幕間:フィリーネの衝動

 ……ふふっ。流石に赤くなってたわね。

 これで少しでも意識してくれたら嬉しいのだけど。


 静かに、皆を起こさないように部屋に戻った後。私はベッドに潜り込むと、ぼんやりとカズトとの一夜を思い返していた。


   § § § § §


「すー……すー……」


 私の魔術、眠りの雲を受けて、ベッドの上で心地良い寝息を立てるカズト。

 そこにはもう、無防備過ぎる貴方しかいない。


 ……まったく。貴方はもう少し私に緊張しないの? 何処まで女性として見てもらえていないのかしら。

 あまりにあっさりと眠りに付いた貴方に、思わずため息が漏れる。


 カズト。貴方は何時も私達の為に真剣よね。

 でも、正直ルッテと貴方の稽古を見ていて、私は少し不安になったわ。

 貴方の姿に、あまり余裕が感じられなかったもの。


 きっと巨大蠍ギガ・スコーピオンとの戦いでも、より強く不甲斐なさを感じたのよね。

 だから怪我をしたっていうのに、その夜にもあんな事をしていたのよね。


「ん……」


 寝返りを打ち、私に背中を向けるカズト。

 私は、そんな彼を起こさないように、忍び込むようにベッドに並んで横になる。


 パジャマに隠れた大きな彼の背中。

 この背中にあったあの傷……魔王に付けられた傷よね。


 今思い返しても、恐怖で身が震える。

 魔王の放った巨大な黒炎。あれを向けられた時、流石に死を覚悟したわ。

 だけど貴方は、魔王の剣に腕や背を斬られても前に出て、聖光の奔流であの炎を止めてくれた。血塗ちまみれになりながら。


 すっと、パジャマの上から背中に手を当てる。

 癒してやれない貴方の傷に、後悔を覚えながら。


 ……何時も護って貰ってばかり。

 私は貴方の側にいる事しかできない。

 ロミナやルッテのように、頼っても貰えない。

 そんな申し訳なさと不甲斐なさに、思わず唇を噛む。


 きっと貴方の前でこんな顔をしたら、慰めてくれるかしら。

 ……ふふっ。愚問ね。

 貴方は優しすぎるもの。きっとわたしにも気にするなって言うに決まってるわ。

 笑いなさい。フィリーネ。カズトだってきっと、それが嬉しいに決まってるはずよ。


 でもほんと、やっぱり私には魅力がないのかしら。

 あれだけアピールしたって、貴方からしたら揶揄からかわれてるようにしか感じないものなのかしら。自信無くしちゃうわ。


 もういっその事、既成事実でも作った方が良いのかしら。寝ている間にキスでも……なんて、できるはずないわね。貴方はきっと、そんな不誠実な態度を見せたら怒りそうだもの。


 ……でも。この距離、緊張するはずなのに、とても落ち着くわね。

 もっとこれ位近くで貴方を──。


 そう思った瞬間、私は心臓が止まるかと思った。


「うーん……むにゃむにゃ」


 意味もない寝言と共に、貴方がくるりと向きを変え、片手を私の身体に添えたから。


 間近になる寝顔。

 腕や翼に感じる温もり。

 耳元にはっきりと届く寝息。


 ……結局、また貴方が寝返りを打つまでのひと時。私は顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしさに固まる事しかできなかった。


   § § § § §


 思い返すだけで、背徳感と興奮が入り混じった気持ちになって、私は布団の中で顔を真っ赤にしてしまう。

 本当、貴方の破壊力ったらないわね。

 寝起きにあれだけ驚かれたけれど、まあ良いわ。あの時のお返しよ。


 ……本当はもっと揶揄からかいたいけれど、この先は神獣ザンディオとの戦いも控えているし。そんな気持ちも当面お預けだものね。


 まずは貴方や皆とちゃんと生き残って、フィベイルを救いましょう。

 その先の未来は、後で考えれば良いのだから。

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