねえか。でも、ルッテとフィリーネはこう思ってるんだよな? カズトがミルダ王女を見捨てて、キャムを殺して世界を救うってよ」

「べ、別に思わないなんて言ってないし、付いて行かないとも言っていないわ。ね? ルッテ」

「そ、そうじゃ。それに今のはお前の勝手な予想じゃ。カズトの言葉ではあるまい」


 慌てて取り繕った二人の言葉に、一気に皆の視線が俺に注がれる。

 仲間だけじゃない。動向を見守るアシェやカルディア、セラフィまでも、こっちに真剣な瞳を向け答えを待っている。


 ……ったく。

 ふっと少しだけ笑った俺は、頭を掻く。


 ミコラの奴。ほんと俺をよく分かってるよ。

 そして、お前のその前向きさが、俺の背を押してくれるんだ。


「フィリーネ。ルッテ。お前達の考えは正しいと思ってる。全てを助けるなんて綺麗事だし、それだけの危険やリスクを伴うのも分かってる。……でも、俺はそれでも、後悔しない為に、出来る限りの事をしたい。本当に最悪の決断が必要な時は、俺が決める。ただ、それまでは悪いけど、俺のわがままに付き合ってくれないか?」


 俺がそう口にすると、フィリーネとルッテは互いに視線を交わした後、俺にあいつららしい笑顔を向けてくる。


「……そうね。ミコラに煽られたのは癪だけど、どうせ私達も貴方の想いを無碍になんてできないわ」

「そうじゃな。我もまた、お主とずっと共にありたいと願っておる。ならば、覚悟しようぞ」

「ありがとう。皆も」


 俺が皆に視線を向けると、思い思いの表情のまま頷いてくれる。

 ……やっぱり、このパーティーは最強で最高のパーティーだよ。

 本当に、ありがとな。

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