第二話:あり得ぬ戦い

「位置に付いたけど、後は勝手に入っていいのか?」


 扉の前に立った後、俺は一旦振り返り、カルディアとセラフィにそう問いかけると、カルディアは『構わん』と、短く答えたんだけど。


「よっしゃー! じゃ、カズト。ロミナ。後でな!」

「え? ミコラ!?」


 それを聞くや否や、ミコラは会話もそこそこに、勢いよく扉を開けると中に駆け込んでいく。

 そして、自然に扉が閉まると、その入り口はすっと姿を消した。


 あまりの事に、遠間から声を掛けていたロミナも、思わず唖然としてるし、俺だって自然と呆れ顔になる。

 まったく。あいつはほんと、闘いってなるとこうなんだよな。困った奴だ。

 ……っと。気を取り直して。


「ロミナ。俺達も行くぞ。また後でな」

「あ、うん。カズトも気をつけてね」


 俺の言葉に、表情を引き締め直し、頷いたロミナを見て、俺も頷き返すと扉に向き直り、ゆっくりと扉を開けた。


 外壁にある扉なのに、その先に下界が広がる事はなく、中は真っ暗。

 ただ、カルディアが言ってた通り、ずっと先に光がある。

 あれを目指せばいいんだな?


 俺はゆっくりと歩み出し、扉を潜って暗闇を歩き出す。扉を閉めはしなかったんだけど、ミコラの時同様、やっぱり背後で勝手に閉まる音がした。


 念の為、光の精霊フラスの力を借り、無詠唱で精霊術、星霊スターライトを掛けると、俺の側に小さな光の球が生まれる。けど、周囲は足元も含め、一向に明るくはならない。


 これじゃ、ここが廊下なのかも分からないし、中を何か探るにしても、何時何処で足元がなくなっているかも分からないし危険か。

 仕方なく、聞いていた指示に従い、ゆっくりと光に向け歩き出す。

 流石に指示通り行動して、急に谷に放り出される、みたいな事はないだろ。


 歩く度、俺の呼吸と足音だけが耳に残る。

 この先に何が待ち構えているのか。そんな不安を煽る闇と音に、心が緊張する。


 ……なーに。ここまでだって、皆の力で試練を突破してきたんだ。

 だから、大丈夫さ。


 途中、一度歩みを止め大きく深呼吸した俺は、再び光に向け歩き出した。

 少しずつ近づく光は、よく見ればさっきの扉位の大きさ。その先は眩しくって見えないけど、何があるんだろうか。


 そんな事を考えていると、ふと今までと違う、何かの音が微かに耳に届く。

 この音……金属と金属がかち合う音か?

 鈍器同士の音……だけじゃない。剣で打ち合うような音もしてる。って事は、既に戦闘が始まってる!?


 その先で起きている事が気になった俺は、慌てて光に向け駆け出した。

 近づく程にはっきりとする残響。間違いない。既に戦いが始まってる!


「ちっ!」


 出遅れた事に思わず舌打ちしつつ、俺は必死に走ると、一気に光の先に飛び出した瞬間。急に明るい所に出たせいで襲った眩しさに目が眩み、思わずその場で足を止めてしまう。

 二人は何と戦ってるんだ!?

 早くそこにある現実を直視すべく、俺が何とか目を開くと。


「……は!?」


 予想外の光景を目にした俺は、強く戸惑ってしまう。


 広々とした正方形の部屋。

 確かに、ロミナとミコラは既に、そこで戦いを始めていた。でも、互いの相手は……ロミナとミコラ!?

 まるで格闘ゲームの同キャラ対戦のように、瓜二つの二人が、それぞれ相手に剣や拳を振るっている。

 ゲームなんかじゃよく見る光景だけど、現実に見ると頭がバグったような奇妙な感覚におちいる。

 思わず呆然としていると。


「はっ!? あいつは……俺か!?」


 嫌でも聞き覚えのある声を耳にして、咄嗟に俺が声の主に視線をやると、思わず目をみはった。

 向こうの光から飛び出して来たのは、俺か!?


「えっ!? カズトも二人なの!?」

「気をつけて! 相手は偽物よ!」


 片方のロミナが聖剣を振り下ろし、それを盾で受け止めたロミナと競り合いながら、互いに本物と見間違う程同じ声と外見で、俺にそんな忠告をしてくる。


「ったく! さっさとやられろって!」

「お前こそ! カズト! 俺に『絆の加護』を掛けてくれ!」


 熱くなってる二人のミコラもまた、互いに拳や蹴りを繰り出し、避けながらそんな事を叫ぶ。


 皆の偽物? っていうか、俺の偽物までいるのか!?

 突然過ぎる展開に動揺し、動けなくなっていると、


「ちっ! ミコラ、悪い! 加護は後だ!」


 そう言って、焦りを見せたもう一人の俺は、勢いよく俺に踏み込んできた。

 あいつの鋭い踏み込みからの抜刀を、俺も閃雷せんらいを抜き弾く。

 って重っ! しかもめちゃくちゃ鋭い抜刀じゃないか!


「くそっ!」


 予想以上にキレのある動きに戸惑いつつも、俺は俺から振るわれる太刀筋を見切り、何とか往なしていく。

 まだ返せる。けどこれ、防戦一方じゃヤバいって分かる位の鋭さと強さを感じる。

 こいつ、本当に俺の偽物なのか!?


『カズトお兄ちゃんも二人いますよ!?』

『見た目、そっくり』

『どちらの声や動きにも、違和感は感じられませんが……』

『本当に、どちらかが人為創生物シンセティカルじゃというのか?』

「はっ? これが人為創生物シンセティカル!?」


 聞こえた皆の声。

 その中でも、ルッテの予想外の言葉に、俺も、もう一人の俺も思わず同時に叫ぶ。


 それでも手を止めないあいつの抜刀に、強く後方に弾かれた俺は、咄嗟に身を低くし踏み留まると、すぐさまもう一人の俺に踏み込み、牽制の為に刀を振るった。


 ちらっと周囲に視線をやっても、試練に参加していない仲間の姿は見えない。

 って事は、ここにいるのは俺達三人と、その偽物である人為創生物シンセティカルだけって事か?


 あいつとの攻防を繰り広げながらも、合間合間に仲間に視線を向ける。

 ロミナやミコラを見ても、どちらかが人為創生物シンセティカルには到底思えない。

 さっきの声も、容姿も、動きも。そこにあるのはロミナでありミコラ。

 カルディアやセラフィですら、人為創生物シンセティカルとしては精巧だけど、人工で創られたってはっきり分かるってのに。


 緊張する戦いが続く中、必死に頭を整理していると、部屋にカルディアの声が響いた。


『全員揃った所で試練を伝える。見ての通り、お前達の相手は、扉を潜りし時の、お前達の全てを持つ人為創生物シンセティカル。その相手を倒せ』

「こんなに精巧な偽物が、本当に人為創生物シンセティカルだって言うの!?」

「偽物のあなたに言われたくない!」


 聖剣と盾を交え、鋭い立ち回りを見せるロミナ達が、そんな言い争いをすれば。


「はっ! どうりで歯応えがある訳だぜ!」

「思いっきりぶっ飛ばせばいいって事だろ? だったら全力で行くぜ!」


 なんて、俄然がぜん張り切り出すミコラ達。


 確かに試練としてはシンプル。

 だけど、本物がどちらか分からない以上、二人に加勢はできないし、今は互いの偽物を倒すしかないって事になる。

 せめて敵味方が分かれば──そうだ!


『我に宿りし魔力マナの力よ! 我等により強き力を与えよ!』


 俺は咄嗟に魔術、攻撃効果をパーティー全体に向け掛けた。

 これなら仲間にだけ掛かるはず──じゃないのかよ!?

 思わず目を丸くした俺の瞳に映ったのは、偽物の俺やロミナ達、ミコラ達が全員術を受け、薄らと光を帯びる光景だった。


『言ったはずです。人為創生物シンセティカルもまた、と』


 静かに、だけど戒めるようなセラフィの声。って、どんだけ万能な偽物なんだよ!

 しかも、しっかり効果が乗ったのか。あいつの刀がより重みを増したじゃないか!


「ロミナ! ミコラ! とにかくまずは相手を倒すんだ!」


 なんて言いながら、俺の偽物は相変わらず見事な立ち回りで、素早くたいを入れ替え、手を変え品を変え、変則的に斬りかかってくる。


 ちっ!

 俺ってここまでの動きが出来てたのか!?

 予想以上の動きに戸惑うけど、同時に自分だからこそ分かる刀の軌道を捉え、何とかやいばを弾き、捌く。


 暴れられるかは自分次第。

 そんな言葉の意味が、今なら何となく分かる。

 本物が分からない以上、仲間達に手を出せはしない。

 となれば、自然と自分自身と闘う事になるけど、実力が拮抗すれば、すかっと暴れるとはいかないって事か。


「そこだっ!」


 っと!

 そんな考え事を邪魔するように振るわれた刀を、閃雷せんらいに片手を添え受け止めると、あいつを押しやろうと鍔迫り合いする。

 って、力も互角かよ!

 俺は直感的にあいつを強く押しやりながら、勢いよく後方にとんぼ返りすると、互いに一旦距離を置いた。

 この感じ、一筋縄じゃいかなそうだな……。


 突然始まった試練。

 俺と同じ実力を持つ偽物の俺。

 そして、誰が仲間か分からない現状。


 この特異な状況の中、どうやって状況を好転させればいいのか。

 この時、俺にはまだその道筋が見えなかったんだ。

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