第五話:夢幻
夢。
そう。この試練は、まるで夢のように、現実味がなさ過ぎるんだ。
勿論、これまでの試練だって、驚くような事はあった。
あんな複雑な謎解きを組み込んだ、術の試練の障壁だって。
魂を別の場所に移して行われた、風の試練だって。
確かに非現実的な、想像を超える力がそこにあった。
だからこそ、今回だってあり得なくはない。
でも、俺は今まで、ここまで人にそっくりな、血まで流す
けど、考えてもみろよ。
もし俺がそんな力を持っていたら、カルディアやセラフィを生み出す時点で、もっと精巧に創ったに決まってる。
あいつらだって、
そして、試練だからこそっていうなら。
過去にもあったじゃないか。
解放の
今、俺達は試練を受けている。しかも、
って事は、偽物を本物に見間違えている理由はそれかもしれない。そう思ったんだ。
皆は未だ、俺が本物と思えてない。って事は、さっき斬られたレベルの衝撃じゃ、目を覚まめさせられなかった。
だったら次に出来る手は──。
俺は敢えてロミナ達に背を向けながら、防戦一方になってやる。
あいつの斬撃を受ける度、威力に押され、俺達二組が戦い合う距離が詰まっていく。
そうだ。
もっと俺を押し込め!
自然にロミナ達との距離を詰めるんだ!
太刀を振るう内に、冷静さを取り戻したのか。あいつの斬撃に鋭さが戻る。
正直これを受け切るのだって一苦労。
俺にこれだけの腕があるかは
いや。
『カズト達の戦況が、大きく傾きおったか』
『怪我をした方が、大きく押し込まれているわね』
冷静な戦況分析。とはいえ、俺がわざとこうしてるのは伝わってない。
あいつらを騙せてるならいけるはず。
だからこそ、ここで度肝を抜け。
あいつらが目覚める程の衝撃を与えるんだ。
これからやろうとする行為を思い返し、罪悪感で胸がチクリと痛む。
けど、未来の為に覚悟しろ。未来の為に信じろ。
今までだって、やり遂げてきたんだ。絆を信じてな!
「そろそろ、根を上げたか!」
優位を感じてか。偽物が俺にそんな言葉をかけてきたけど、ふざけるなって。
「何言ってるのさ。この勝負、俺が勝つさ」
「負けず嫌いはいいけど、そろそろ現実を見た方がいいぞ!」
「ああ! じゃ、現実を見てやるさ!」
この戦いで初めて、俺がニヒルに笑うと、それを見たもう一人の俺の表情が変わる。
露骨に不安さを見せ、攻撃を加速させてきたあいつは、間違いなく悪い予感を感じてるはず。
その予感は当たってるぜ。
俺が同じ事をされたら、きっと同じ気持ちになるからな。
だけど、この一手だけは止めさせない!
まずはこいつを大きく引き離す。
その為に、あいつに俺の技を受けさせる!
「倒れろ!」
咄嗟にあいつが繰り出してきたのは、またも
だけど、技は硬直を晒す。だからこそ、ここが勝負所!
俺は、迫り来る
いくぜ!
抜刀術秘奥義、
まるで鏡に写したかのように、奴の太刀の流れを見切り、同時に斬の
よし! 決めるならここ!
俺は後方に滑りながら、くるりと弧を描くように向きを変えると、
眩しく輝き出す相棒。そこに俺が込めたのは、強い勇気。
「ロミナ!」
構えの先、声に反応した二人のロミナがこっちを向く。突然の呼び掛けに、驚きと戸惑いを見せる二人に対し。
「
そう叫びながら、俺はあいつらが一直線に並ぶタイミングで、鋭く抜刀した。
同時に放たれた、光の奔流を伴う斬撃。
その技は勿論、聖勇女最強の技。
『お兄ちゃん!?』
『何をやっておる!』
思わず強い驚きの声をあげた、美咲とルッテ。
「あああ……」
狙われたロミナ達もまた、流石に予想外だったのか。目を丸くし、恐怖の表情を浮かべる。
そして。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
二人のロミナの悲鳴などお構いなしに、光の奔流は二人のロミナに順に直撃した。
……いや。確かに直撃はした。
だけど、俺の放った技で吹き飛んだのは、技を咄嗟に盾で防いだ奥のロミナだけ。
手前のロミナは、光の奔流が通り過ぎただけで無傷のままだ。
奥のロミナは勢いを削げず、そのまま光の奔流によって、壁まで吹き飛ばされた。
「こ、これって……」
その場に残ったロミナが、茫然と立ちすくむ。
そう。俺は、放った
あいつとの絆があるからこそ、斬らないと思った物だけは斬らないこの技が活きる。
勿論、偽物のロミナも斬られない可能性はあったけど、そうだったとしても、これならいけると踏んだんだ。
皆を幻影から目を醒まさせる程の、強いインパクトを与えられるってな!
一気に奪われた気力に、大技を繰り返した代償の痛みも相成って、踏み留まった俺は思わず片膝を突く。
流石にこれは、露骨な硬直。
「このっ!」
完全に虚を突かれていた偽物が、その隙を狙って俺に
だけど、体の痛みと荒い呼吸で、今の俺じゃ、それを避けるのも、相殺するのも無理。
だけど、あいつならきっと!
「
俺と偽物の間に駆け込んだロミナが、盾にオーラを纏わせ、
流石は聖勇女様。攻めでも護りでも頼りになるぜ。
「カズト! 大丈夫?」
「当たり前だ。お前を信じてたからな」
俺は精霊術、
『あ、あれ? あの人形みたいなのって……』
『あれ、
『何故、急に分かるようになったのでしょうか?』
『以前、我やフィリーネが、
『そうでしょうね。カズトはそれを解くべく、わざと本気でロミナに斬りかかる事で、私達の心に強い衝撃を与え、現実に引き戻したのね』
別の場所にいる皆も、幻影から解き放たれたのか。驚きの入り混じった声が届く。
よし。目論見通りだ。
俺の視線の先に立つ偽物のロミナは、俺の
残念だけど、ある意味冷静だった俺に掛かった幻影は、未だ解けてはいない。
だからこそ、目を丸くしたまま、傷だらけのロミナが立っている痛々しい姿を見て心が痛む。
けど、これは試練。
そして本物は背後にいる。だからこそ、ここは譲らない!
俺は瞬間、俯瞰視点に移ると、背後のロミナに
力ならロミナの方が上。だけど疾さなら俺に
だからこそ、疾さで上回れば、偽物の俺だってきついはず。
ミコラ達は、こっちの状況を見る事なく、未だ激しく
だったらまずは、分かっている俺とロミナの偽物を、何とかするのが先決。
「ロミナ。向こうの俺はどんな姿だ?」
「……カルディアさん達みたいな、
「俺はまだそのまんまだ。俺は俺に見えるし、ロミナもロミナに見える。けどもう間違えないさ。お前との絆を感じたからな」
「うん。私も、もう間違えないよ」
肩越しに互いを見ていた俺達がふっと笑い合う。
「ロミナ。偽物なら、迷わず斬れるよな?」
「うん。カズト、少しだけ踏ん張って。あっちを片付けたら、すぐ助けに入るから」
「ああ。期待してるぜ」
俺達は言葉を交わし終えると、互いの先にいる偽物に対し構え直す。
偽物のロミナはすぐさま聖術、生命回復で怪我を治してるけど、流石にあの一撃。少し息が上がってる。
身体の怠けと痛みがある俺と、いい勝負ができそうだな。
さて。ここが踏ん張り所。
この状況を制して、ミコラにも手を貸して、さくっと試練を乗り越えちまおうぜ。
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