第三話:偽物

 もう一人の俺が、とにかく間髪入れずに斬りかかってくる。何とかそれを受け流しながら、俺は今日何度目かの舌打ちをした。


 もし、こいつが俺と同じ思考だとしたら、きっとこいつの判断は正しいはずだ。

 俺には仲間を強化できる『絆の加護』がある。

 確かに、偽物もまたパーティーに入っていたし、術の効果は全員に掛かった。

 そして、『絆の加護』も基本的なルールは変わらない。パーティーメンバーを強化できるってのが条件だしな。

 だけど、『絆の加護』は個々への付与もできるし、万が一、より絆の強い相手が分かるのだとしたら、意図して自分の仲間だけを強化できる可能性だってある。


 あいつが、『絆の加護』まで使い熟せるかはわからない。

 けど、もしその力があったとしたら、率先して仕掛けた方が、絶対有利だったはず。


 って事は、俺と同じく、敵味方の区別が付くか分からず迷った可能性もあるけど。どちらかといえば、そこまでの力を持ち合わせていなかったからこそ、俺の『絆の加護』を食い止める事を最優先にした。

 そう考えるのが普通だろう。


 実際、この攻撃に晒されている状況下で、加護を与えようとしようものなら、あいつの刀を止められなんてしない。

 俯瞰視点のまま、上下段が入り混じった斬撃を受け切るなんて、はっきり言って至難の業。だからこそ、『絆の加護』をコントロールしてる時の俺は、前衛としての腕が落ちるんだから。


 ……なんて。

 冷静に考えたつもりだったけど。そもそも俺は、先に『絆の加護』を掛ける判断すらできなかったんだ。

 先にそれに気づいて行動するとか、どれだけ優秀だよ!


 戸惑いですぐ『絆の加護』を試せなかった自分に、歯痒さを覚える。けど、今はそんな後悔なんてしてられない。

 さっきも言ったけど、試練としては非常にシンプル。俺が俺を倒せばいいんだからな。

 だったら!


 あいつの斬撃の合間を縫って、俺は風の精霊王シルフィーネの力を借り、無詠唱で風斬エアブレード疾風エアスピードを自身に掛けると、迷わず偽物に踏み込み、渾身の一刀を放った。


「くっ!」


 突然の疾さに対し、何とか付いてきたあいつは、刀でそれを受けようとする。

 けど、それを待ってたぜ!

 俺は、その一刀をすんでのところで止め、間髪入れず、ついせんとして、あいつの刀を避ける一閃を放つ!


「ぐっ!?」


 それすら何とか身を逸らして避けたあいつだけど、腕にきっさきが掠め──って、血が飛び散った!?

 予想外の事に、俺の追撃の手が一瞬遅れると。


『生命の精霊王ラフィーよ。俺の傷を癒してくれ!』


 なんて、さらっと精霊術、生命活性ヒーリングで回復しやがった。


 っていうか、本当にこいつは人為創生物シンセティカルなのか!?

 俺が今まで見た中で、最も人に近い──いや、もう人にしか見えない人為創生物シンセティカル

 そんな技術が、この世界にはあるってのか!?


 すぐさま斬りかかってくる相手を再び捌きながら、あり得ないって気持ちでいっぱいになる。

 しかも、自分と戦った事なんてなかったけど、この刀技とうぎまさしく俺。

 それがまた、この偽物のヤバさを物語っている。今だって、既に無詠唱で風斬エアブレード疾風エアスピードを掛け、俺に対抗してきてるんだから。


「ったく! ここまで俺を、真似るのかよ!?」

「それは、こっちの、台詞だって!」


 風の斬撃を風の斬撃で相殺しつつ、俺はその動きを加速させ、一太刀浴びせようと足掻く。

 けど、こいつは本当に上手く受けやがる。

 お陰で、俺に実力があるのか、勘違いしそうに、なるだろうがっ!


 再び襲ってくる風の斬撃を弾いた瞬間。その背後から隙を突いて袈裟斬りを狙ってきた相手に対し、俺も両手で閃雷せんらいを持ち、袈裟斬りを重ねる。


 キィィィィィィン! という澄んだ音と共に、俺と奴は力比べをするように踏みとどまり、またも刀を盾に、激しく鍔迫り合いを始める。

 必死の形相を見せる偽物の俺。普段の俺は、こんな顔してるのかよ。情けない顔しやがって!


 しかし、埒が明かない!

 とはいえ、こいつを無視なんて出来ないし、仲間を助けようったって、どっちが本物か分からないと──って、ロミナとミコラは!?


 俺は必死に奴を押し返しつつ、ちらりと二組に視線を向けると、そこには真逆の表情をした彼女達の戦いが行われていた。


「はっ!」

「やっ!」


 短い掛け声と共に聖剣シュレイザードを振り、それを盾で受けるロミナ達。

 やっぱり、こっちも実力が拮抗してるのか。互いに細かな擦り傷はあるものの、五角の勝負を繰り広げてる。

 浮かんでいるのは歯痒さ。きっとロミナも。偽物の予想外の実力に、本気で苦しんでるに違いない。


「こいつ、本気でつえーじゃん!」

「ほんとだぜ!」


 対するミコラ達は、そう愚痴っぽく口にしてるけど、露骨に表情に笑みを浮かべ、互いに技を繰り出し、受けながら目をキラキラさせてやがる。

 だけど、こっちも戦況は互角。今の所、打開策はなさそうだ。


 せめて、二人の偽物さえ分かれば、無理に割って入る事もできるんだけど……。


「余所見とか、随分と余裕だな!」

「っと!!」


 突如その身を引いた奴の動きに、思わず力の入っていた俺は、前のめりに体勢を崩される。

 その硬直を目掛け放たれたのは──残光ざんこう!? 間に合え! 

 俺は咄嗟に同じく残光ざんこうを放ち、ほぼ同時に繰り出された連斬を、何とか強く弾き返した。

 瞬間、勢いよく後方に滑ったあいつだったけど、牽制するように連続で真空刃しんくうはを放ってくる。


 ここは押せ!

 俺は、衝撃波を掻い潜り前に出ると、あいつに一太刀喰らわせようと構えた。

 けど、瞬間。背中に走った悪寒と、死を拒否した身体が強張り、その動きを止めてしまう。


 ちょっと待て!

 これってまさか、心斬しんざんうらか!?

 アーシェから授かりし絆の力から生み出した、俺独自の抜刀術。

 だからこそ視えた、これ以上踏み込んだら、奴に胴を薙ぎ払われ、命を落とす姿。


 背中をびっしょりと濡らす冷や汗。

 思わず、全身に鳥肌が走る。


 偽物が、ここまでできる事実。

 それは、こいつが絆の力を得ているからに他ならない。

 

 ……こいつ。本当に偽物なのか?

 思わず俺は、そんな疑問に囚われる。


 考えちゃいけない。

 だけど、あいつがここまで出来るって事は、俺が偽物だって事も……。


 そんなふとした疑念が、俺の心を支配した。

 偽物は人為創生物シンセティカルだけど、俺の持つ全てを持っている。

 つまり、今の俺みたいな感情だって持てるって事。

 あの扉を潜った後に生まれたとしても、同じ記憶を持ってるなら、自分が本物だって信じる事になる。


 惑う俺なんて関係なしに、あいつは再び鋭い踏み込で、こっちに向かいまた斬りかかってくる。

 相手が本物だから、俺より強いかもしれないって事はないのか?

 そんな不安な気持ちを払うように、俺も必死に刀を振るい反撃する。

 何とか止められる刃。

 でも、俺は本当に俺なのか。そんな疑問に心奪われ、受け流すので手一杯になっていた。

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