第八話:残る試練
『で。
和んだ空気に水を差すように口にされた、呆れたラブラの声。
はっとして顔を上げると、あいつは未だ椅子に座ったまま、何とも呆れた視線をこっちに向けている。
って、確かにこんなのずっと見せられてたら、そりゃ愚痴のひとつも出るよな。
「ア、アンナ。もう大丈夫か?」
「……はい。ご心配をお掛け致しました」
「いいって。それだけ大変だったんだろうからさ」
恥ずかしさで早くこの状況を何とかしたくなった俺は、アンナが離れたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
返事をした時の彼女に顔が何処か残念そうに見えた気もするけど、きっと恥ずかしさで色々見間違ってるんだろ。
「ラブラ。これで風の試練は達成って事で良いよな?」
『無論。見事であった』
「って事は、次の試練に挑めるんだよな? 流石に次は戦闘があるよな? な?」
仲間の無事も確認できて、俄然やる気を見せるミコラ。
まあ、正直そろそろこいつを活躍させてやらないと、ストレスで大変な事になりそうだけど。
だけど、彼女の返した言葉は、あいつをガス抜きできるような話でもなかった。
『
「何だよ。勿体ぶらなくてもいいじゃねーか」
「これミコラ。この者に当たっても仕方あるまい。今は我慢せい」
「ちぇっ。早くカズトにいい所を見せてーんだけど。まあいいけど」
ルッテに静止され、不満そうに口を尖らせるミコラだけど……今、何て言った?
「ミコラ。俺にいい所なんて見せてどうするんだよ?」
「ん? あー。だって皆が抱きついたりしても怒られてねーし。だったら俺も抱きついてやろっかなーって」
「は? 何さらっと訳わかんない事言ってるんだよ!?」
「いいじゃねーか。減るもんじゃねーし。それに俺、フィラベに来てからずっとお前の力になれるの、お預け食らってるんだからよ」
平然と……いや。片目を瞑り不貞腐れてるけど、何処か少し顔が赤い気もする。その表情は何か普段のミコラっぽくないような……。
「確かにミコラはずっと我慢させられてたもんね」
「理由を
今の会話を聞いても、ロミナは笑顔だし、フィリーネも何時も通りに呆れてる。
……前に闘技場で見た夢とか、この間のロミナの言葉もあって、俺がちょっと過剰に反応し過ぎてるだけって事なんだろうか?
ったく。
頭を掻いた俺は、ふと頭に過った会話とは別の、ある疑問を思い出した。
「ラブラ。次の試練に行く前に教えて欲しいんだけど」
『何だ?』
「ヴァッカスがマスターって呼んだ奴がいるんだけど、それはキャムって奴か?」
『その通りだ』
「じゃあキャムは何で闇に囚われてるんだ?
俺の疑問を聞いた彼女は、少しだけ憂いある顔をし、天を仰ぐ。
『確かに。
「……は!? 四霊神だって!?」
突然降って沸いた言葉に、俺達は思わず驚愕する。
「それじゃまさか、ここに
『そう。魔王の力にて解放されていたこの塔こそ、再生の
「なぬ!? この塔がじゃと!?」
俺達の驚きとは裏腹に、未だ落ち着いたラブラは、再び俺に視線を向けてきた。
『マスターは四霊神となった。だがその結果、大事な者達を失った。その哀しみこそ、マスターに巣食う心の闇』
じっと見つめるその視線を受けた時、俺の心に過ったのは、生き返った時に見た白昼夢のような光景だった。
……確か、ルッテが前に言っていた。
ワースもまた、四霊神として親父達二人に力を貸し、俺を現代世界に転移させた。
この塔も、そんなディアやワースが護る
そして、マスターと呼ばれるキャムは、帰らぬ
少しずつ組み上がるパズル。
俺の中でもしかしたらと思っていた事が、より現実味を帯びてくる。
つまり、四霊神ってのは……。
『過去を聞いても今は変わらぬ。
考え込んだ俺を咎めるかのように、ラブラが静かにそう告げる。
……確かに。今はその謎より、キャムやミルダ王女を助ける方が先決か。
「確かにな。次の試練にはどう行けば良いんだ?」
『部屋の中央に戻れ。皆が揃えば
「分かった。アンナ。美咲。疲れは大丈夫か?」
「はい」
「大丈夫だよ!」
疲れがまったくない訳じゃないだろうが、それでも真剣な顔で返事をする二人。
「皆も、心の準備はいいか?」
「当たり前だろ! さっさと次に行こうぜ!」
「そうね。時間に余裕はあるかもしれないけれど、油断はできないもの」
「我も特に異論はないぞ」
「うん。いいよ」
「私も大丈夫だよ」
ロミナ達も俺に疲労など見せず、笑顔で頷いてくる。
「よし。じゃあ行くか」
俺達は、再びこの部屋に来た時に乗っていた足場に歩き出すと、照らされている光の下に集い、ラブラに向き直った。
『では、聖勇女一行よ。さらばだ』
静かに、真剣な顔を見せたラブラがそう言葉を発すると、俺達はヴァッカスの時同様、突然白い光に包まれたんだ。
§ § § § §
光が消えた時。
俺達はヴァッカスの時同様、またも塔の中を上昇する床の上にいた。
先程同様、周囲は所々外が見える窓。
塔の壁なんかも大きくは変わらない。
「……この塔が、
と。ぼんやりと流れる景色を見ながら、静かにルッテがそう口にすると、それを皮切りに、暫く静かだった皆が話し始めた。
「確か、再生の
「ええ。でも、何を再生するのかしら?」
「そういえば、砂漠で戦った
「うん。してた」
「って事は、
「確かに可能性はございますが、それだけでしょうか?」
確かにあれは再生といえばそうだったろうけど。
「……いや。そもそも再生の意味が違う気がする」
俺は自分の推測から、そうぽつりと呟いた。
「和人お兄ちゃんには、何か心当たりがあるの?」
「ああ。元々この塔は
「確かにそうじゃな。となれば、ここを拠点とした者達の
「確かにそれが現実的ね。それだったら今の現状も、創生術師が
「となれば、あれらを生み出したのは
ルッテの推論は俺もかなり近いと思ってる。
けど、確かにそうだとしたらアンナのような疑問も生まれるけど。正直今はまだ情報が足りな過ぎる。
「……ま、今は考えるのは止めておこう。次の試練の事もあるしな」
「そうね。その時になったら考えましょうか」
「そうだね」
俺がすっきりしない気持ちを頭を掻いて誤魔化すと、フィリーネやロミナも頷いてくる。
「しかし、カルディア達は幾つかの試練があると
確かに。
ここまで二つの試練は抜けた。そしてラブラが新たな試練に導くと言ったんだから、最低一つは試練もあるだろうけど。
あまりに試練ばかり続けば、俺達だって疲弊は免れられないしな。
とはいえ。
「あまり考え過ぎてもいけないだろ。まだ試練はある。だったら乗り越える。それだけさ」
俺はそんな楽観的な言葉を口にしながら、足場端まで歩き伸びをする。
「そうだよね。今は目の前の試練をひとつずつクリアしないと」
「リーダーが楽観的過ぎるのもどうかと思うけど、こればかりは仕方ないものね」
「あー! 早く暴れてーなー!」
「ミコラさんってそればっかりですよね」
「当たり前だろ! ザンディオの時だってぶん殴れなかったしよー。そろそろスカッとしてーじゃん」
「まったく。死と隣り合わせの試練ばかりじゃったというのに、お主はほんに戦闘馬鹿じゃな」
「うっせーなー。いいじゃん。な? アンナ」
「はい。ミコラらしくて良いと思います」
「うん。ミコラらしい」
あれだけの経験をし、状況を見て来ても、何処か和やかな仲間達。
その声を背後に聞きながら、俺も思わず笑みを溢す。
一人で鬱々としてたらきっと、こうやって来て笑えなかった。
そして、こうやって笑えるって事は、まだ俺達には余裕があるって事。
だから、きっと大丈夫だよな。
俺は一人塔の向こうに見える景色を見ながら、そう自分に必死に言い聞かせたんだ。
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