第十五章:叫びと叫び

第一話:皆で共に

「和人お兄ちゃん!」


 俺達が真っ暗な回廊を抜け、元の部屋への入り口を潜ると、それに気づいた美咲が俺に駆け寄って来た。

 他の皆も俺達二人を見て、改めてほっとした顔をすると、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 美咲の首にいたアシェもまた、愛らしい顔をこっちに向け、少し不安げな表情を見せた。


「怪我は大丈夫?」

「ああ。心配かけたな」

「ミコラさんは?」

「まだ寝てる。悪いがちょっと休ませたいから、バックパックから毛布を出してくれ」

「うん」


 俺の指示に従い、美咲は背負っていたバックパックを下ろし、寝床の準備を始める。


「ロミナもお疲れ様。疲れはない?」

「ありがとう、フィリーネ。私は大丈夫だよ」


 フィリーネの労いの言葉に、ロミナも笑顔でそう返したけど。


「ですが、顔がお赤いようですが……」


 と、めざといアンナが心配そうにそう口にする。

 まあ、さっきの話もあるけど、勿論あの話は二人だけの会話。口になんて絶対にしない。


「あ。ば、バレちゃった? 本当はもう少しごまかせるかなって思ったんだけど。やっぱりちょっと疲れてて」


 テヘッとごまかすように彼女が笑うと、フィリーネとルッテが顔を見合わせ、肩を竦め笑う。


「まったく。そういう時は素直に言いなさい。その辺に座って。命気瞬復めいきしゅんふくを掛けるわ」

「う、うん。ありがと」


 少し身を小さくしたロミナがその場にしゃがみ、足を崩して座ると、フィリーネがすぐさま聖術、命気瞬復めいきしゅんふくをかけ始めた。


「お兄ちゃん。準備できたよ」

「ああ、分かった」


 俺もまた、美咲の作ってくれた寝床の近くに腰を下ろすと、ミコラをそこにゆっくりと寝かせてやる。

 未だすやすやと寝息を立てている彼女は、夢でも見ているのか。幸せそうな寝顔を見せている。

 ミコラを挟み、向かい側にしゃがんだルッテとキュリアは、じっと彼女の寝顔を覗き込む。


「見れば見るほどムカつく笑顔じゃのう。呑気に眠りおって」

「うん。ムカつく」


 冗談じみた呆れ笑いのルッテに対し、ミコラの頬を何度かつついたキュリアが、少しむっとして頬を膨らませている。

 こいつのこの顔は、本気でムカついてそうだな、なんて思ってたんだけど。


「カズト」


 と、突然彼女は俺に、真顔を顔を向けてきた。 


「ん? どうした?」

「後で、抱っこして」


 おいおい、まさかそっちでムカついてたのかよ……。

 俺は苦笑と共に、思わず頭を掻いてしまう。


「ったく。この戦いが一段落したらな」

「……いいの?」


 俺が素直に受け入れると、あいつが逆にきょとんとする。


「カズトよ。本気で言うとるのか?」

「ん? ああ。ちょっと気恥ずかしいけど、別に減るもんじゃないしな。その代わりと言っちゃなんだが、ミコラに生命治癒ヒーリングを掛けてやってくれ。こいつも相当無茶をしてたし、身体を痛めてるはずだからな」

「うん。分かった。『ラフィー。力を貸して』」


 俺の言葉を聞いて、にこにこ顔に変わったキュリアが、すぐさまミコラに精霊術、生命治癒ヒーリングを掛け始める。

 ったく。こいつも案外現金だよな。


「カズト。何かございましたか?」


 俺の行動を不思議そうに見ていたアンナが、俺の隣に腰を下ろすと、おずおずと問いかけてくる。


「いや、別に。何かあったわけじゃないけどさ。そろそろ決戦が近いだろ? だから、前を向いておこうって思ってさ」

「前を向く?」


 美咲もまたミコラの足元で腰を下ろし、皆が彼女を囲むように座ると、俺がぐるりと皆を一瞥する。

 仲間達。そして、幻獣アシェ。


 ……ここにいるのは、俺の無茶を聞き入れ、俺と共にいてくれる最高の仲間であり、見守ってくれる女神様。

 絶対に失いたくなくて、絶対に信じたい奴等だから。

 

「……いいか? 試練を受ける前に話した通り、俺は皆を信じている。だから、この先の戦いでも、俺は皆を頼り、皆と手を取り戦って、誰一人欠けずに帰りたい。この先きっと、今まで以上に危険かもしれないけど、悪いが最後まで力を貸してくれ」


 俺が真剣な顔でそういうと、ふっと笑ったのはルッテだった。


「ほんに。お主は変わったのう」

「ん? そうか?」

「そうよ。今までの貴方なら、『怖かったら残っていいぞ』なんて言う所よ」

「うん。言いそう」

「まあ、確かにそうかも」


 フィリーネやキュリアの言葉に、俺は納得しつつ頬を掻く。


「……ですが、わたくしは嬉しゅうございます。貴方様に頼っていただける事が」

「うん。お兄ちゃん。最後まで一緒に頑張るからね」

「カズト。私も、がんばる」

「勿論。貴方は放っておいたら何しでかすかわからないもの。ちゃんと一緒に行くわ」

「おい。それは酷くないか?」

「何時も身勝手に傷つき、無茶をしておるくせに。今更何を言うておる」

「そうだよ。だから、私達がちゃんと一緒にいてあげるね」

『ま、私はのんびりしておくわ。あなた達に任せておけば安心だもの』


 ルッテだけじゃなく、皆がそれぞれに笑顔を見せ頷いてくれたのを見て、俺も表情を崩し笑う。


「でも、ミコラは残念ね。このカズトの言葉を聞いてないんだもの」

「あ、確かにそうかも」

「ふん。どうせ夢で美味い飯でも食っておるわ。それで満足させておけ」


 フィリーネとロミナの言葉に、ルッテが嫌味ったらしく、冗談混じりにそう口にし、皆で釣られて笑い合っていると。


『気負いなしか』

『良い事でございます』


 静かに俺の向かいから、ゆっくりとカルディアとセラフィが歩み寄って来た。


「カルディア。俺達が攻略を始めて、どれ位経った?」

『約半日だ』

「そうか。まだキャムは目覚めてはいないのか?」

『まだその兆候はない』

「因みに、試練はさっきので最後って事で合ってるか?」

『はい。その通りです』


 そうか。思ったよりずっと良いペースだ。

 前に聞いていた通りなら、少しは休める時間もあるはずだな。だったら……。


「なあ。カルディア。セラフィ。時間があるなら、休みついでに少し、キャムの事に聞かせてくれないか?」

『マスターの事を、ですか?』

「ああ。再生の宝神具アーティファクトである、蜃気楼の塔。それを護る四霊神になった経緯いきさつが知りたい」

『そんな物を知ってどうする気だ?』

「そんな物じゃない。大事な事だ。お前達は俺に、キャムを助けろって言っただろ? だけど、もしそいつが悪人だったら、救えなんて横暴だし受け入れられない。だから、俺達はちゃんと知っておくべきなんだ。キャムは何者で、何でこんな事態になってるのか。何でミルダ王女を攫ったのかも含めて」


 実際はもう、キャムを救うべき対象と見ている。だけど俺は、敢えてこんな言い回しで奴等に説明を求めた。

 俺だけが納得する戦いじゃ駄目。仲間もちゃんと、あいつを助けても良いって思える戦いだと思えなきゃ、この先の戦いで迷いも生じるからな。


 俺の真剣な申し出に、カルディアとセラフィは、一度互いに視線を合わせると、同時に頷く。


『……良いだろう。では、聞くが良い』

『マスターの、哀しき過去を』


 そして、二人は語り始めたんだ。

 いにしえの勇者と聖女、そしてその仲間であったキャムの物語を。 

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