第四話:問いかけ

 浮ついた心ながら、何とかあいつの猛攻を耐え忍んでいると、耳に戦いを見守っているであろう、仲間達の声が届いた。


『何とか本物を見定める方法はないんですか!?』

『偽物、全て持ってるって、言ってた』

『本物のみが持つ記憶など、無いものでしょうか?』

『カルディアの言葉通りだとしたら、流石に期待薄じゃないかしら?』


 フィリーネの推測は、間違ってないって俺も思う。実際ここまで同じ技や術を使いこなしてるんだ。記憶のひとつふたつ、普通に持ってるだろ。


『……試してみるかのう』


 そんな中、ルッテが真剣な声でそう呟き、次に俺に向けられた問いかけは──。


『カズトよ。初めての接吻は何時、誰とじゃ?』

「……はぁっ!?」


 俺達二人の声が思いっきり被る、そんな質問だった。


 そ、そりゃ、初めって言えば、その、あれだ。

 何時なのかも、相手も誰だかも分かってる……って!


「ば、ばっか! い、今そんな事を話す必要ないだろ!」


 俺と俺は、またも同時に叫んだ。互いに目を泳がせ、顔を真っ赤にしながら。

 ちらっと見えたロミナは鍔迫り合いしながら、ミコラも互いに構えたまま、流石に唖然として動きを止めている。


『ほほぅ。ないと否定はせんかったのう。つまり、経験済みか?』

「んぐっ……」


 ニヤニヤとするルッテの顔が容易に想像できる追撃に、俺達は思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

 くそっ。こんな時に、何楽しんでやがるんだよ!


『そ、それで。い、何時、どんな時に経験をしたっていうのかしら?』

「い、言える訳ねーだろ!」

「意見が合うのは癪だけど、その通りだ。流石に勘弁しろって!」


 まさか、もう一人の俺まで同調するとは思わなかったけど、これ以上プライベートの話、できるかってんだ!


 頭の中には既に、アンナが口移しで解毒薬を飲ませてくれた、あの時の感触が思い返される。

 ……そういやあれ……お互い、初めてだったんだよな……って、何考えてんだ!

 思わずぶんぶんと頭を振って、俺は雑念を振り払おうとしたんだけど。


『アンナ。顔、真っ赤』

『え? あ……その……あの……』


 っていうキュリアの言葉に、思わず動きが固まった。

 露骨にアンナも狼狽うろたえてる……って、おいおい、まさか!?


「ア、アンナ。まさか……」

「あなた、カズトと!?」

「キ、キスしたってのか!?」

「嘘だろ!?」


 目を丸くした、ロミナ達やミコラ達の驚きよう。


『ち、違うのです! あれは、その、カ、カズトを助ける為に、し、仕方なかったのです!』


 必死に弁解するアンナだったけど。


『つ、つまり、お、お兄ちゃんと、キ、キス……したんですよね?』


 そう。

 それは、はっきりと認めたって事になる。


『く、薬を飲ませなければ、命に関わりましたので、その……やむなく……』


 追い討ちを掛けるような美咲の言葉に、アンナはあっさりと陥落し、しどろもどろになりながら、最後には消え去りそうな声を出す。


 ……あー。

 これ、絶対後で根掘り葉掘り聞かれるやつだろ……って。


「い、今は試練が先だ! ロミナもミコラも集中しろ!」


 手で顔を覆い、ガックリと肩を落としたい気持ちを抑え、俺は何とかキレのない抜刀で偽物に斬りかかると、あいつも慌てて後方に飛び退いた。

 はっとしたロミナ達やミコラ達も、互いの顔を見た後、やっと現状を思い出して戦いを再開したけど、何処かやっぱりキレがない。


 ったく。

 ルッテのせいで、完全にグダったじゃないか。


 でも、何で皆あんなに動揺してたんだ?

 俺のファーストキスの話なだけだろ?

 ……でも、試練の前、ロミナの態度も可笑しかったよな。

 あいつ、皆も俺が好きって言ってたし……。

 ……って事は……まさか、あの夢って……。


 完全に緊張感が切れた頭が思い出させたのは、以前ザイードと一戦交えた後、意識を失った時に見た、あり得ない夢。

 ……って、おい! 何ここまで自意識過剰になってんだよ!

 あんなの夢に決まってるだろ! 妄想はなはだしい! あんなの幻影と一緒のような──。


 再び襲いくる奴の抜刀を弾きながら、俺は思わず目をみはる。

 もしかして……そうか!!


 それは、閃きから生まれた気づき。

 確証はない。けど、からすれば、その可能性はある。


 ロミナ達も。ミコラ達や俺も、直撃はないにしろ、ギリギリで避けたかすり傷はある。

 それじゃダメ。って事は……。


「そろそろ、倒れろ!」


 っと。我武者羅でおおあつえ向きの一閃じゃないか。

 いいか。覚悟を決めろ!

 往なすな! 避けるな! ギリギリで食らえ!

 俺を袈裟斬りにしようとする刃に、身体が反応しようとするのを無理矢理抑え込むと、冷静に奴の太刀筋を見切り、胸を掠める程度に身を逸らす。


「……ぐっ!」


 刃のきっさきが俺の胸を裂き、同時に走る痛み。

 思ったより派手な鮮血が、もう一人の俺を染める。

 けど、傷は浅い! これでどうだ!?


「なっ!?」


 予想外の展開に、もう一人の俺が浮き足立つ。

 お前、感じたな? この行動の不可解さを。

 慌てて返しやいばを振るってくるけど、その程度ならこの怪我でも返せる!


 俺はカウンター気味に全力の斬のひらめきを合わせ、思いっきりあいつを刀ごと弾き返す。

 均衡が崩れたように見えたのか。ロミナ達やミコラ達も、戦いながら驚愕した顔をしたけど、本物がどっちか分からないからか。俺に声を掛けてはこない。


『どっちのカズトが怪我をしたの!?』

『わからない』

『もし、あの方が本当のカズトだとしたら……』

『和人お兄ちゃん、殺されちゃうって事ですか!?』

『じゃが、今の我等ではどうにもできん』


 耳に届く皆の困惑。迷いのせいで、そこまで驚かなかったか。

 ちっ。これじゃまだダメか。だったらどうする?


 俺は弾いて稼いだ時間を使い、無詠唱で聖術、生命回復を詠唱すると、刀を持っていない手を胸に当てる。

 淡い光により、癒えていく傷。

 だけどこれを好機と感じたのか。偽物がまた一気に踏み込んできた。


 仕方ない。次の手といくか。

 俺は、向かってくるあいつと再びやいばを交えながら、心を決めた。

 この試練を制する、その為の覚悟を。

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