第九話:試練を終えて
『カズトよ。お前達は試練を乗り越えた。その扉から戻るとよい』
そんなカルディアの声に、はっとして辺りを見回すと、行きの時同様、一枚の扉が壁にすっと現れた。
「良かった。何とかなったね」
「そうだな」
一緒に立ち上がったロミナと笑い合うと、俺はミコラを見たんだけど。
「うっ……」
瞬間。彼女の表情が強く歪むと、急にかくんと力身体の力が抜け、その場に倒れこんだ。
「ミコラ!」
俺とロミナが同時に彼女の名を呼び、慌てて駆け寄ると、俺はすぐさま彼女の脇にしゃがみ込み、その身体を抱え起こす。
「大丈夫か!?」
「……いっつつ。ははっ。流石に、無理、し過ぎ、みてーだな」
ミコラが今まで見せた事のない、疲れ切った笑みを浮かべ、言葉にもキレがない。
『聖なる力よ。
ロミナが必死の形相で聖術、生命回復をかけ始めると、あいつの呼吸が少し落ち着いてくる。だけど、それでも力ないミコラの顔に、俺の中で不安が大きくなっていく。
「カズトって、すげーな」
俺が不安そうな顔をしていると、ぽつりとミコラがそう口にした。
「いっつも、こんな……無茶、してたんだよな。俺達の、為によ」
「おい。急に何言ってるんだよ」
予想外の言葉に、俺の不安が加速する。
それはロミナも一緒だったんだろう。嫌な予感を払拭する様に、必死に術を向け続けるけど、ミコラはそんな中、ゆっくり目を閉じた。
「……悪い。流石に、ちょっと……疲れちまった。俺、ここまでかも……」
『ミコラ! 何を言っているのよ!』
『これ! お主に弱気など似合わんじゃろ!』
『ミコラさん!』
『ミコラ! やだ!』
『目をお覚まし下さい!』
あいつらしからぬ弱々しい台詞に、言いようのない不安に襲われたのか。思わず向こう側の皆も強く叫ぶ。
けど、あいつはただ、弱々しく微笑むだけ。
おい!
まるで今生の別れみたいじゃないか!
まだこの先があるだろ!?
まだお前の故郷だって、救ってないんだぞ!?
「カズト。ロミナ。後は……頼む、ぜ……」
弱々しく呟いたあいつが、もう一度だけ微笑みを見せると、瞬間。
かくんと、力なく顔を横に向けた。
……まさか。
嘘だよな!?
「ミコラ! 目を覚まして!」
「起きろ! ミコラ!」
『ミコラ!』
『ミコラさん!』
俺とロミナも。向こうにいる皆も、思わず涙声で彼女の叫ぶ。
でも、あいつは目を開ける事なく──。
「……すー……ぴー……」
……寝息?
俺は涙目のまま、思わず呆然とロミナと顔を見合わせる。
「……これ、寝てるだけ、かな?」
「……確かめてみるか。『ラフィー。あいつを癒してくれ』」
俺が恐る恐る、生命の精霊王ラフィーの力を借りると、姿を見せたラフィーがミコラに術をかけた。
淡く光る身体。死んでたら効くはずもないし、身体も消えてなくなるよな。
って事は……。
『まさか、眠かっただけ、でしょうか?』
『そう、みたいですね』
『ミコラ。紛らわしい』
『本当よ。心配した私達が馬鹿みたいじゃない』
『後で、
ほっとした声だったり、呆れ声だったり。
皆がそれぞれの反応を返すけど、俺は正直安堵した。
まあ、さっきの技は相当無理をしたはずだし、身体だって辛かったはず。
だからこそ、命の危険もなかったとは言えないしな。
俺はミコラを起こさないようゆっくりと抱え上げた。
あいつは胸に収まりながら、何処か安心した寝顔を見せている。
「こうやって見ると、すごく清々しい顔をしてるね」
「ほんとだな。まったく。いい気なもんだぜ」
俺とロミナは、まるで遊び疲れた子供が眠っているような寝顔を見せるミコラを覗き込み、自然と頬を弛ませる。
でも、一人の力でよくやったよ。
やっぱりお前は強いし、頼りになるぜ。
「それじゃ、行くか」
「うん」
こうして俺達は扉を潜り、試練の場を後にしたんだ。
§ § § § §
扉の先は、行きと同じく真っ暗な世界と、道を指し示すように、遠くに輝く光。
違いがあるとすれば、隣にいるロミナがはっきりと見えること位か。
「ねえ。カズト」
「ん?」
「あのね。私達が幻影に囚われているって、何で気づいたの?」
「ああ。前にロミナを助けるために
「そうなんだ。そういえば、さっきの
そういえば、あの時の話ってあまり触れたくなかったし、話してなかったな。
「あれは、俺の秘奥義のひとつ、
「
「そう。自分が斬らないと思った相手を斬らない技なんだ」
「そんな事までできるんだ。カズトってやっぱり凄いね」
感心しながらロミナが褒めてくれたけど、俺はその時、さっきの自分のした事を思い返し、思わず俯いてしまう。
「……ロミナ。ごめんな」
「え? どうしたの?」
「あ、いや。幻影から目を覚ましてもらうため、お前に
「……うん。あれは、ちょっと怖かったかも」
あの時のことを思い出したのか。ロミナの表情も少し曇る。
だけど、すぐ気を取り直したのか。彼女は俺に、屈託のない笑みを向けてきた。
「でも、あのお陰で試練を達成できたんだし、きっとカズトは私を斬らないって信じてたんでしょ?」
「まあな。だけど、それでもお前に恐怖心を与えた事に変わりはないし」
「だったら気にしないで。確かに私は怖かった。でも、あなたが理由もなく、私に刀を振るうなんてしないって、信じてるから」
言葉にある力。
それは、たしかに俺を信じてるって、そうはっきりと感じさせてくれる。
そして、それが俺の弱気な心にも、力をくれる。
……そうだよな。俺達は仲間。ずっとそう信じてきたからこそ、時に傷つけ合う覚悟も必要だって、教えてくれたのは彼女だったもんな。
それに……。
俺は、少し落ち着いた心で、彼女達のことを考える。
皆が俺が好きかどうか。そんなのは今でもわからない。
ロミナは好感を持ってくれてる気はするけど、じゃあだからどうすればいいかとか、そんな事もわからない。
ただ、好きか嫌いかといえば、俺は彼女達が好きだ。
じゃなかったら、仲間として力になりたいとか、一緒に旅したいなんて未練も持たなかったし。嫌いな奴と一緒にいたいなんて思いもしないだろ。
こいつらといるのが心地良い。それだけは確かなんだ。
だから……。
「……わかった。謝るのは後にするよ」
俺は、ちらっと腕に抱えたミコラが寝ているのを確認した後、ロミナにわざとそう返す。
それを聞いたロミナは、少しむくれた顔をした。
「私、謝らなくっていいって言ったんだけどな」
ああ。そうだな。
だけどお前、それで本当に俺を信じてるつもりか?
「そうか。でも、お前が好きだっていう男は、こんな酷い性格の奴なんだけどな」
「え?」
俺がちょっとだけ意地悪くそんな事を言うと、瞬間真顔になって足を止めた彼女は、一気顔を赤くする。
何だよ。あの時あそこまで悪戯してきた癖に。
「いいか? ここを出るまでに頭を冷やしとけよ。そんな真っ赤な顔で出ていったら、皆に何言われるか分からないからな」
「え? あ……その……」
茶化すように笑った俺は、恥ずかしがる彼女を置いて歩き出す。
ありがとな。ロミナ。
お陰で少し緊張が解けたし、心も軽くなったよ。
これで、もう少し戦える。皆と、この先にある戦いをさ。
何となく、全員が試練を達成したことで、勝手に最終決戦の足音を感じ、身が引きしまる。
でも、もう気負いはするもんか。
やることも多いけど、すべき事は至って単純。
キャムとミルダ王女を助けて。
この国を救って。
皆と、一緒に生きて帰る。
それだけなんだから。
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