第七話:変化

「くそっ! ロミナ! 信じてくれ! 俺が──」

「私にはもう見えてるわ! 言い訳無用よ!」


 耳に届く俺の必死の弁解に、顔を向けると、ロミナは疾さにものを言わせて、一気に偽物の俺を壁際に追い詰めていた。

 その表情の勇敢さに、俺を殺してしまう不安はない。

 きっと幻影から解き放たれた彼女には、もうあいつの外見も声も、まったく違うものになってるんだろう。


 しかし。あの疾さは武芸者のお株を奪ってるな。あの動きで怒涛の攻めを受けたら、俺ですらひと溜まりもないだろう。

 そして偽物もまた、そんな俺と実力は変わらない。だからこそ、予想通り片手で刀を振るった所で、すぐに限界がくる。


「そこっ!」

「ふざけるな!」


 偽物の俺がグッと歯を食いしばり、無事な片手で抜刀の構えを見せると、瞬間。強い殺気を放つ。

 あれは心斬しんざんうらか!?

 流石のロミナも、その殺意に思わず身を震わせ、聖剣を振り下ろすのを止めてしまう。


「そこだっ!」


 できた隙に、間髪入れずあいつは斬のひらめきを放ち、がら空きの胴体を薙ぎ払いにいく。


「ロミナ!」


 間に合わない!

 思わずあいつの名を叫んでしまったけど──俺もまだまだだな。

 確かに怪我もない状態だったら、偽物のあいつの一太刀が、一矢報いる展開もあったかもしれない。

 だけど、対峙してるのは『絆の加護』を得た、世界を救いし聖勇女様。やっぱり格が違う。


 ロミナはその一閃に素早く盾を合わせると、軌道を逸らすように往なしつつ、逆に偽物のがら空きの胴体目掛け、鋭い横薙ぎを見せた。

 受け流し斬りドッジカウンター

 聖剣士や聖勇女も持っている反撃技を、あいつは出遅れながらも見事に合わせたんだ。

 奇をてらった訳じゃない。だけどあそこまで引き付けられた状態で、あれだけ鋭く疾い反撃を放たれたら──。


「がはっ! ま……さ、か……」


 偽物の俺は、綺麗に胴を真っ二つにされた。

 そして、そのまま奴は人為創生物シンセティカル本来の姿に戻ると、その場にぐしゃりと崩れ落ち動かなくなる。

 コアを砕いた訳じゃないにせよ、俺がああなったら死んでいるし、幻影も解けている。

 って事は、流石に勝負ありか。


 大きく肩で息をしながら、倒れて動かない人為創生物シンセティカルの姿をみてほっとした顔をしたロミナは、はっとしてすぐにこっちを見た。


「カズト! 大丈夫!?」


 流石に膝を突いて荒い息をしてたら、心配するなってのが無理か。

 慌てて駆け寄ってきたロミナは、すぐさま俺に命気瞬復めいきしゅんふくを掛けてくる。

 お陰で痛みはすぐに引いたけど、身体の疲れは誤魔化せない。

 それでも、あいつに心配をかけまいと、俺は何とか笑みを返した。


「ああ。ミコラ達のお陰で助かった」

「それなら良かった。でも、何で彼女達は、二人でカズトを助けたの?」


 流石に俺と同じ疑問を持った彼女だったけど、まあそりゃ意味が分からないってなるよな。

 とはいえ、こっちだって正しく説明できるって訳じゃない。

 俺は少し頭を掻くと、困った笑みを浮かべる。


「なんていうか……結局どっちもミコラだった、って事かもな」

「どっちも、ミコラだった?」


 腑に落ちない顔をするロミナだけど、俺もこれ以上の言葉は返せないし、苦笑を返事にするしかなかった。

 っと。それは今は置いておくとして。


「それよりロミナ。お前はあの二人のどっちが偽物か、分かるか」

「うん。あれだけ激しく入れ替わってるから、口でどっちって説明するのは難しいけど」


 確かに二人のミコラは、あいつららしい身軽さで、互いに素早くたいを入れ替え殴りあっている。

 あれでどっちって説明は難しいだろう。

 とはいえ、ロミナに偽物が見えてるならやりようはある。

 彼女を偽物に挑ませ本物を見定めて、あいつに『絆の加護』を回してやればいいだけだ。


「ミコラ! 待ってろ! 手を貸す!」


 俺は勝負を決めるべく、戦っている二人にそう叫んだんだけど。


「そんなのいらねえ!」

「いい所なんだ。手を出すなよ!」


 と、俺は二人のミコラから同時に拒否られた。


「はっ!?」

「どうして!?」


 予想外の答えに、俺とロミナが目を丸くし顔を見合わせたんだけど。

 二人のミコラは闘いを続けながら、こんな事を言い出した。


「本気でこいつ、つえーんだよ! だから俺は、こいつより強くなりてーんだ! 俺自身を超えなきゃいけねーんだ!」

「お前もロミナも強くなってる! 俺はそんなお前達に、置いていかれる訳にいかねーんだ!」

「だから!」

「手を出すんじゃねーぞ!」


 ……ったく。

 熱く語りながら楽しげに闘ってるけど、これが試練だって忘れてないだろうな?


『まったく。お主は相変わらずの戦闘馬鹿じゃのう』

「うるせー!」

「ルッテ! 後で覚えてやがれ!」


 ルッテの呆れ声に叫び返しながらも、あいつらは笑顔を崩さず殴り合っている。

 互いに致命傷になるような受け損ないはない。けど、それはこの間のヴァルクさんとの本気に近い稽古以上に鋭く、素早く、激しさを増していた。


 互いに技を弾き、ギリギリ掠めさせ、必殺の一撃を虎視眈々と狙う、そんな紙一重の闘い。


「ねえ。二人共、動きが良くなってきてない?」


 ロミナがそうぽつりと口にした通り。

 二人の動きは闘い続ける程に、動きが良くなっていってる。

 これは……。


「多分、ミックスアップだな」

『ミックスアップって、何?』

「互いが互いを越えようと競い合って、闘いの中で成長するってやつさ」


 キュリアの問い掛けに、俺は視線をミコラ達から逸らさずそう答えた。

 互いが互いを高め合う、格闘技やスポーツなんかでよく見られる急成長。

 今の二人はそれをはっきり感じるほど、闘い続ける中で動きが良くなっていく。


「カズト。手を貸さなくていいの?」

「……ああ。あいつなりに強くなろうとしてるなら、ギリギリまで手は出さないでおこう」


 不安そうな彼女に、俺は真剣な顔を向ける。

 そこにある覚悟を理解したんだろう。


「……分かった」


 ロミナも同じ眼差しで頷いてくれた。


 とはいえ、同じ力を持った者同士。どうやって相手を越えるんだ?

 未だどっちが本物のミコラか分からない俺は、じっと二人の動きを見る。

 互いに天雷のナックルによる攻撃は、ナックルの握り手で受けて感電を避けてるし、ナックル同士を合わせて見事に受け切ってる。

 合間に挟んでくる蹴り技も、スウェーで避けつつ、隙あらばカウンター気味に蹴りを返す。

 その動きからどちらが本物かなんて、やっぱり見分けは付かない。それだけ偽物も強いって事だよな。


 まるで華やかに舞うかのような、流れるような演舞にも見える動き。

 そんな中、何かに気付いたかのように、耳をピンっと立てはっとした片方のミコラが、相手の攻撃を避けつつチラッと俺に視線を向けると、一瞬、相手に気づかれない程の短い時間、ニヤっと意味ありげに笑った。


 ん? 何だ?

 不可思議な行動に俺は思わず首を傾げたんだけど、そこからそいつの動きに変化が生まれた。


「どうした! もう手も足もでねーのか!」


 威勢のいい声と共に、より手数を増やす相手に対し、さっき俺を見たミコラは、敢えて何も言い返さず、それらを受け流すだけ。

 表情は真剣そのもの。正直普段のミコラからは考えられない。


『ミコラさんが押されてますよ!?』

『これ! 気張らんか!』


 思わず動揺した声を上げる美咲に、叱咤するルッテ。って事は、あっちが本物のミコラか。

 俺がじっと動きを追うと、受け流し損ねた蹴りがあいつの頬を掠め、すっと切り傷が生まれる。


『ミコラ、危ない!』

『ミコラ! 貴女らしくないわよ! しっかりなさい!』

『そのままでは押し切られます! 反撃してくださいませ!』


 受け一辺倒のまま、少しずつ壁際に追い詰められていく本物のミコラに、キュリア達も業を煮やしたのか。

 それぞれ焦りを感じさせる声をあげ。


「カズト。あのままじゃ……」


 そう漏らしたロミナもまた青ざめた顔で、俺に不安そうな視線を向けてくる。

 手を出すなと言われた約束と、助けたいという気持ちの狭間で葛藤しているようだ。


 皆の目に映る姿は、劣勢の彼女。

 だけど、俺は敢えて何も言わず、ミコラ動きを真剣に追う事に終始した。


 何故かって?

 そりゃ、全く不安がない訳じゃない。

 だけど、俺はあいつの変化の中にある何かを、感じ取っていたからだ。

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