第十四章:力の先

第一話:力の試練

 上昇する床から見える景色が、再び塔の外壁によって遮られる。


「見えた」


 直後。キュリアの声に、無意識に上を見上げた俺達は、そこに迫る天井と、さっきと同じような、床が収まる穴に気づく。


「さて。そろそろ気合い入れて行こーぜ!」

「あまり気負うでないぞ。お主の出番なく、試練が終わるやもしれんでの」

「そりゃねーだろ!?」

「私達の世界にも『二度ある事は三度ある』なんてことわざもありますから。わからないですよ?」

「コトワザって、何?」

「あー。いわゆる昔の人の経験から生まれた、こっちの世界のちょっとした言い伝えみたいなもんさ」

「へー。そんなのもあるんだね。カズトやミサキちゃんのいた世界の事、ちょっと気になるよね」

「この戦いが終わったら、ゆっくり二人に、向こうの世界の話でも聞こうかしら?」

「それは名案にございますね」


 ミコラの欲望から生まれる、和やかな会話。

 この雰囲気を大事にしたい所だけど。


「さて。そろそろお喋りは終わりだ」


 俺は敢えて、そう釘を刺す。

 緊張し過ぎはダメだけど、適度に緊張感はなきゃいけないしな。


 そうこうする内に、上昇した床が天井に収まると、暫くして周囲の床に同化しつつ停止した。


「なんか、さっきと雰囲気が全然違いますね」


 なんて美咲が漏らした通り、今度の部屋は眩しいって程じゃないけど、さっきと違いえらく明るい。

 だだっ広い円形の部屋。遠くにはっきりと見える、外壁に位置する何処か質素な壁。そして部屋の壁の三ヶ所に、等間隔で木の扉が存在している。


「扉が三つあるね」

「でもあの位置だと、そのまま塔の外に出てしまわないかしら?」

「確かに。何か仕掛けでもあるのかのう?」


 ロミナ、フィリーネ、ルッテが三人揃って首を傾げていると。


「そんなん今更だろ? 言いから早くどれかに入ろうぜ」


 うずうずとしてるミコラが、こっちに向け急かすようにそう言ってきた。

 まあそうしたいのは山々だけど、まだ試練の内容も分かってないんだ。無闇に踏み込めるもんじゃない。


「ミコラ。慌てるな。まずは試練を知る方が先決だ」


 俺がそう制止すると、一転不満そうな顔になったミコラが「ったくよー」なんて言いながら不貞腐れる。


「ですが、これまでのように、試練を示唆する物はございませんね」

「うん。何もない」


 アンナやキュリアの言葉に釣られて、俺も辺りを見回したけど、確かにさっきのヴァッカスや天秤が置かれていた台座とか石柱はない。

 かと言って、何かを指し示す壁画や文章もないな……。


「この感じだと、誰かが試練を説明してくれるのかな?」


 ロミナがそんな疑問を口にした、その時。


『そうだ。この試練は、我等が説明しよう』


 突然俺達の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 この声は──。


「カルディア!?」


 はっとして振り返ると、何時の間に移動してきたのか。

 そこには、カルディアとセラフィが立っていた。


『ここは力の試練。試練に挑む者一人一人がそれぞれ扉を潜り、光に向け歩め。さすれば、試練が始まる』


 カルディアが相変わらず淡々と、簡潔に試練について説明をしてくれたけど……力の試練、か……。


「なあなあ! 力って事は、思いっきり暴れて良いって事だよな? な?」


 水を得た魚のように、ミコラが嬉しそうに目を輝かせ、二人にそう尋ねると。


『それは全て、貴方達次第』


 と、セラフィが何とも曖昧な返事をした。


「我等次第とな? 何とも煮え切らんのう」


 ルッテがそう苦言を呈するように口にしたけど、二人は表情も変えないし、何も答えない。

 俺達次第で内容が変わる試練?

 確かに不可思議な話だな。今まで魔法、体術と来て力とくるなら、ミコラが思ってる通り、近接系の試練じゃないかと思うんだけど。


「扉が三つという事は、今回の試練は三人で挑めば良いのかしら?」

『その通りだ。挑戦者の制約もない』

『これまで試練を受けた者が、再び挑んで頂いても構いません』

「つまり、ミコラの出番を無くしても良いって事かしらね」

「おいフィリーネ! それだけはぜってー許さねーからな! カズト! いいだろ? な? な?」


 おいおい。

 露骨なフィリーネの冗談すら真に受けてるとか。本気で大丈夫か? なんて思うものの。このまま我慢させ続けてたら、フラストレーションが爆発しそうだしな。


「ああ。今回はミコラに頼む」

「よっしゃー!」


 俺がそう頼むと、めちゃくちゃ嬉しそうに喜んでやがる。

 まあでも、死の危険がある中で、ここまでやる気を見せてるんだ。下手に怯えてるよりいいだろ。


「和人お兄ちゃん。残りのメンバーはどうするの?」

「流石に皆を二度も試練に挑ませるのは大変だろ。だからここは、俺とロミナで行こうと思う。いいか? ロミナ」

「うん。でもいいの? 私は何もしてきてないけど、カズトは万霊の儀式の疲れとかあるんじゃない?」

「何言ってるのさ。ロミナだって癒しのそのを掛けてくれてただろ」


 少し心配そうな顔をするロミナだったけど、俺は安心させるように彼女に笑いかける。


「多少の疲れはあるのは認めるけど、傷は美咲に治して貰ってるし、あるのは軽い疲れだけだ。大丈夫さ」

「カズト。無理、してない?」

「大丈夫だよ。それに俺も少しは暴れときたいし」


 声を掛けてきたキュリアだけじゃない。皆があまりに不安そうな顔を見せるもんだから、俺はそう言ってやったんだけど。

 その言葉に肩を竦めたのは、ルッテとフィリーネだった。


「やれやれ。お主までミコラのような事を口走るとは」

「本当ね。ま、信じてあげるけど、これで終わりじゃないのだから、程々になさいね」

「ああ」

「よっし! じゃあ俺こっちの扉な!」


 俺達の会話なんてどうでもいいと言わんばかりに、ミコラが期待に満ちた笑顔で走り去り、一枚の扉の前に立つ。

 ったく。気が早いんだから。

 俺は思わず皆と顔を見合わせ、くすっと笑い合う。


「カズトは、どっちの扉を選ぶ?」

「うーん。色も形も同じだし、どっちでも」

「じゃあ、私はあっちの扉にするね」

「分かった」

「和人お兄ちゃん。ロミナさん。頑張ってくださいね!」

「今までの試練の事もございます。お気をつけください」

「うん。それじゃ、行ってくるね」

「ああ。じゃあまたな」


 気合の入った美咲とは対照的に、少し不安げなアンナ。

 彼女も試練を経験したからこそ、より身近な危険を感じ取ったんだろう。

 そんな不安を一蹴するように笑みを崩さず、俺はロミナや皆にそう挨拶すると、その場を離れ扉に歩き出す。


 ……さて。

 術の試練は謎解き。風の試練は自身の動きが問われたけれど。今回は一体どんな試練となるんだろうか。

 俺達次第で暴れられるかが決まる。

 セラフィの言葉が引っかかったけど、今までだって、やってみなきゃ分からなかったしな。


 俺は皆を背にしているのをいい事に、少しだけ緊張に顔を強ばらせた。

 これが最後の試練かは分からないけど。まずはしっかり二人をサポートして、この試練も乗り切ってみせる。

 そんな決意が空回りしないよう、歩きながら、心を落ち着けようと時間を使う。


 そして。

 俺はついに、試練に挑む扉の前に立ったんだ。

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