第八話:感謝

 ミコラがあそこまで受けを見せた記憶は、俺の記憶にも殆どない。

 勿論受けが下手な訳じゃない。だけど、


  ──『受ける位なら、ぶん殴って倒したほうが早いだろ?』


 なんてのが口癖の彼女。

 だからこそ、そんな選択肢はせず、力と勢いで押し切る闘いばかりしてきた。


 今の受け一辺倒の闘いは、傍目に押されてるようにしか見えない。

 でも、出来る限り稽古を共にしてきたからこそ、ちゃんとあいつがそれを狙ってるのが分かる。

 だって、ミコラは今、めちゃくちゃ丁寧に偽物の技を捌いてるんだから。


 ミコラが本気で集中力を増してる時。それこそが、あいつが強さが際立つ時だ。

 マルージュで復活した魔王との戦いだって、熱い気持ちはあったけど、戦い方は至って冷静。あの魔王相手に隙なく技を繰り出しカウンターすら狙っていく、若さに似合わない老獪ろうかいさを見せていた。


 そして、今の俺の目には、あいつの状況がその時と同じように映ってる。

 押されているけど、そのじつ、恐ろしく丁寧。

 きっと、さっき掠めた一撃は、それでも問題ないって判断しただけ。

 実力が拮抗してるからこそ、ギリギリを見極めたはずだ。


 とはいえ、今までは殴り合って互角を取っていたのに、こうも大きくスタイルを守りにシフトしたのは何でだ?

 その理由が思い浮かばないからこそ、あいつを信じながらも、すっきりとしない気持ちで見守る事しかできなかった。


「ふーん、そういう事か」


 と。激しい拳蹴けんしゅうを捌いていたミコラが、何かに納得したような声を出す。

 別に表情も真剣なままだし、嘲笑った訳じゃないんだろうけど。それが癪に触ったのか。


「追い詰められてる癖に、余裕かましてんじゃねー!」


 イラッとした表情を隠さず、偽物のミコラが一気に懐に入る。

 あのモーション、まさか連転乱舞れんてんらんぶか!?

 

 鋭い初動の腹への拳撃を本物が受けた瞬間。

 目にも留まらぬ勢いでたいを入れ替え、偽物が一気に拳蹴の嵐を繰り出し襲いかかる。

 疾い! けど、これは──。


「ミコラ!」

『ミコラ!』

『ミコラさん!』


 ロミナや仲間達が、悲鳴のような叫びをあげる。

 けど、その不安は現実にならなかった。


 本物のミコラは、流れるように偽物の拳蹴を素早く捌き、時に技を空振りさせ凌いでいくと、最後の回し蹴りをぎゅんっと身を低くして避け、同時に水面蹴りで偽物の軸足を鋭く払う。


「なっ!?」


 スパンっという音と共に、一気に体勢を崩した偽物の身体が、横向きに倒れそうになった瞬間。


「ぐへっ!」


間髪入れずに腹を蹴り上げたミコラによって、偽物は一気に吹き飛ばされ、ごろごろと床を転がると、強い痛みに腹を抑え悶絶した。


「あー。やっぱりな。納得だぜ」


 予想外に反撃に、皆は愕然とし声も出ない。

 でも、俺はその動きを見て、あいつがさっきニヤっと笑った意味を理解した。

 お前……この展開、誘ってただろ。


『ミコラ。お主、何をしたのじゃ!?』

「ん? あー。俺、勝ちてーからよ。だから、変わる事にした」

『変わる、でございますか?』

「ああ。カズトは前衛だけど、護りにも長けてるのを思い出してよ。あいつと同じ視点に立ったらどうなるのかって、ちょっと気になったんだけど。やっとあいつがつえー理由がわかったんだ。だから、俺もあいつみてーになる事にした」


 ルッテやアンナが戸惑いの声をあげるけど、ミコラは平然とした顔で、倒れたまま苦虫を噛み潰したような顔をする偽物を、じっと見下ろしている。

 さっき笑ったのは、前衛でありながら護るっていう、大事な事に気づいた顔か。


 俺なんかが参考になるかは分からないけど、今までのあいつだったら、あんな事なんてしなかったもんな。

 だから、きっと落ち着いて自分を見て感じたんだろ。自身の強さと弱さを。


「お前は俺の全てを持ってる。だからめっちゃつえーし、闘っててワクワクする。……ほんとはもっと闘っていてーけどよ。俺は試練を皆で乗り切りてーし、ちゃんとカズトや美咲の力になりてーし、故郷を護りたいからよ。だから俺は、お前に勝つ」


 普段と違う、落ち着いたミコラのそんな言葉を聞いた時。俺はあいつが口にした、ある言葉を思い出した。


  ──『いいか? 確かに俺がわがままを言った。だけど、だからこそ俺だって、お前と一緒に強くなって、お前と一緒にザンディオを倒して、お前と一緒にこれからも旅してーんだよ! ミサキを元の世界に帰す手伝いだってしてーんだよ!』


 ザンディオと戦う前、ミコラに喝を入れられた時に話していた言葉。

 きっとあの時、あいつなりに決意してくれたはず。

 だからこそ、今の言葉が口をついて出たのか。

 あいつの想いを改めて感じ、俺は少し胸が熱くなる。 


「くそっ! 俺は、まだ、負けてねーからな!」


 偽物のミコラの顔色が悪い。

 腹を抑えたまま、何とか立ち上がったけど、構え直すまでには至れないのは、それだけのダメージが残ってるから。


「そうだな。だから、お前が負ける前に言っておくぜ。俺は、本気でお前に感謝してる。お前が俺の今の強さを教えてくれたから、俺はより強くなろうって思えたんだからよ」

「ふざけんな! 勝つのは俺だ!」

「そっか。じゃあ、お前が知らない、今思いついたこの技、受け切れたらお前の勝ちだ」


 負けず嫌いなミコラらしい言葉を吐く偽物に対し、本物は普段のミコラらしからぬ凛とした立ち姿で、すっと構えを見せる。

 本物と偽物。

 だけど、まるで真逆の姿を見せる二人。


 牙を剥き、何とか構えを取った偽物を見て、本物もぐっと姿勢を低くすると、瞬間。まるで砲弾が射出されたかのように、ぎゅんっと一気に踏み込んだ。


「いくぜ!」


 開幕見せたのは、オーラを纏った波動衝はどうしょう

 その拳を偽物が何とか受け止め──はっ!?


 俺は瞬間、目をみはった。

 あいつは間髪入れず──というより、ほぼ同時に反対の腕で波動衝はどうしょうを偽物の頭に叩き込んでいたから。


「がっ! ぐっ! な! これっ!」


 呻く事すら叶わない、波動衝はどうしょうの連撃に晒されたミコラ。

 横に吹っ飛びそうになる相手を逃さないと言わんばかりに、今度は幻連脚げんれんきゃくで一気に複数回蹴り込み、逃そうとしない。


 動きの基礎は連転乱舞れんてんらんぶ

 だけど普段のそれ以上の動きで、普段なら出さない波動衝はどうしょう幻連脚げんれんきゃくとの合わせ技を繰り出していく。

 普段の乱舞だってヤバいけど、もうこれは拳蹴けんしゅうの檻に閉じ込められたようなもの。


 ……はっきり言うけど。

 もし俺がこれを受ける立場だったとしたら、間違いなく喰らってただろう。

 そう思わせる程、ミコラの繰り出した技は凄かった。


 受けきれない理由。

 それは勿論、技の鋭さや重さもある。

 けど、ってのが最も大きいんだ。


 連転乱舞れんてんらんぶは乱舞技だけど、あれは我武者羅に蹴りや拳を放ってるんじゃない。

 技ってのには、必ず型がある。

 それは乱舞技だって一緒。基本的に型に沿った、効率良く相手にダメージを与える動きをしているだけなんだ。


 俺が何度かあいつの連転乱舞れんてんらんぶを受けきってるけど、あれは『絆の力』でその技を得ていたし、過去に何度もミコラのそれを見ていたから。

 つまり、型が分かっているから受け切れた。


 だけど、この技は俺も知らない。

 だからこそ、この鋭さと手数で繰り出される技を、受けきれなんてしないんだ。

 ……いや。

 もし見てきてたとしても、あれだけ技を重ねられてたら、受け切れるかなんて怪しいだろ。


 あれだけの威力の技を打ち込まれ続け、ぼろぼろになった偽物は、意識を失っているのか。

 既になすがままに食らっている。そして、嵐のような連撃の最後。

 相手の顎をかち上げた瞬間。迷いなくあいつはその場で宙に舞い、浴びせ蹴りするかのように前宙すると、両脚を偽物の首に絡ませ締めつけ、そのまま体重を一気に自身の背中に掛ける。


 逆立ちする要領で一気に身体を伸ばしたミコラが、その反動でくるりと相手を巻き込むように回転し、頭から敵を床に叩きつけ、そのまま偽物から離れ立ち上がった。

 最後のは武闘家の強力な投げ技、竜巻投げか。

 ここまで流れるように連携させるとか。どこまで凄いセンスしてるんだよ……。


「な、なんだよ……これ……」

「思いつき。ま、衝天幻舞しょうてんげんぶとでも呼んどくか」


 立ったまま見下ろす本物のミコラの足元で、うつ伏せに倒れた偽物はピクピク痙攣している。流石にここから立ち上がれはしないだろう。


「ちぇっ……。やっぱ、つえーや」

「お前も強かったぜ。ありがとな」

「……はっ。こっち、こそ。……楽し……か……」


 最後まで言葉を発する事なく、偽物のミコラが力なく微笑むと、静かに目を閉じ事切れる。

 すると、その姿が偽物の俺やロミナ同様、人為創生物シンセティカルらしい姿に戻った。

 それを見届けたミコラは真剣だけど、少し寂しげ。

 確かに、どっちもお前らしかったもんな。

 きっと感じる何かがあったんだろう。


 ……これで、終わったんだよな。

 重い身体に鞭打ち、ゆっくり立ち上がり、辺りを見回しても、倒れているのは三体の人為創生物シンセティカルだけ。

 俺も、ロミナも。ミコラも生きている。


 そんな現実を改めて感じ、俺はほっと胸を撫で下ろしたんだ。

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