第六話:予想外の助っ人

「本物のカズトは、あんな酷いことをしない!」


 そう叫んだ偽物のロミナが、聖剣を振るい闘刃スピリットエッジを放った。

 傷を負った後とは思えない鋭さ。だけど、やはりダメージは残ってるのか。放たれた衝撃波に、普段の勢いを感じない。


 ロミナに偽物の俺の相手を任せるんだ。

 足だけは引っ張るな! あいつは俺が引きつけろ!


 俺は真空刃しんくうはを放ち、あいつの衝撃波にぶつけると、少し競り合った後に相殺される。

 それと同時に、俺は偽物のロミナに向け一気に前に出ると、同じく駆け込んできた彼女と刃を交わした。


 身体が重いけど臆するな! 本物のロミナの腕は、こんなもんじゃない!

 下手に身体ごと攻撃を躱し、ロミナの所に向かわれる訳にはいかない。

 だから俺は敢えて足を止め、彼女の剣を強く弾きながら、必死に殺意の篭った剣と打ち合う。


 偽物と理解していても、俺は未だに幻影に囚われたまま。それ故に、過去の宝神具アーティファクトの試練で受けた恐怖心が呼び起こされる。


 ったく!

 俺は受けると誓ったんだ。しっかり返していけ!

 俺は弱気を祓うように、必死に刀を返した。


「消えて! 強斬パワースラッシュ!」


 重い剣撃。だけど抜かせない!

 俺は重ねるように斬のひらめきを放ち、強さに強さで対抗する。

 ガキィィィィン! という強い音と共に、俺達は同時に弾かれ後ろに滑るけど、互いに踏み留まるとすぐさま前に出て、再び剣と刀を打ち込み合う。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 ひっきりなしに振るわれる聖剣に、少し息が上がってくる。

 ギリギリを狙って避けた刃が、腕の皮膚を裂き、痛みを寄越すけど、偽物のロミナもまた、剣や盾で受けきれない俺の刀で、腕や足、顔に傷が増えていく。

 ここまでは五分。

 いいぞ! このまま踏み止まれ!


「ロミナ! 止めてくれ! 俺が本物だ! 俺が──ぐっ!」

「私はもう騙されない! 私は偽物のあなたを倒し、カズトを助けてみせる!」


 俺の背後で聞こえる、情けない俺の声と、迷いのないロミナの声。

 偽物の俺が見えてたら、あそこまで強く言い切れないはず。だから大丈夫だよな。

 もし、あいつもトラウマで苦しんでいたら。

 そんな不安が過ぎるけど、そこは信じるんだ。


『ロミナ、疾い』

『偽物のカズトを完全に圧倒しているわね』


 耳にした朗報。

 よし。俺も続け! そう気持ちを奮い立たせた瞬間。


「聖剣よ! 私にあだなす敵を引き裂いて!」


 距離を空けた偽物のロミナが、剣を下段に構え前のめりになる。

 って、まさかここでかよ!?


 咄嗟に俺も同じ構えを取り、その一刀に集中する。

 あの技は最後の勇気ファイナル・ブレイブ

 正直さっきのでかなり消耗してるけど、ここを抜かれる訳にはいかない!


「輝け! 最後の勇気ファイナル・ブレイブ!」

「くっ!」


 間に合え!

 俺は、彼女が剣を振るったのとほぼ同時に刀を斬り上げると、必死に最後の勇気ファイナル・ブレイブを合わせた。

 ふたつの光の奔流はより強い光となり、暫く互いに空中で競り合ったけど、決着は持ち越しだと言わんばかりに、そこで同時に弾け飛ぶ。


 はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。

 ふぅ……止めた……。


 何とか最後の勇気ファイナル・ブレイブを止められて、ほっとした矢先。


『はぁっ!? まさか彼奴あやつ、また放つ気か!?』


 部屋に響いたルッテの驚きの声にはっとすると、あいつはまた最後の勇気ファイナル・ブレイブに構えを取っていた。

 ちょ、ちょっと待て! 連続で!? そんな事できるのかよ!?


 予想外の事に愕然とするけど、確かにあいつは、ロミナの力を持った人為創生物シンセティカル。身体の限界なんてない可能性もある。


 ったく!

 都合良すぎだろうが!


 俺は打ち合いに望むべく、再び前屈みの姿勢を取ろうとしたんだけど。瞬間、ずきりと走った強い頭痛と目眩に、思わず片膝を突いた。


『カズト!』

『お兄ちゃん!』


 アンナと美咲の悲鳴にも似た声。

 見れば、向こうのロミナはもう、次の最後の勇気ファイナル・ブレイブの力を聖剣に溜めたのか。剣から強い輝きを放ち始めている。

 くそっ! このままじゃ!


 慌てて最後の勇気ファイナル・ブレイブの構えに移るけど、心の動揺と疲労のせいか。うまく集中できない。


 これじゃ間に合わない!

 だったらどうする?

 何とか受け止めるか?

 何の技で? どうやって?


 必死に脳をフル回転させるけど、すぐに妙案なんて浮かばない。

 思わず奥歯を噛み、悔しさを顕にするけど、それで世界が変わるなら苦労しない。


「ぐわっ!」


 耳に聞こえた俺の声に、ちらりと肩越しに見ると、ロミナは偽物の俺を圧倒してる。

 気づけば相手の片腕を切り飛ばして前に出てる。そのまま一気に押し切る気だな。

 なら──俺も覚悟を決めろ!


 俺は納刀した構えのまま、できる限りの全力を乗せ、あいつに一気に踏み込んだ。

 できる限り前! 食らうにしても、止めるにしても。ロミナの邪魔にだけはなるな!

 俺は頭の中で光神壁こうしんへきを唱え、少しでもその威力を軽減しようと足掻く。


 その行動に動じる事なく、偽物のロミナは剣に力を込め終えると、ぎっとこっちを睨み付けた。


「消えて! 最後のファイナル──」


 そして、強く聖剣を振るおうとした瞬間。


「カズトを!」

「やらせるかぁぁぁっ!」


 彼女は、横に吹き飛んだ。

 いや、吹き飛んだ瞬間。その身はもう一方の強い一撃で押し戻され、その場から逃げる事ができない。


「うぐっ! そ、そんな!? あぐっ! ミ、ミコッ! ラッ!?」


 俺は予想外すぎる光景に目を奪われ、踏み込みを止める。

 だって、偽物のロミナが、二人のミコラに挟まれ、連撃を食らっていたんだから。


「偽物は大人しくしとけ!」

「偽物に言わせるのは癪だけど、同感だぜ!」


 本物と偽物のミコラが手を組んだ、見事すぎる連携は、途中から偽物のロミナに声を発せさせる暇すら与えず、一気に痣や傷を増やし、相手の意識を飛ばし。


「これで!」

「終わりだぁっ!」


 最後は見事な後ろ回し蹴りを、同時にロミナの頭部に食らわせた。


「そ……んな……」


 か細い声を残し、事切れたように、力なくどしゃりと倒れたロミナが動かなくなる。

 すると、まるで何かから解放されたかのように、その姿が人為創生物シンセティカルらしい、無機質な身体に変わった。

 額のコアは最後の一撃で砕かれている。これならもう動かないだろう。

 けど……。


「お前ら……何で……」


 あまりに予想外の展開に、思わず呆然としながら二人のミコラを見ると、並び立った二人は互いをちらっと見ると、同時にあいつらしい笑みを浮かべる。


「いや、だってよ。あっちのロミナの為に、必死になってたろ?」

「そうそう。どっちが本物か見分けはつかなかったけどよ。何となく必死になってるお前が、本物のカズトかなーって思っただけだって」

「は? 思っただけって……」


 そんな理由だけで、二人は俺を助けてくれたのか?

 ……って、ちょっと待て。


「……なあ、お前達。まだ本物と偽物の区別、ついてないのか?」


 ロミナに対してあれだけの事をしたんだ。それを見てたら、ルッテ達同様、幻影から解き放たれてもいいはずなのに。

 思わずそう尋ねると、二人は顔を見合わせると、今度は同時に頭を掻き苦笑する。


「あー。まだわからねー」

「俺も」

「へ? お前達、さっき俺がロミナに何をしたのか見てなかったのか?」

「へへっ。わりー。こいつとの戦いが面白くってよー」

「そうそう。で、ちらっと見たら、いつの間にかロミナとカズトがそれぞれ別の奴と戦ってたろ? そうしたらよ。露骨にあっちのロミナの動きは良くなってたし、お前はそんなロミナに、もう一人のロミナがいかねーように戦っててさ」

「お前。きっとあっちのロミナに、『絆の加護』を掛けたよな?」

「あ、ああ」

「やっぱりなー。流石にそれが分かったし、手を組んで戦ってる姿を見りゃ、どっちが本物かなんて迷わねーよ」

「いや、迷わないって……お前達、敵同士だろ?」


 二人のミコラから語られる、あまりに想定外な言葉ばかりに俺は酷く混乱する。

 俺が本物だって気づいたのはわかった。

 けど、それにしたって、それで二人が手を組むなんておかしな話だろって思ったんだけど。


「まあそうだけどよ。俺はカズトを助けたかったしよ」

「俺も。だから、ちょっと一時休戦しただけだ」

「ま、向こうはもうロミナに任せてもいいだろ。続きをしようぜ!」

「おうっ! 負けねーからな!」


 俺の戸惑いなんて関係なしに、あいつらはまた二人でいきいきと闘い始めたんだけど……。

 何か拍子抜けすると同時に、だからこそあそこまで本物に見間違うんだって、思わず納得してしまった。


 偽物も、ミコラの全てを持っている。

 それは、ミコラが俺を仲間だって思う気持ちも持ってくれてたんだよな。

 ……偽物の俺やロミナも、そんな感情を持っていたんだろうか。

 そう考えると、少し心苦しくもなるけど。この試練を抜けなきゃいけないんだ。甘いこと言ってられないよな。


 俺は、あの二人のどちらかが破れ、倒れるであろう未来に、少し寂しい気持ちになりながらも、その闘いを見守っていた。

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