第二話:古《いにしえ》の歴史

『マスターであるキャム様は、元々いにしえの勇者一行として旅をし、魔王軍と戦いました』

『勇者と魔王。互いが手にした宝神具アーティファクトを利用した戦いは、この再生の宝神具アーティファクト、リーファを魔王軍から奪った事で一気に戦況が覆り、結果勇者と人間達が、この戦いを制する事となった』

「つまり、その頃から今まで、キャムは生きているって事だよね?」

『そうだ』

「それは何故じゃ? あの戦いは千年以上前と聞くが。キャムは亜神族か?」

『いえ。森霊族にございます』

「それ、おかしい。私達、そこまで、長生きじゃない」


 確かにキュリアの言う通りだ。

 亜神族でも、ディアやルッテは永き時を生きる龍の地を引いているからこそ、そこまで生き続ける可能性はある。けど、森霊族は長くても百五十年程しか生きられないんだ。

 普通に考えても、この時代にまで生き残れるはずがない。


「つまり、四霊神となったからこそ、永遠の命を得た……という事でしょうか?」


 アンナが神妙な顔でそう尋ねると、カルディアは頷いて見せる。


『命を落とさないわけではございませんが、歳を取る事による老いは殆どなく、永遠の命とも言える時間を得られたのは、絆の女神アーシェより、その力を与えられた為です』

「は? アーシェが与えた力!?」


 四霊神だからこその長寿は予想通り。だけど、その力を与えたのはアーシェだと知り、俺達は目を丸くすると、唯一きょとんとしている美咲の肩に乗っている、アシェに目をやった。


 流石に突然名前を口にされたアシェもまた、少し驚いた顔をしたけど、流石に観念したのか。ため息をくと、渋々語り出す。


『そうよ。四霊神という存在を生み出したのは、私』

「どうしてそんな事をしたんですか?」


 素直な美咲の質問に、少しだけ言い淀んだ彼女は、少しバツが悪そうに、少しずつ話し出した。


『それは、いにしえの勇者達が、自ら決めたからよ』

「皆が、自分達で、決めたの?」

『ええ。宝神具アーティファクトは世界を変えるだけの力があるわ。誰の手に渡っても危険な存在と理解したからこそ、いにしえの勇者と聖女の仲間四人に、宝神具アーティファクトを守護するだけの力が欲しいと提案してきたのよ』

「なぬっ!? つまりそれは、母上やワースもまた、いにしえの勇者の仲間じゃと言う事か!?」

『……ええ』


 言いたくはなかったのか。俺達から目を伏せるアシェ。

 皆は予想外の事に愕然とし、言葉を失ってる。

 まあ、そりゃそうだろうな。

 俺にとっては予想の範疇だけど、皆にはそこまでの話もしていなかったしな。


 ……だけど、待てよ。


「アシェ。じゃあ何でいにしえの勇者と聖女は、四霊神にならなかったんだ? 四霊神という名前からすれば、仲間は四人。だけど、結果として、勇者と聖女はそこに含まれていないよな?」


 俺の素朴な疑問に、何も言葉を返さず、目線を逸らしたままのアシェ。

 よっぽど話しにくい事なのかと考えていると、カルディア達が代弁するように、ゆっくり語り始めた。


宝神具アーティファクトが認めた者しか、守護者となれなかったからだ』

「どういう事だ?」

『四霊神は、絆の女神であるアーシェの力を借り、宝神具アーティファクトの力の一部、またはその全てを借りれるようになりました。とはいえ、それは四人がそれぞれの宝神具アーティファクトに、それぞれの持つ力を認められたからこそ。強大な力を誤ることなく操る事ができるからこそ、宝神具アーティファクトもまた、彼等四霊神に力を預けられるのです』


 ……ん?

 俺はこの言葉に、強い違和感を覚える。


「でも、それだったらおかしくないかな? いにしえの勇者や聖女も、強大な力があったからこそ、魔王を倒せたんだよね?」


 そう。ロミナが口にした通り、勇者や聖女の力はとてつもないもの。

 それこそ四霊神の条件に合致するはずだ。

 その言葉に、カルディアが続きを話そうとした時。


『カルディア。ここから先は、私が話すから』


 それを遮ったのは、沈痛な面持ちを見せたアシェだった。

 こいつがこんな顔をしたのは、何時以来だろう。そう思う痛々しさに、何となく不安を感じていると、彼女の話が始まった。


『……当時の勇者と聖女はね。聖剣の加護なんてない中で、戦っていたのよ』

「……は!?」


 これに驚いたのは俺だけじゃない。美咲を除く皆が、同時に目を見開き驚きを示す。


『聖剣シュレイザードは、正しくは魔王との決戦を終えた後、二人が亡くなってから生まれた剣なのよ』

「ちょ、ちょっと待て。アシェ。幾ら何でも話が飛躍しすぎだ。大体いにしえの勇者だって、最後の勇気ファイナル・ブレイブのような技を使ってたんだろ!?」

『ええ、使っていたわよ。あなたと同じように、生身でね』


 生身で。

 俺はその言葉にはっとする。

 最後の勇気ファイナル・ブレイブも、勇気の連斬ブレイブ・スラッシュも、聖剣を持たない俺が放つだけで、身体に恐ろしく負担がかかる代物だった。

 それを、聖剣もなく放ち続けたってのか!? だとしたら……。


「まさか……それで、力を失った……」

『……そうよ』


 アシェは俺の心の内に気づいたんだろう。

 とても寂しげな瞳を向けてきた。


いにしえの勇者にも、勇者としての力はあった。でも、手にした長剣ロングソードは良い武器だといっても、今のシュレイザードのような、強大な力を制御できるほどの力なんてなかった。だからこそ聖女が存在したの。勇者がその力で傷つくのを癒やし、時に受け止めるために』

「受け止めるためじゃと? まさか聖女とは、勇者が己の力で負った傷を肩代わりする器じゃったとでもいうのか?」

『……まあ、そんなものね』


 つまり、親父とお袋は文字通り、その生命を燃やし、その生命を削り、魔王から世界を救ったってのか……。

 俺はあまりに過酷な現実を知り、言葉を失ってしまう。


『だからこそ、四霊神にはなれなかった。確かに魔王を倒したけれど、既に勇者も聖女も身体はボロボロ。とても宝神具アーティファクトに認められ、力を受け入れられるような状況じゃなかったのよ。そして、それを知っていたからこそ、仲間達にその役目を託し、彼等以外の四人が四霊神となったわ』


 ふぅっとため息をき、アシェは何処か遠い目をする。


宝神具アーティファクトの強大な力を悪用されないよう、守護する存在となった四霊神。ただ、その存在も多くの者の目に触れ、知られてはいけない。それで、勇者と聖女以外の仲間は、表舞台を去った。それぞれが世界の何処かに身を潜め、宝神具アーティファクトである蜃気楼の塔もまた、その存在にたどり着けないよう、世界を転々としたの。世界に残った勇者と聖女は、世界を救った感謝と共に、小さな国を与えられ、そこで二人は結婚し、子供を産み、幸せに暮らそうとしていたけれど……そんな夢は、すぐに崩れ去ったわ』


 その先にある哀しき過去。

 脳裏にその瞬間を思い出した俺は、無意識に口を真一文字につぐむ。


「何があったというの?」

『魔王軍の残党の襲撃よ。建国された場所に、ほんの小さな、隠された魔伏点デモニア・コードがあるなんて、誰も気づいていなかった。魔王がいない今、発動することなんてないと思った魔伏点デモニア・コード。それを魔族達が同族を贄とし、無理矢理発動し、国を襲ったの。それがきっかけで、その国は攻め滅ぼされ、勇者と聖女も住んでいた神殿で追い詰められたのだけど。そこで、己の最期の力で、攻め入ってきた魔族全てを倒し、そこにあった魔伏点デモニア・コードを、聖域の陣で封じたのよ』

「まさか、聖域の陣というのは……」

『……ええ。贄を使った魔伏点デモニア・コードを封じる為には、聖人達の命の犠牲が必要。それを最初に具現化したのが、勇者と聖女だったわ』


 ……あの時、親父達は命を失う覚悟で、世界を護る道を示したってのか……。

 夢であの光景を見た時の後悔が心に去来し、感極まって目が潤んでしまう。


「勇者と聖女の危機に、仲間である皆さんは駆けつけなかったんですか?」

『ええ』

「どうしてですか? 仲間だったんですよね?」

『……それは、いにしえの勇者と聖女が交わした盟約のひとつとして、皆で決めたからよ。世界で何が起きようとも、四霊神は世界に関与はしない事。それは魔王により世界が危機を迎える可能性があっても、より強い力を渡してしまい、世界を取り戻すことができない。そんな事にならないように交わした盟約だった。だから、彼等に永遠に近い命を授けたの。ともに存在する宝神具アーティファクトから力を得て、永き時、宝神具アーティファクトを護り続ける為に』


 美咲の言葉に、アシェが語った言葉。

 それは俺も知っていた。そして、その足枷こそが、親父達を見捨てるしかない状況を生んだのか……。

 皮肉過ぎる展開に、俺は何とも言えない気持ちになったんだけど。その中で生まれたある感情にはっとすると。


「だからキャムは……心を閉ざしたのか?」


 思わず、独りごちるように、そう呟いたんだ。

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